第八話:普通の女の子
カランコロンカランコロン
純喫茶 月並亭の扉を開けるとカウベルが鳴る。
いつものカウンター席に、栞が居ない。
「いらっしゃい、日野さん」
「こんにちはマスター、栞と待ち合わせなんですけど、まだですかね?」
「栞さんならそちらに。日野さんも、いつものブレンドで?」
「はい、お願いします」
マスターの示したテーブル席を見れば、栞がテーブル席からこちらへ小さく手を振っていた。
「テーブル席にいるのは珍しいね」
「課題を広げるのにカウンターだとちょっと……」
「まぁ、確かに」
教科書、プリント、参考書、それらを広げるにはカウンターでは確かに狭い。
栞が隣の席をポンポンと叩く、暗に座れと言ってきている。
「隣の方が効率がいいでしょう?」
「効率ね……」
言わんとするところは分かるが、栞の頬がほんのり赤い。
隣に座りたという理由もあるのだろう。
「それで問題って?」
「ここの解法が自信なくって」
「ん?……ふむ、答えはあってるよ?問題ないんじゃない?」
「でも、先生が例題で提示した解法と違うんですよね」
「あー、なるほど?先生の模範解答と解法が違うから不安なのか……そうだな」
問題を見ながら、栞とは異なる解法を書いていく。
「俺ならこう解く」
「これは……先生の解法とも私の解法とも違う……これが一番正しい解法ですか?」
「いや、俺がやりやすいってだけ。数学の応用問題って割と別の解法がある事が多いからね」
「なるほど、結果があっていれば、解法はなんでも良いと?」
「そう言うこと」
笑みを浮かべながら、届いたコーヒーにミルクを浮かべた。
カランコロンカランコロン
カウベルの音が響く。
「うわ、雰囲気ある」
「ここなら落ちついて出来そう~」
栞と同じ制服を着た女子高生二人組が店に入ってくる。
何となく声に聞き覚えがある。
「あれ?栞ちゃん?」
「しおりん~、なんでこんなところいるの~?」
「こんにちは、絵里子さん、美穂さん、お二人ともこちらへ何を?」
二人の目が栞を見た後、悠一に向いた。
「あ、家庭教師さんもいる~こんにちわ~」
「確か日野さんでしたよね?こんにちわ」
「こんにちは……あぁ、オープンキャンパスに来てくれてた二人ですね」
「はい、木村絵里子です」
「渡辺美穂っていいます~」
二人とも普通の女子高生と言う感じをうけた。
「しかし、ちょうどいいところに居たよ、栞ちゃん!
明日までの数学のワーク美穂と一緒に解こうと思ってたんだけど教えて!」
「えりりんと二人で勉強しようと思って、落ち着ける場所を探してたの~。
しおりん、お願い~助けて~」
二人が、栞に縋り付く。
「お、お二人ともやめてください」
「お願い栞ちゃん!」
「わかりました、わかりましたから!」
「やった~!しおりんやさしい~」
喜びながら二人が並んで向いの席に着き、お茶を注文していた。
「……すみません、ゆ……日野さん。友人も一緒によろしいでしょうか?」
「構わないよ?」
「ありがとうございます」
「流石、家庭教師!あ、そうだ、日野さんにも教えてもらって良いですか?」
悠一に向けて、ずいっと距離を詰めてくる木村。
それを遮るように、栞が割り込んだ。
「ひ、日野さんは私の家庭教師です、私が教えます」
「……栞ちゃん?なんか、怒ってる?」
「……怒ってません」
「しおりん顔赤いよ?」
「そうですか?熱いからでは?」
「えー、でも、もう秋だよ?」
「いいから、どの問題ですか?」
有無を言わせぬ勢いの栞に、二人は驚いた様子で目をぱちくりしている。
「ええと、この問題なんだけど~」
「先生の例題の解法でやったんだけど解けなくって……」
「これは、先ほどの……」
さっき栞から聞かれていた問題だった。
栞と目が合い思わず笑ってしまった。
「栞の解法で説明してご覧?」
「えぇと、私はこうやって解きました」
栞が自分のノートを見せながら、二人に説明する。
「あぁ、なるほどこっちのが分かりやすい!ありがと栞ちゃん!」
「……」
木村は喜んでいるが、渡辺はまだ納得いっていない様だ。
「えぇと、どこが分からないですか?美穂さん」
