第四話:理想のデート
「夢じゃなかったか……」
悠一が目覚めて携帯を確認する。
メッセージの着信が十件を超えている。
『今度の週末空いてますか?』
『水族館に行きたいです!』
『遊園地もきになりますが子供っぽいですかね?』
『何着ていけばいいですか?好きな服はありますか?』
『悠一さんはどんな服できますか?』
そんな感じの内容ばかりが並んでいた。
「デジャブすぎる……」
くくく、と苦笑いがこぼれる。
携帯を手に取りメッセージを打ち込む。
『日曜日なら空いている、どこか出かけるか?』
既読が付いた。
メッセージを編集している様子が見えるが一向に送られてこない。
ピロン
長い推敲の末に書いたのだろうメッセージが届いた。
『いきます』
絵文字も無いその一文に、全ての感情が込められているように感じた。
週末の日曜日。
駅前で待ち合わせをしていた。
「悠一さん!」
声がした方を振り向けば、栞が肩で息をしていた。
「なんだ、走ってきたのか?」
「服をぎりぎりまで悩んでいたら。遅れそうだったので……」
「別に急がなくても待ってたのに……ふむ」
栞は、白系のブラウス、淡い水色のフレアスカートで、薄手カーディガンを羽織っている。
「似合ってるじゃないか、可愛いよ」
「……」
「どうした?」
「あ、朝からかわいいだなんて……」
頬を赤く染めてもじもじしている姿は、完璧お嬢様からは程遠い。
「……何ですか?そんなに見て」
「いつもより小さく見えるなって」
「今日は歩くと聞いたのでヒールが無い靴にしましたから」
「なるほど、それでか」
ヒールは無いが、歩きやすそうなおしゃれな靴を履いている。
「こうしてみると悠一さんも高く見えますよね」
「まぁ実際、背は高い方かな」
上目遣いに見られ、少しドキッとする。
「……」
いやいや。
相手は女子高生だぞ。
そう自分に言い聞かせて、悠一は視線を逸らした。
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
電車に乗り込み、海岸沿いまで1時間。
目指す水族館『アクアリウム・ルミナ』が見えてくる。
「わぁ、私、初めてです!」
「そうなんだ?割と定番のデートスポットだと思うけど」
「定番……悠一さんも使った事が?」
「……さ、いこうか」
「え、ちょっと待ってください!答えてください!」
チケットを二枚買い、一枚を栞に手渡す。
栞がチケットを受け取ったまま、何度も表と裏を確認している。
「どうした?」
「いえ……」
「チケットだ」
「それは分かってます!」
栞が、おっかなびっくりと言った感じで口を開いた。
「えと、あの、チケットのお金を」
「おごるよ彼女なんだろ?素直におごられとけ?」
「はっ……」
栞の目が見開かれる。
「ず、ずるいです、後で私も出しますからね、絶対ですからね」
「そうか、じゃあ後で飲み物でもおごってくれ」
「飲み物って……わかりました十杯出しますから」
「一つでいいよ」
悠一が先に歩き出す。
栞がチケットを胸に抱いた。
「彼氏にチケットを買ってもらうって……こういう気持ちになるんですね」
悠一が振り返る。
「栞、置いてくぞ」
「待ってください、悠一さん!」
「わぁ……」
中に入ると栞の言葉が無くなった。
「綺麗……」
壁一面の巨大水槽。
イワシの群れ。
悠々と泳ぐサメ。
岩礁や海藻に隠れる小魚。
栞は壁に張り付くような勢いで、水槽に釘付けになっている。
「だめだな……」
悠一がポツリと呟いた。
「え?私、何かダメでしたか?」
栞が不安そうに悠一を見上げてくる。
「いやそうじゃなくて、魚を見てさ」
「魚を見て?」
「美味そう。って思っちゃった」
「おいしそう……」
ジト目で悠一を見る栞。
悠一は思わず目を逸らす。
「悠一さん……彼女との水族館デートで、だいぶNGワードですよ」
「ご、ごめん」
「もう言わないでくださいね」
「わかったよ、反省する」
「よろしい、次行きましょう!」
栞が悠一の手を引いて次の展示へ移動する。
「おい、引っ張るなって」
隣のコーナーへ行くと一気に室内が暗くなった。
「えぇ……なんでこんなに暗いんですか……」
「深海魚のコーナーだな」
栞が握る手に力がこもる、どうやら怖いらしい。
水槽から漏れる薄明りに照らされる栞はどこか泣きそうな顔をしている。
「な、なんと言うか独特な子が多いですね」
「気持ち悪いって言っちゃえば?」
「それは、かわいそうなので……」
栞は、眉間に皺をよせつつおっかなびっくり進んでいく。
付かず離れずの距離で、そんな栞を見ながら悠一もついていく。
「はぁ……やっと抜けましたね」
「そうだな、この先は俺が好きな場所なんだよ」
「悠一さんの好きな場所?」
照明を落したドーム状の暗い室内に、何本もの円筒状の水槽が立ち並ぶ。
水槽の中では薄明りに照らされたクラゲが上へ下へと漂っている。
「……綺麗」
幻想的な風景を前に、栞が消え入りそうな声を漏らす。
「座ろうか」
ドーム状の室内には、ベンチや、地面に座れる休憩スペースが設けられていた。
「はい……」
ベンチに二人で並んで座る。
「さっき好きな場所って言ってましたよね?」
「あぁ、この水族館は子供の頃からたまに来ててな。一時期は年パス持ってたくらい通ってたんだ」
「年パス……常連じゃないですか」
「はは、そうだな」
悠一の苦笑いが薄明りに照らされる。
「ぼーっとこいつらを眺めるのが好きなんだ」
「悠一さんの好きな場所……」
「嫌な事があっても大抵の事は忘れられる」
「嫌な事ですか?」
「……親に怒られえた、とか教師に叱られたとかさ」
「……そうですか」
栞がそっと悠一を見る。
その横顔は、安らぎだけではない、どこかさみしそうに見えた。
悠一が口を開く。
「……それに」
「それに?」
「この間は、栞の好きな場所を教えてもらったからね、僕も教えないと」
悠一の言葉に栞は驚いたように目を見開き、ふわりと笑みを浮かべる。
「……それは、ふふ。ありがとうございます」
二人並んでクラゲを見上げる。
特に言葉を交わす訳でもなく。
ただクラゲを眺めるだけ。
それがたまらなく自然で。
悠一が栞を見る。
その横顔に、一瞬だけあの人が重なる。
――あの時は、救えなかった。けれど――




