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【連載完結】私の邪魔はさせない  作者: 逆立ちハムスター


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5/6

未亡人ライフは最高だけど、私のDNAが黙っていない

「……んあー、よく寝た。マジでよく寝たわ」


ふかふかのシルクのシーツに包まれながら、私は盛大に寝返りを打った。

カーテンの隙間から差し込むのは、王都の重苦しい空気とは違う、カラリと晴れた眩しい太陽の光。そして、微かに鼻腔をくすぐる、心地よい潮の香り。


ここ、交易都市「リベルタ」に到着してから、早いもので一週間が経過していた。


王宮大停電の夜、ミニスカ短パン姿で王宮を爆走するという、およそ貴族の令嬢らしからぬ力技で脱出した私は、ヴァルターの手配した特急隠密馬車に揺られ、追手を完全に撒いてこの街へと辿り着いた。


現在の私の名前は、ステラ・マリス。

数年前に愛しい夫を亡くした、若くて、そこそこ資産のある、自由気ままな「平民の未亡人」という設定だ。


「見てよ、この素晴らしい環境。前世の社畜時代には都市伝説だと思ってた『目覚まし時計をかけずに起きる朝』が、今ここに現実のものとなってるわ……!」


私はベッドの上に起き上がり、ぐーっと両手を挙げて背伸びをした。

前世では、朝6時に鳴り響くアラームの爆音に心臓をバクつかせ、死んだ魚の目で満員電車に揺られ、夜は終電まで馬車馬のように働いていた。

今世でも、目覚めた瞬間から「おいエルサ、俺の靴磨きはどうした」「お前は本当に要領が悪いな」と、モラハラ目覚まし(ボイス付き)を強制聴取させられていたのだ。


それがどうだ。

今や、誰にも文句を言われない。誰の顔色を窺う必要もない。


ヴァルターがリベルタの一等地に用意してくれた一軒家は、お上品な白壁の2階建てで、広すぎず狭すぎず、1人で暮らすには贅沢すぎるほどのクオリティだった。買収済みの口の堅い家政婦が、毎朝完璧に掃除をして、美味しいご飯を作ってくれる。


お昼前、私はお気に入りのテラス席に腰掛け、リベルタ名物のシーフードのオリーブオイル焼きをつまみながら、クリスタルのグラスに注がれた白ワインを口に含んだ。


「くぅぅぅーーー!! 染みる! 昼から飲む酒、これぞ人生の勝者の味ね!」


青い海と、無数の交易船が行き交う港を一望しながら、私は完全に悦に入っていた。

アシェル伯爵夫人だった「エルサ」の記憶の中の、ベッドの中で声を殺して泣いていた切ない日々が、まるで嘘のようだ。


(心の声:ざまぁみろ、ギルバート! あなたが『俺がいないと何もできない無能』と見下していた妻はね、今、あなたの手の届かない南の楽園で、最高に美味しいエビを食べながら優雅にバカンスを楽しんでますよ)


心の中で元旦那の顔面にパイを投げつける妄想をしていると、トントン、とテラスの扉が静かに叩かれた。


「ステラ様。王都から、いつもの『お取引先』の方がお見えです」


家政婦のマルタさんが、慣れた様子で告げる。

私はワイングラスを置き、上品に唇を拭った。


「ええ、お通しして」


────


部屋に入ってきたのは、仕立ての良い黒いトレンチコートに身を包んだ、相変わらず無駄に顔のいい男――ヴァルター・ノアだった。

彼は部屋の扉が閉まり、完全に2人きりになったことを確認するや否や、もの凄い速度で私の前に進み出た。そして、床に擦り付けんばかりの勢いで、滑らかなスライディング気味の跪き(礼拝モード)を披露した。


「――お久しぶりでございます、天使様! いえ、ステラ様! 異国での新生活、お体に障りはございませんか!? このヴァルター、貴女の安穏を毎日女神アスクロノリュフィア様の像に祈り続けておりました!」


