第8話 召し上がれ
⸺ある、月の綺麗な晩のこと。
疲れ果て、森の中に倒れている老人がおりました。
それを見つけた動物たちは、老人のために食べ物をせっせと集めます。
木の実を運ぶ者、草を摘む者。
それぞれが、出来る限りの恵みを持ち寄りました。
しかし⸺
一匹のウサギだけは、探しても探しても、何ひとつ見つけることができませんでした。
ウサギはしばらく考えたのち、動物たちに頼み、火を起こさせます。
動物たちも、老人も、
その火を不思議そうに見つめておりました。
やがてウサギは、静かに口を開きます。
「ボクには、あなた様に差し上げられる物がございません。」
真っ直ぐな瞳でウサギは老人を見つめました。
「ですがただ一つ。ボクが持っているものを、あなたに捧げることができます」
炎の揺らめきが、ウサギの瞳に反射する。
「どうか、どうか
この哀れな1匹のウサギを⸺」
そう言うと、ウサギは⸺
ジャックは、タマが走っていった方向へ足を進めていた。
どこへ行ったのか。
何をしようとしているのか。
見当はつかない。
ただ、凄く嫌な予感だけが、胸の中で渦巻く。
手遅れになる前に。
早く。
早く、止めなければ。
⸺ふと。
鼻をかすめる、甘ったるい匂い。
甘く、濃く、どこか⸺
…蜂蜜のような匂い。
「…っ!?」
最悪の想像が、脳裏をよぎる。
いや、まさか。
そんなことが、あっていいわけ⸺
「⸺ミラさん!!!
あぁ、ミラさん! 来てくれたんですね!!!」
弾む声が、森の奥から響いた。
ジャックは駆け出す。
そして、見てしまった。
二つの影。
正気を失ったミラ。
そして⸺
「…あ」
タマ。
ジャックの思考が、止まる。
腰が抜け、その場に崩れ落ちた。
⸺そこにあったのは。
切り株の上に盛り付けられた、タマの姿だった。
全身に粘り気のある蜂蜜をまとい、花びらを散らし。
まるで料理のように、静かに座している。
異様な光景ではあるが、顔の美しさもあり、木漏れ日を浴びたその姿は一種の芸術品にも見えなくはない。
「やっと、やっと会えましたね!」
タマは思わず立ち上がり、きらきらとした満面の笑みを浮かべた。
「お腹を空かせて、可哀想なミラさん!
正気を失うほど飢えて、苦しんでいるミラさん!」
くるり、と。
切り株の上で、優雅に回る。
「甘辛い味付けは、お好きですか?」
指をぱちんと鳴らそうとするが、あたりに蜂蜜が飛び散るだけに終わった。
「本当は、じっくりこんがりとさせて、もっと味付けにもこだわりたかったのですが、蜂蜜と塩で味付けするだけに留まってしまった事を…お許し下さい。」
手を胸に当て、顔を伏せ、心底申し訳無さそうに言うタマ。
「でもボクは今。
⸺あなたの、あなただけのタマです!!」
両手を広げ、ぴたり、とポーズを決める。
まるで全てを受け入れ、包容を待つかのような姿。
狂気にも似たその瞳は、期待と希望に溢れていた。
正気を失ったミラは、ゆらりと、一歩、また一歩と歩を進める。
「どうか⸺」
呼吸が聞こえる。
「どうかボクを⸺」
鼓動が聞こえる。
「お食べくださあーーーーーー!!!!!!」
⸺その瞬間。
何かが弾けた。
花びらにも似た。
新鮮な実を潰したような。
⸺赤い飛沫が、宙を散った。




