第10話 ごちそうさま
咄嗟のことに、ジャックはしばらく動けなかった。
やがて⸺はっ、と我に返る。
ふらつく足で、ミラのもとへ駆け寄った。
血だまりの中、それ以上見てはいけないものから目を逸らしながら、身体を引き剥がす。
そのまま引きずるようにして、近くの木陰へと運び、どうにか横たえさせた。
「ミラ…ミラっ…! お願い、目を開けて…!」
震える手で祈るように肩を揺する。
「う、うぅん…」
かすかな声。
ゆっくりと、ミラが目を開けた。
「…あれ…? ジャックちゃん…?」
「ミラっ…! 元に戻ったのね!よかった…!!」
思わず、強く抱きしめる。
「ジャックちゃん、アタシね…夢を見てたみたい…。」
夢から覚めたばかりのように、意識はぼんやりとしていた。
そして、思い出したかのように周囲を見回す。
「…? タマちゃんは…?さっきまで一緒にいた筈なのに…」
その言葉に、ジャックの表情が固まった。
「た、タマさんは…」
「それに…ジャックちゃん、服が真っ赤…。
あれ?アタシも…なんで…?」
不安そうに、自分の手を見つめるミラ。
⸺言えない。
あんな事があったなんて、どう説明すればいいのか。
自分がまさか、タマを⸺同族であるウサギを、食べてしまったなんて。
これからどうすれば良いのだろう。
ミラはどうなってしまうのだろう。
同族の肉の味を覚えたミラは⸺
取り返しのつかない、化け物になってしまったのではないだろうか。
色々な考えがぐるぐると、ジャックの頭の中を巡った。
「良かったー! ミラさん、元に戻ったんですね!」
聞き覚えのある声が、背後から響いた。
ジャックは、自分の血の気が引いていくのを感じた。
身体が震える。口が乾く。息が荒くなる。
意を決して、ゆっくりと振り返ると⸺
場違いに能天気な声の主。
⸺タマが、そこにいた。
「ギャーーーーーーーっ!!!!!」
思わず叫び声を上げてしまう。
まるで、お化けでも見たかのようだ。
「あっ!タマちゃんー!」
妙にツヤツヤとして、スッキリした表情のタマ。
一糸まとわぬ産まれたてのその姿は、先程の凄惨な出来事が嘘だったかのようだ。
「ミラさん!いやぁよかったですよ!
お見事!ナイスマンチング!!」
テンション高めにぱちぱちと賞賛の拍手を送るタマ。
「んー?どういう事?」
不思議そうに首を傾げるミラ。
「見事な食べっぷりでしたよ!
いやぁ…久々に心と体が昂りました…」
思い出したのか、恍惚の表情でぶるり、と震える。
ミラは自分の手に付いた赤い物をクンクンと嗅いだあと、舐めた。
あぁ、たしかにこれは血だ。
「んー?アタシ、何か食べてたのかも…?」
口内に広がる鉄の味。
まだ残っている新鮮な肉の余韻。
噛み付いた時のなんとも言えない幸福感。
不思議と満たされているお腹。
同時に、味の記憶をなんとなく思い出す。
「タマちゃんがくれたの?ありがとうー!
おいしかった!」
顔を真っ赤に染めたミラが、口の周りを舐め、無垢な表情でタマに笑い掛ける。
「⸺あっ、あっあっ…!!」
タマはびっくりした表情で後退りし。
「アァーーーーーーッ!!!!!!!!!」
天に向かって、歓喜の咆哮をあげた。




