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第五話:理想の彼女

「悠一さん!見てください!」


栞がはしゃぎながら指さしたのは『お魚ふれあいコーナー』だった。


「あー、ドクターフィッシュか……」

「手を入れて良いみたいですよ」


別の客が手を入れて、群がるドクターフィッシュに一喜一憂している。


「……」


栞が目を皿のようにして魚を見つめている。


「手を入れないのか?」

「あ、えと、なんか怖くて、一緒にやってもらえますか?」


悠一が肩をすくめる。


「仕方ない一緒にやるか」

「やった!いきますよ、せーの、えい!」


手を入れてしばらくするとドクターフィッシュが群がってくる。

つんつんとつつかれとると少々くすぐったい。


「……栞?」

「来ないんです……」


栞の所にはドクターフィッシュが2,3匹しかきていない。


「人気がないんでしょうか?」

「違う、そうじゃない」

(きっと手入れバッチリすぎて角質がないんだろうな……)


「……悠一さんは、いっぱい来てますね」

「まあな」

「ずるいです」

「何が?」

「私ももっと来てほしいです」

「そう言われてもなぁ……」


『イルカショーが始まります』


館内放送に栞の目が輝く。


「イルカ!イルカですよ悠一さん!」

「そうだな見に行くか」

「私一番前で見たいです!」

「えぇ……一番前?」

「だめですか?」


少し悩んで口を開く。


「良いけどカッパは絶対着てね?」

「カッパですか?」

「濡れるから」

「なるほど……」


係員からカッパ等を借りて最前列へ陣取る。


「本当に一番前でいいのか?」

「はい! せっかく来たんですから、一番近くで見たいです!」

「まあ、栞がそう言うなら」


やがて照明が落ち、軽快な音楽が流れ始める。

水面からイルカが勢いよく飛び出した。


「わぁっ!」


栞が身を乗り出す。


「すごい! 今の見ました!?」

「見た見た」

「高かったですよね!」

「かなり高かったな」


続いて別のイルカが水面を跳ね、空中で一回転する。


「わぁぁ……!」


栞が両手を叩く。

悠一も思わず笑ってしまった。


「栞、楽しそうだな」

「だってすごいじゃないですか!」

「確かに」


次々と繰り出されるジャンプ。

水面を滑るように泳ぎ、トレーナーの合図に合わせて尾びれを振るイルカたち。


「次は何をするんでしょう?」

「さあな」


二人して前のめりになってステージを見つめる。

そして、数頭のイルカが一斉に水面から飛び上がった。


「すごい!」

「おお……!」


ほとんど同時に声を上げて、顔を見合わせる。


「ふふっ」

「ははは」

「今、同じこと言いましたね」

「そうだな」


栞が嬉しそうに笑う。


「なんだか、こういうのいいですね」

「こういうの?」

「同じものを見て、一緒に驚いたり笑ったりするの」

「……そうだな」


またイルカが跳ぶ。


「ほら、次来ますよ!」

「おう」


二人は揃ってステージへ視線を戻した。


観客側の席に近い所をぐるりと回り淵に近いところでジャンプをする。


バシャッと観客席前列に水が降りかかる。


「きゃー!」

「うっぷ……」


他の観客たちも同様に歓喜の悲鳴が上がっている。


「あはは!すごいですね、悠一さん!びしょびしょです!」

「だから濡れるって言ったろ、ほらタオル」

「ありがとうございます」


その後もイルカが跳ぶたび、栞は声を上げ、悠一はそれを笑いながら眺めていた。


やがて最後の演目が終わり、大きな拍手が会場を包む。


「楽しかったですね!」

「ああ」

「もう一回見たいくらいです」

「まだ時間あるぞ?」


「え?」


パチクリ、そんな擬音が聞こえてきそうなほど目をぱちぱちさせて驚く栞。


「別の席からもう一回見るか?これ以上、濡れると風邪ひくから離れた場所ならな」

「……いいんですか?」

「俺も楽しかったからな」


栞の顔がぱっと明るくなる。


「はい!」

「その前にのど乾いたな、始まる前に食事しちゃおうか」

「あ、ドリンクは私が出すって言いましたよ!」

「……そうだったな」


売店で軽食とドリンクを買い楽しみながらもう一度イルカのショーを楽しんだ。


「はー、楽しかった。お土産買って帰るか」

「良いですね、お土産欲しいです」


二人で売店へ向かう。


栞は棚に並ぶ土産物を一つ一つ眺めていく。


「いっぱいありますね……」

「迷うな」

「悠一さんは何か欲しいものありますか?」

「うーん……」


二人でしばらく棚を眺める。


「悠一さん、せーので行きましょう」

「えぇ……?」

「……いきますよ、せーの!」


栞が指を指したのは、イルカの小さなキーホルダーだった。

悠一は色違いのイルカの小さなキーホルダーを指さした。


「なんだ、栞も同じか。じゃあこれにしようか」

「お、お揃いって事ですか?」

「ん?そうなるな、楽しかった記念も共有だな」


悠一は青いイルカのキーホルダーを手に取る。


「……」

「どうした?」

「いえ……なんでもありません」


栞が小さく笑い、恐る恐るピンクのイルカのキーホルダーを手に取った。


「私も、これにします」

「じゃあ会計行くか」

「はい」


会計で支払いを終える。


栞は買ったばかりのキーホルダーを両手で包むように持った。

宝物を抱える子供の様だった。


帰りの電車に揺られながら

栞が悠一に寄りかかり、すこし震える声で口を開く。


「私、普通に買い物できましたね」

「そうだな」


「私……ちゃんと彼女できていましたか?」

「なんでそんな事を聞く?」

「途中から楽しくなってしまって……彼女としてやるべきことをできてたかなって」


栞がうつむく、先ほど買ったキーホルダーを握りしめている。


「……べきってのは、嫌だなぁ。」

「え?」


悠一の言葉の意味が分からなかったのか、栞が不思議そうに顔を上げた。


「俺は、『栞のしたい』が結構みれて満足だったよ」

「私の……したい……」


栞は、悠一の言葉をかみしめるようにうつむいた。

そして、少しだけ口元がゆるんだ。


栞はまた顔をあげ悠一を見つめる。


「じゃあまた、『私のしたい』をお願いしてもいいんですか?」


その言葉に悠一も笑顔をみせて答える。


「もちろん、それなら歓迎だ」




その晩、一通のメッセージが届いた。


『今度、普段の悠一さんを見たいです』


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