「んとね……わかんない、ごめん」
「謝らなくてもいいんですよ、もう一度説明しましょう」
「まった、栞。俺の解法で説明してみて」
栞が驚いた様子で悠一を見る。
「……悠一さんの解法を私がですか?悠一さんが説明なさった方がいいのでは?」
「まぁ、これも勉強の一環と思って」
「わかりました」
悠一がメモ書きした物を使って栞が解法を説明する。
人の解法なので説明にも苦労していた様子だった。
「あっ、そうするとここがこうなるのね~?」
「そうです!できましたね、美穂さん!」
「おぉー、すごい、私には最初の栞ちゃんの説明の方が分かりやすかったなぁ」
「ありがとうございます、絵里子さん」
問題が解けて喜ぶ二人。
感謝されて少し恥ずかしそうな栞。
女子高生の日常を感じた。
「やったー!全部終わったー!有難う栞ちゃん、日野さん!」
「しおりんには足を向けて寝れないよ~」
「そ、そんな事ないですよ」
「さて、そろそろ遅くなるし、終わったなら帰ろうか」
「はーい」
元気に返事をし、帰り支度をみんなで始める。
「人に教えるのって大変ですね」
栞がポツリと呟いた。
「悠一さんの別解を説明するの大変でした」
「まあな、『人に教えるには三倍の理解力してないとできない』なんて通説もあるしな」
「なるほど分かる気がします。つまりあれを説明する事でより理解が深まると?」
「そう言う事」
栞と話していると視線を感じ悠一が顔を上げる。
渡辺がにこにこを笑みを浮かべながら、悠一と栞を見ていた。
「渡辺さん、どうしたの?」
「しおりんが、人間になったなって思って」
「人間になった?」
渡辺の言葉に、栞が困惑の表情になっている。
渡辺の隣で木村が力強くうなずいた。
「美穂の言う事、何となくわかるかも……ちょっと前の栞ちゃんは、the・完璧少女!
って感じでさ、正直な所、少しだけ近寄りがたい感じはあったんだよね。
邪魔しちゃいけない!みたいな。それが最近、んー、なんて言えばいいんだろ……」
「空気が柔らかくなった気がするの~」
「そうそれ!」
ビシ!と効果音が聞こえそうな勢いで指を立てる木村。
渡辺の視線が悠一に移ってから栞に移る。
「空気が柔らかくなった理由、今日、わたし分かったかも~」
「あら、私だってわかったわよ?」
にんまりと笑う女子高生二人には何とも言えない迫力を感じた。
「ん、え、あの……」
珍しく言いよどむ栞がいた。
「ふふ、良かったじゃないか、見てくれている友達がいてさ」
「え?……あっ」
栞の目が見開かれた。
会計を済ませて店を出る。
辺りはすっかり暗くなっている。
「あの……絵里子さんと美穂さんは、私が変わる事に幻滅とかしないんですか?」
「幻滅?しないしない、むしろ親近感が沸いちゃうよ」
「うんうん、恋する乙女は最強なのよ~」
「恋する……」
栞が軽く深呼吸をする。
「日野さんは、あの、家庭教師じゃなくて、か、彼氏です。お付き合いしてます」
「きゃー!、やっぱりー!」
「うふふ、隠せてなかったもんね~」
栞に絵里子と美穂が抱き着きながら祝福している。
「隠せてなかった?嘘っ!?」
顔を隠すように恥ずかしがる栞。
「ばればれだったよしおりん。途中『悠一さん』って名前で呼んでたし」
「日野さんに勉強を教えてって言ったら怒ってたしね」
「……うぅ」
「あははは、だろうな」
声も無く顔を隠したまま、恥ずかしがる様子は完璧少女には程遠かった。
が、紛れもなく可愛らしい一人女子高生の姿だった。
「じゃあね栞ちゃん!また明日詳しい話聞かせてよ?」
「のろけ話でもいいから、またね~」
手を振りながら木村と渡辺が帰っていった。
「良かったな、友達に恵まれて」
「えぇ、理解されないと思っていたのに、案外見られていたのですね」
「……そうだな」
栞が体を傾け少しだけ体重が預けられる。
返事の代わりに、栞の頭をぽんぽんと撫でればくすぐったそうにした。
「さて、俺達も帰――」
「――栞」
背後から栞を呼ぶ声が聞こえた。
二人で振り返る。
上品そうな女性が立っている。
「……お母さん」