「ヴァルター、立ちなさいってば。あと、声が大きいわ。壁に耳ありよ」


「はっ! 申し訳ありません! 貴女の放つ聖なるオーラ(※ただの昼酒の酔い)に、つい理性が消し飛んでしまいました!」


ヴァルターはガバッと立ち上がると、エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせながら、懐から一冊の、金色の刺繍が施された分厚い台帳を取り出した。


「ステラ様、本日は王都での『神託』の戦果、およびあの伯爵の――ギルバート・フォン・アシェルの現状をご報告に参りました」


「あら、待ってたわ。まずはビジネスの方から聞かせてもらおうかしら」


私が促すと、ヴァルターは不敵な、しかし悦びに満ちた笑みを浮かべた。


「ステラ様のご予言通り、あの晩餐会の夜、王宮の『光の結界石』が完全に大暴走を起こしました。翌朝、王都中の魔導具の結晶コアが一斉に焼き切れ、大混乱に陥ったのはご存知の通りです。……そこで我がノア商会は、あらかじめ貴女の仰る通りに市場の在庫を底引き網のごとく買い占めておりましたので……」


ヴァルターは台帳を開き、そこにある信じられない桁の数字を私に提示した。


「翌日、結晶の価格は当初の予想を遥かに超え、通常の15倍にまで暴走。国、近衛騎士団、高位貴族たちが、プライドをかなぐり捨てて我が商会に泣きついてまいりました。結果として……ノア商会は一晩にして、アシェル伯爵家の全資産の300倍、国家予算の約2割に匹敵する、巨万の富を得ることに成功いたしました……!」


「……ふっ」


今度は私がワインを吹き出しそうになった。

300倍!? ゲームの設定資料集には「品薄で一時的に価格が高騰した」としか書かれていなかったが、まさか裏社会のドンが本気でナイアガラばりの買い占めを仕掛けた結果、そんなオイルショック並みのハイパーインフレが起きていたとは。


「ノア商会の幹部一同、もはや貴女のことを『生ける幸運の半神』、あるいは『未来を統べる聖女様』と呼び、屋敷の地下の懺悔室を改装して、ステラ様の黄金像を建立しようという話まで立ち上がっております」


「それはやめて。絶対にやめてね。私を宗教の教祖にしないでね」


私は全力で手を振って拒絶した。前世のアラサーOLが異世界で新興宗教の御本尊に祭り上げられるとか、どんなホラーよ。


「コホン。まぁ、ビジネスが大成功したのは良いことね。……それで、ヴァルター。私の『取り分』は?」


「はっ、こちらでございます!」


ヴァルターは、ずっしりと重い、魔力付与された特別な最高級の金庫の鍵をデスクに置いた。


「我が商会が得た利益の4割を、ステラ様のリベルタ中央銀行の秘密口座へと直接送金いたしました。これにより、ステラ様の総資産は……この都市リベルタの主要な商業ギルドを3つ丸ごと買い叩き、おまけにプライベートビーチ付きの豪華客船を建造しても、まだお釣りが来るレベルに達しております。おめでとうございます、貴女は名実ともに、この街で最も裕福な未亡人セレブとなられました」


(心の声:キ、キ、キ、キターーーーーーーー!!!!! 大富豪ロード、完全達成!!! もう一生、いや来世の分まで働かなくてもいいレベルの不労所得を手に入れちゃったわよ!! 宝くじの1等に100回連続で当選したようなもんじゃないの、これ!?)


私の脳内で、前世の社畜時代に毎月の給料明細(基本給20万、残業代は30時間までしか出ないブラック仕様)を見て「はぁ……」と溜息をついていた記憶が完全に消し飛んだ。

これよ。これこそが、メタ知識を持った転生モブモブの、正しいサバイバル術よ!


────


「ふふ、素晴らしいわ、素晴らしいわ! ヴァルター。あなたをパートナーに選んで本当に正解だったわね」


私が極上の(営業用)微笑みを浮かべると、ヴァルターは「ああっ、ステラ様からの勿体なきお言葉……!」と、今にも感極まって涙を流しそうな表情になった。本当に、裏社会の若き怪物としてのプライドはどこへ行ったんだと言いたい。


「さて、ビジネスの成果は分かったわ。……で、気になる『あの男』の様子はどうかしら?」


私がニヤリと笑いながら尋ねると、ヴァルターの顔にも、一転して意地の悪い、最高に愉快そうな悪党の笑みが浮かんだ。


「はい。ギルバート・フォン・アシェル伯爵の件ですね。一言で申し上げますと……『社交界の歴史に残る、伝説のマヌケ』として、現在、王都中の貴族たちの格好のオモチャにされております」


「詳しく聞かせて」


私は前のめりになった。ヴァルターは嬉々として報告を始める。


「まずあの晩餐会の夜、大停電の混乱の最中、ギルバート伯爵は暗闇の中で『何者か』に自慢のネクタイを絞め上げられて気絶。さらに、お気に入りの高級本革靴を履いた足の甲を、ヒールで親の仇のように踏み抜かれ、複雑骨折一歩手前の重傷を負いました」


「プッ……!」


「彼が悶絶から回復し、明かりがついた頃には、アシェル伯爵夫人の姿はどこにもなく……。現場に残されていたのは、引きちぎられ、無残に床に転がっていた、アシェル伯爵夫人のドレスのスカート部分のみ。目撃談から野生に帰らえたとの噂も」


「ハハハ!! 野生に帰ったって何それ!? 私は珍獣か何かなの!?」


まさか私の全力疾走スライディング脱出が、社交界でそんなファンタスティックな解釈をされているとは。


「さらに不運は続きます。ギルバート伯爵は、王太子の側近として『光の結界石』の防衛、および大停電の混乱収拾の責任者の一人だったのですが……。足の激痛と、妻が消えたパニックのあまり、近衛騎士団への指示を完全に誤り、王宮の庭園の噴水を大爆破させるという大失態を演じました。これにより、王太子殿下からの信用はガタ落ち。役職を2階級降格され、現在は王宮の『地下資料室の書類整理(窓際族)』へと左遷されました」


(心の声:ちょっと待って、窓際族!? あの上昇志向か高くてプライドの塊みたいな男が、地下室で埃まみれの書類整理をしてるの!? フフフ、因果応報、ここに極まれりね! 前世の私と同じように、書類の山に埋もれて白目を剥いてればいいわ!)


「当然、彼は狂ったように『エルサ』の行方を捜索しております。『俺の所有物が、俺に無断で消えるなど許さん! 地の果てまで追い詰めて連れ戻してやる!』と息巻いているようですが……」


ヴァルターはフッと冷ややかな笑みを浮かべ、自身の胸に手を当てた。


「我がノア商会の情報隠蔽工作は完璧です。ステラ様が王都を出た足取り、および『エルサ』という人物の存在自体、この世から煙のように消し去りました。アシェル伯爵がどれほど私兵を動かそうと、リベルタの富豪未亡人『ステラ・マリス』に辿り着く確率は、ゼロ、でございます」


「ありがとう、ヴァルター。本当に頼りになるわ」


私は心の底から安堵した。

これで、ギルバートという名の私の人生の死亡フラグは、完全に折れた。彼は王都の地下室で書類と格闘し、私は南の街で大富豪として自由を満喫する。これ以上ない、完璧なハッピーエンドだ。


────


――それから、さらに半年が経過した。


私は、絵に描いたような「極楽セレブライフ」を送っていた。

朝は遅くに起き、マルタさんの作った美味しい朝食を食べ、昼は街の高級ブティックでドレス(もちろん、スリットの入っていないまともな平民用の可愛いドレスだ)をオーダーメイドし、夜は波の音を聞きながら読書をする。


お金はある。身分の安全性も保証されている。

誰も私を怒らない。誰も私を束縛しない。


……はず、だった。


「……あれ?」


ある日の午後。

いつものようにテラス席で、最高級のハーブティーを飲みながら、ぼんやりと海を眺めていた私は、ふと、自分の両手がカタカタと小さく震えていることに気づいた。


「な、何これ。アルコール中毒? いや、昼酒は控えてるし……。病気? いや、体調はすこぶる良いんだけど……」


私は胸に手を当て、自分の心の声をじっくりと聴いてみた。

そこから返ってきたのは、21世紀の現代日本で、10年間絶え間なく働き続けてきた「限界社畜OL」としての、根深い、そして呪いのような『DNAの叫び』だった。


(……暇。……クソほど暇……!! 何これ、何もすることがないって、逆にめちゃくちゃ恐怖なんだけど!?)


そうなのだ。

ブラック企業で調教され尽くした私の脳みそは、「タスクがない状態」を、生存の危機だと誤認し始めていた。

「今月のアポ件数は?」「次の会議の資料の進捗は?」「今週の売上ノルマは?」という、前世の脳内プロンプトが、何も仕事がない現在の状況に対して「タスクが空です。直ちに業務を開始してください」と、激しい警告を発しているのだ。


「嘘でしょ……。あれほど憧れた不労所得生活なのに、半年だらだらしただけで『働きたい欲』が湧いてくるなんて……! 私の身体、どんだけ社畜に染まってんのよ……!」


私は頭を抱えた。

せっかく勝ち取った自由な未亡人ライフ。だが、ただ消費するだけの毎日は、前世の私の「何かを生産して成果を上げたい」という、ひねくれた仕事人としてのプライドを満足させられなかったらしい。


「よし……。決めたわ」


私は勢いよく立ち上がり、日本語の秘密ノートをバッと開いた。


「お金のために働く必要はない。だったら――自分の『趣味』と『前世の知識』を全力投入した、最高に楽しい『ビジネス(お遊び)』を、この街で始めてやろうじゃないの!」


ターゲットは決まった。

この交易都市リベルタは、多くの商人や旅人が行き交う活気ある街だ。しかし、この世界の「社交」や「娯楽」は、まだまだ発展途上。

例えば、前世の私が仕事帰りに毎日のように通っていた、あの『癒やしの空間』。

あるいは、働く女性(この世界では平民の商家の娘や、下位貴族の女性たち)が、一人の人間としてリラックスできるような、洗練された場所。


「……『コンセプト・カフェ』、あるいは『癒やしの総合サロン』。これ、この世界に持ち込んだら、絶対にバズるわよ」


私は前世のOL時代に培った、市場調査マーケティング能力と、店舗立ち上げの企画書の書き方を思い出しながら、日本語でサラサラと新しいプロジェクトの構想を書き連ねていった。


ターゲット層は、リベルタの富裕な商家の妻、働く女性、およびお忍びの令嬢たち。

提供サービス。前世の日本の「おもてなし」を取り入れた、極上の接客。そして、この世界にはまだない「独自のスイーツやハーブのブレンドティ」。

空間デザイン。プライバシーが完全に守られ、日常のストレスから解放される、洗練されたモダンアンティーク調の内装。


「ふふふ……。資金は腐るほどあるんだから、場所選びも内装も、妥協一切なしで最高のものを作れるわ。あ、ヴァルターのノア商会の流通ルートを使えば、東方の珍しい茶葉や、魔法仕掛けの調理器具も簡単に手に入るじゃない!」


やりたいことが決まった瞬間、私の両手の震えはピタリと止まり、脳内には前世の「プロジェクトマネージャー」としての冷徹で熱いアドレナリンがドバドバと溢れ出てきた。


「今度はまっとうな商業の舞台で、たっぷり見せつけてあげるわ!」


────


数日後。私は店舗用の物件を探すため、リベルタの主要な商業エリアである「中央大通り」を歩いていた。

平民のステラとしての装いだが、そこはさすが大富豪の未亡人。上質なリネンのドレスに、小ぶりの真珠のイヤリングをあしらい、街の案内人(ギルドから派遣された有能な青年)を連れての堂々たる視察だ。


「ステラ様、こちらが現在空いている、大通りに面した3階建ての元魔導具店です。立地は最高ですが、少々家賃が高く……」


「あ、そこ買い取るわ。一括で」


「えっ? か、買い取る……!? 賃貸ではなく!?」


「ええ、細かい契約が面倒だから建物を丸ごと購入するわ。マルタ、後でギルドに送金の手続きをしておいて」


「は、畏まりました……!」


案内人の青年が、見た目は若いのにとんでもない財力を見せつけてくる謎の未亡人(私)に対して、完全に恐縮している。お金の力って本当に素晴らしい。クソ旦那に財布を握られていた頃の私に見せてあげたい爽快感だ。


物件のチェックを終え、私が満足げに大通りを歩いていた、その時だった。


――ガシャァァァン!!


通りの向こう、高級な馬車が停車しているエリアから、何かが激しく割れる音と、男たちの怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい! お前、自分が何をしたか分かっているのか!? これは、我が主がお忍びでリベルタを視察されるために、王都から遥々運んできた、国宝級の魔導ガラスの彫刻だぞ!」


見ると、いかにも高位の貴族に仕えているとおぼしき、横柄な態度を隠そうともしない騎士風の男が、一人の小さな平民の少女の胸ぐらをつかみ上げて怒鳴り散らしていた。少女の足元には、美しく、しかし無残に粉々に砕け散ったガラスの破片が散らばっている。


「も、申し訳ありません! 私はただ、お荷物を運ぶお手伝いをしようと……。前を走ってきた馬に驚いて、手が滑ってしまい……」


「言い訳など聞くか! この平民が! 弁償できるわけがないだろう! おい、こいつを直ちに捕らえろ! 奴隷に落としてでも金を毟り取ってやる!」


周囲の平民たちは、騎士の威圧感と、背後に控える超豪華な馬車の紋章を見て、関わり合いになりたくないとばかりに、一斉に目を逸らして遠巻きに見守っていた。


私はその光景を見た瞬間、前世の「コンプライアンス精神」と、エルサだった頃の「理不尽に虐げられていた記憶」が、同時に激しく燃え上がるのを感じた。


(……何あのアゴで人を使うような横暴な態度は。ここは貴族のやりたい放題が通る王都じゃないのよ、自由の街リベルタよ? おまけに、あの割れた彫刻……)


私は鋭い目で、床に散らばるガラスの破片を凝視した。

ゲーム『プリルミ』の知識が、私の頭の中でピコーンと弾ける。


(あれ、国宝級の彫刻なんかじゃないわ。東方の商人がよく使う、見た目だけを派手にした『大量生産品の安物偽造品パチモン』じゃないの。あの騎士、自分の不手際で壊したか、あるいは最初から平民を脅して金を騙し取ろうとしてる『当たり屋』ね。――っていうか、あの馬車の紋章……)


豪華な馬車の扉に刻まれていたのは、ゲーム『プリルミ』において、王太子ルシアン殿下と並ぶ超人気キャラクターでありながら、同時にヒロインのアリアに対して徹底的に冷徹に振る舞う、あの『冷徹な魔術師公爵・レオンハルト様』の家紋だった。


(待って。なんでゲームの超重要攻略対象の公爵様が、こんな南の国境の街にいるわけ!? シナリオ開始は、確かまだ半年後のはずでしょ!?)


私の脳内に、予期せぬ新展開イレギュラーのアラームが鳴り響く。

だが、元社畜OLであり、現在は裏社会をも牛耳る大富豪の未亡人ステラ・マリスとなった私は、ここで日和るようなタマではなかった。


「ちょっと、そこの横柄なワンちゃん(騎士)」


私は優雅に、しかし芯の通った大人の声で、騒ぎの中心へと歩み出た。


「このリベルタで、そんな古典的な『当たり屋ビジネス』をやられては困るのだけど? 少し、お話を伺いましょうか?」


日傘をくるりと回しながら、私は不敵な、最高に愉快そうな笑みを浮かべて、新たなる「運命のトラブル」へと自ら首を突っ込んでいくのだった。

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