第十二話:一応の
『すみません、今日は生徒会の仕事が出来てしまって』
放課後、栞からのメッセージが届いた。
『大丈夫だよ、生徒会の仕事頑張って、週末にでも埋め合わせしてくれ』
『わかりました!頑張って終わらせますから、終わったら連絡してもいいですか?』
『構わないよ、待ってる』
そんなやり取りをしていると、肩に衝撃を受ける。
「へい、悠一~、噂の彼女とは順調そうだな?」
「なんだ、佐藤か……」
「何だって事は無いだろ」
スマホをのぞき見しようとする佐藤にアイアンクローをかける。
「あががだだ、この間家に呼んだんだろ?進展したのか?」
「まだいうか。妹が仲良くなっただけだよ」
「……うそつけ、今のメールだって口元ゆるんで、あーーー!ギブギブ!」
佐藤をアイアンクローから解放する。
「くっそ、バカみたいな握力しやがって、頭蓋割れるかと思ったわ」
「お前が面白がるからだ」
「へいへい、悪ぅございました。……あ、そうそう、お前を探してる人がいたんだ」
「俺を探してる人?」
佐藤に連れられ大学事務の学生課の前に行く。
ネイビーのスーツを着た凛とたたずむ女性がいた。
年のころは20後半と言った所だろうか。
「君が、日野悠一君ね?」
「えぇ、あなたは?」
「私は豊高千由里、今日は神崎誠一郎の使いで来たわ」
「神崎誠一郎……?」
どこかで聞いた名だ。
「神崎誠一郎ってマジか、神崎グループの? 日本の工業系で五指に入るCEOの?!」
佐藤が取り乱している。
「そんな人が何で」
「栞ちゃんのお父上、と言えば分かるかしら?」
「っ!?」
栞の父が、神崎誠一郎。
お嬢様とは思ってたがとんでもないレベルのお嬢様だった。
「は?悠一の彼女の親父さんが、あの神崎誠一郎?お前なんて人を彼女にしてるんだ……」
「佐藤君?」
豊高が佐藤の頬に手を添える。
「あまり大きな声を出してはダメよ?ここだけの秘密にしてもらえるかしら?」
「あ、う…あ…」
豊高が有無を言わぬ圧を放つ、色香ではなく恐怖。
佐藤が顔を青ざめ黙ったまま首を縦に振る。
「……いい子ね、もう行きなさい」
「は、はひっ、さいなら!」
逃げるように佐藤が去って行った。
「……要件は?」
「あら、話が通じる子は好きよ?ここで話しても良いのだけれど……」
豊高が、周囲をくるりとみる。
周りには何事かと見守る学生たち。
確かにここで長話をするのは得策ではなさそうだ。
「場所を変えましょうか?ついてきて」
悠一は、眉間に皺を寄せたまま、豊高の後を追う。
カランコロンカランコロン
聞きなれた月並亭のカウベルの音が響く。
「まさか……ここで話を?」
「そうよ?あなたが知ってる場所の方が、緊張しないでしょ?
あ、マスター、私はブレンド、彼にはいつものをお願い」
「……かしこまりました」
悠一が、テーブルに座る。
豊高は『彼にはいつもの』と言った。つまり……
「……なるほど、ここの常連である事も調査済みという訳ですか」
「まぁね、依頼された後からだから、あなたの『いつもの』が何かまでは分からないけれど。
ここに栞さんとよく来ることも、今日は彼女が学校の用事で来ない事も知ってるわ……」
豊高が名刺を差し出した。
『豊高探偵事務所 所長 豊高千由里』
「探偵……素行調査なんかをする探偵ですか?」
「その一環でね。たまにあるのよ、こういう依頼、サイドビジネスね」
豊高が足を組む。
「単刀直入に言うわ、栞ちゃんと別れてくれるかしら?」
「やはりそう言う話ですか……」
重い沈黙が訪れる。
「どうぞ……」
マスターがコーヒーをテーブルに置く。
「あら?あなたもブレンドなのね?気が合うじゃない」
「気が合うって……本気で言ってます?」
悠一が呆れた様子で話をすると。
ボンと豊高がテーブルに厚みのある封筒を置いた。
「誠一郎氏からの慰謝料よ、百万あるわ」
「慰謝料ね……要するに、手切れ金と、口止め料でしょ?」
「身もふたもない言い方をするわね?学生のお別れのお金にしたら破格でしょ?」
豊高が微笑む。
が、目は笑ってはいない。
「僕がお金で身を引くとでも?」
「それが出来れば楽なんだけどね、誠一郎氏は落ちると思ってたみたいよ?」
豊高が肩をすくめる。
「誠一郎氏はって、あなたは?」
「私があなた達を調べた限り、お金で切れる縁には到底思えなかったわね」
悠一が、コーヒーを一口飲む。
「じゃあ、諦めてくれるんですか?」
「そうしたい所だけれど、仕事として受けているからそう言う訳にもいかないのよね……」
豊高が肩をすくめ、雑誌を二冊取り出した。
片方が米国の経済紙、世界に影響を及ぼす企業人TOP100に神崎誠一郎氏の名前がある。
もう片方は、十年ほど前の雑誌だが、世界コンクールで賞を受賞した若き美咲の姿がある。
「栞さんのお父様は政財界に顔が利く大企業のTOP、お母様は日本有数の元ピアニスト……」
豊高が足を組んだ、まるで値踏みでもしているように悠一を見る。
「こんなエリート一家のお嬢さんと、あなたの様なごくごく普通のお家の人が釣り合うと?」
「それとこれとは関係ないでしょう、恋愛ってのはお互いが思いあってこそでしょう」
「それは『一応の彼氏』でも?」
時が止まった。
そう感じた。
一応の彼氏、仮の彼氏。
悠一と栞の関係は正確に定義できていない。
カランコロンカランコロン
月並亭のカウベルの音が響く、来客があったようだが気にならなかった。
「一応でも、俺は、彼女を大切に――」
「――『東堂学』、知っているわよね」
時が止まった、今度こそ。
少なくとも悠一の時間はとまった。
「調べるの大変だったのよ」
「……な、にを」
「君、神崎栞さんを『東堂学の代わり』にしていない?」
その時、テーブルの隣から声が聞こえた。
「……悠一さん?」
「……栞」
栞の姿がそこにあった。




