第二話:ズルい大人
栞がうなだれるように机に座っている。
「……もう終わりです」
「終わりね……せっかくだから全部話してくれよ」
「全部?」
「そうだね、まず学校の名前とか」
力なくこちらを見上げ、うっすらと微笑む。
「聖羅女学園です」
「セラジョ?!お嬢様学校じゃんか……」
「これでも模範生なんです、成績は学年一位。高校二年生で、生徒会の副会長。
運動もできる、音楽のコンクールで賞をいただこともあります」
「へぇ、すごいじゃないか、頑張ってるんだな」
「頑張ってる……ですか。ずいぶん久しぶりに言われました」
栞が力なく笑う。
「流石、当たり前、天才、英才教育、親に恵まれている、そんな言葉ばかりです。
誰も私自身の努力を見てくれない。努力をしても私の後ろにいる親を見る」
栞が自分の左手をつかむ、ギリと音がしそうなほど。
「私、お店の物を鞄に入れる瞬間だけ、誰かに気付いてもらえる気がして……」
「……ストレスからくる盗癖か。周囲に見てほしい?」
「そうなんでしょうか……正直、息が詰まるんです。家にいても」
「家でも?」
「両親はほとんど家にいません。私の身の回りは使用人がいますけど、おかえりなさいと食事メニュー、両親からの言伝以外は話さない。あれでは、存在が無いのと同じです」
「なるほどね……」
「テストで100点をとっても『そうか』で終わり、賞をとれば次の課題曲を渡される」
私である必要なんて……と、栞が吐き捨てる様な小声でつぶやく。
「だから盗んだものを家に持って帰れば、母が見つけて、私の存在を認識してくれるかなって」
「認識ね……」
およそ子供が親に対して使う言葉ではない。
闇の深さを思い知らされる。
「……怒らないんですね?」
「え?」
「万引きが見つかったら、怒鳴り散らす様に怒られるものだと思っていたので」
「怒るのは簡単だけどね、理由を聞いたら哀しいなと、それが君に対しての感想」
栞の目が見開かれる。
「哀しいですか、怒られるよりそっちの方がよっぽど……」
栞が自分の左手首をさする。
どうやら、哀れみを向けられることに慣れてはいないらしい。
栞が涙をこらえる様子で上を向いた。
「私……どうしたらいいんでしょう。自分でもどうすればいいか分からないんです」
「そうだなぁ……」
悠一が、すこし考えてから口を開く。
「ご両親以外に助けてくれそうな人は?祖父や祖母とか」
「いません。父方の祖父母は父の言いなりです。母方の祖父は既に鬼籍で、祖母も入院しています。他の親戚は連絡先もしりません……」
さする手に力がこもる。
「友達はいます、教師の信頼も得ています……が、本当の事なんて怖くて言えないです」
「まぁ……『万引きやめたいです』は他人には言えないよな」
栞が押し黙る。
「どうにかしたい、どうすればいい?分からない、手が止まらない……か」
「……全部、その通りです」
栞の瞳から、涙がぽたりと一つ落ちた。
こらえきれなくなったのだろう。
「自分でもわかってるんです、このままじゃダメだって。
でも病院に行く勇気もなく、助けてもらえる人も居なくて」
ぐいと涙を乱暴に拭う。
「最近エスカレートしてるんです。最初は小さなチョコを一つだったんです」
「今日は、下着にまで手を付けて……自分がおかしくなってるのを、わかっているのに止められなくて……」
「……」
「お兄さんは……私はどうすればいいと思いますか?
他人事だと思ってくれていいですから、何か言って下さい……」
悠一には、「助けて」と訴えているように見えた。
「そうだな……やはり相談相手が欲しいな、家族がだめなら彼氏とかは?」
「は?」
「いや、だから彼氏ぐらいに頼れる人になら言えるかなって」
「……女子高ですし、よく知らない人にお付き合いするなんて考えられません。
町でナンパされても全部断っています。
勉強もしないと成績を維持できませんし、でも、なんで、彼氏なんて……」
栞は恥ずかしいのか手をもじもじさせていた。
「解決策になるかと思ってね。君は誰かに見てほしい、近しい親族は頼れない、ただの友人だと距離が遠い。となれば恋人かなって」
「理屈はわかる気がしますけど、初恋だってまだなのに彼氏だなんて……」
初恋がまだ……純粋培養にも程がある。どうやら、相当なお嬢様らしい。
「まぁ、誰か頼れる人を作るのが一番だな」
「頼れる人……ですか……」
コンコンと扉がノックされる。
栞がビクリと震え、恐怖の顔で扉を見る。
警察の到着を予感したのだろう。
「……入るぞ」
部屋の外から声が聞こえて、店長である叔父が一人で入ってくる。
「やぁ、叔父さんお疲れ様」
「おぅ、悠一もお疲れさん……丁度時間もよさそうだな。
今日はもう上がっていいぞ、その子も一緒にな。
あぁ、盗品は置いとけよ、俺が返しておいてやる」
「ありがとう。叔父さん助かるよ」
「ふん、さっさと帰れよ?」
叔父はそう言うと扉を閉めて去って行った。
「は?……え?あの、あれ?帰っていいって?」
「うん、帰っていいってよ」
「警察……を、呼んだんじゃ?」
「いや、呼んでないよ?あれは、ただのはったり、電話で最初に『叔父さん』って声かけたら15分後に部屋来てくれって合図なの」
栞がぽかんとした後顔を赤く染める。
「だ、騙したんですか!?卑怯者!」
「覚えておいて、俺はズルい大人なんだ」
栞の口が、ぱくぱくと池の鯉のように動いていた。
ぷるぷると首を横に振ると気を取り直したように指を突き付けられた。
「さ、さっきの話」
「え?」
栞の頬が赤く染まっている。
怒っているのか、それとも騙されたことが恥ずかしいのか。
悠一には判断がつかなかった。
「私の、『頼れる人』になってください」
「……なんで俺が」
「私を騙したんだから責任を取ってください」
「言い方……周りで聞く人に誤解を招くぞ」
栞は、発言を撤回するつもりはないらしい。
こちらを見つめてくる。
頭をかく。
「はぁ……乗りかかった船だ、話を聞くだけだからな?」




