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第3章 次の一歩

1.激突 SideM

--魔戦将軍テイラード自室


「くそっ!!!!あの小娘が!!!!!

『魔戦将軍といえど、こんなもんなんですね』だと!!!???

この俺様が、わざと手を抜いてやったっていうのが、わからんのか!!!!」

元々、王族の私室として使われていた部屋であり、それなりの調度品があった部屋が、見るも無惨な姿になっていた。

机も、椅子も、壁も、床も。

無事なものを探すほうが骨が折れるほどの荒れっぷりだった。

「お、おやめください、テイラー・・・ぶふぁ!」

あまりの惨状に、部下が止めに入ろうとするものの一切耳に入らない。

それどころか、その辺の家具と同じように薙ぎ払われるだけであった。


それから数時間。


もう、そこには壊すものがなくなっていた。

「はぁ・・・はぁ・・・。

よし、やめた。あのやろうまおうの計画を利用して勇者にあのアホを殺させようと思っていたが、回りくどいことは俺様には合わねぇ。

そもそも他人ゆうしゃなんかに任せるこたぁねぇ、俺が殺ればいいだけの話。

ムカツク小娘なんぞ、生かしておく必要ねぇな。

おい、アズラーはいるか!?」

魔王に脳筋と評されていた通り策を巡らすのが不得意なテイラードである。

力押しで行くことを決めた所で、副官を呼んだ。

「おい!アズラー!!俺様が呼んでるんだ、早く来い!!!」

しかし、いくら呼んでも返事はなかった。

それもそのはず、当のアズラーは、テイラードの癇癪に巻き込まれ、足元に転がっていたのだった。


「お言葉ですがテイラード様。勇者は魔王様にしか殺せない、と言う制約がございますが・・・」

復活し、テイラードから話を聞かされたアズラーだが、勇者の持つ特性を思い出し忠告をする。

「けっ、忌々しい勇者システムか。

なら、仲間を全部蹴散らしたあとに、封印するだけだ」

勇者システムという名の、呪いのような制約。

殺せないのであれば、閉じ込めてしまえばいいだろう。

単純ではあるが、確かに他に手立てはなかった。

「かしこまりました、では、封印術の使えるものを同行させるといたしましょう」

「おう、うまいことやっといてくれ。考えるのはお前に任せる。俺が気持ちよく暴れられるようにしとけよ」

「いつものように、お任せください」


数日後。

テイラードは勇者討伐に向け、城を後にした・・・。

2.激突 SideY

ドゴォォォォォ!!!!


一体、何が起こったのだろうか。

ユリンは今目の前で起こっていることが全く理解できなかった。


魔戦将軍テイラード。

つい数日前に倒したはずの敵が、なぜ再び現れたのだろうか。

つい数日前に軽くあしらったはずの敵に、なぜ手も足も出ないのだろうか。

つい数日前……


「はっはー!!もろいもろいもろい!!!!

 やはりこの俺様は最強!勇者なんぞゴミクズと同じだー!!!」

数日前に戦った時は、テイラードの「勇者をけしかけて魔王を殺そう作戦」によって、重要アイテムである『勇者の指輪』と『勇者のイヤリング』を“わざと”負けることで与えたわけだが。

その際の勇者のヒトコトで激昂したテイラードが、一切の手加減もなく本気で大暴れをしていた。

様々な経験を積んだ結果、勇者ユリンのレベルは50に達していたが、テイラードをレベルで表すと80相当。

まともに正面から当たれば、勝ち目はなかった。


「ユリン!!呆けてるんじゃねえ!!

 なんでこいつが復活してて、しかも尋常じゃない強さになっているかなんてのは、後で考えればいい!とにかく今どうするかを考えろ!!!」

テイラードの猛攻をかろうじて防ぎながら、スライクが吠える。

「そうや、わからんことを考えてもしゃ~ないわ。とにかく今できることせなあかんえ!」

スライクの背後から、僅かな隙間を縫って攻撃魔法を打ち込みながらカキツバタも吠える。

(そうだ、今は、なぜ、は置いとくんだ!)

「ごめん二人とも!今できることを、今しなきゃいけないことをしないと!」

呆けていた、といっても、ほんの数秒ではあったが、だが、嵐のごとく暴れまわるテイラードを目の前に、その数秒は決して短くはなかった。

「ユリン、サポートします」

「ラミー!お願い!!」

背後からラミーによる強化魔法エンチャントを受け、ユリンが駆ける。

疾風怒濤ブーストによりハイスピードの疾走からの、全体重を乗せた渾身の一撃!!!


爆裂する一撃(フルブラスト)!!!」


ガキィィィィィィ!!!


しかし、全力の一撃は、テイラードに軽くいなされてしまう。

「はっ!なんだそのへなちょこは!

 軽い軽い!振り下ろしってのはな、こうやるんだよ!!!」


ドッゴォォォォォォォォオオオオオ!


鉄塊と呼ぶのがふさわしいほどの巨大な両手剣(バスタードソード)を、最上段から振り下ろす。

地面は大きくえぐれ、既に限界を迎えつつあったスライクもろとも、ユリンはふっとばされていた。


(強い…強すぎる…)

その、たったの一撃で、ユリンは身動きが取れないほどのダメージを受けていた。

隣には、鋼鉄製の全身鎧フルプレートを紙くずのように裂かれた状態で、スライクも横たわっていた。が…

(……え??)

「ス、スライク…?嘘、スライク!スライク!!!」

既に、スライクは大量の出血の中、息をしていなかった…。


「はん?なんだよ、鎧のにーちゃん、もう終わりかよ。けっ、大したことね―なー、おい。もうちょっと楽しませてくれよなー」

悪態をつきながらも、獰猛な笑みを浮かべテイラードが近づいてくる。

「あきまへん…あての魔力も、もう底を尽きかけとるわ~」

牽制に撃たれたカキツバタの魔法も、普段の1/10も威力が出ていない。

「勇者は魔王にしか殺せねえ、っていうクソ忌々しい制約があるが、周りはかんけーねーようだしな。てめえの無力さを噛みしめるんだな、はっはー!」

本来両手で扱うはずの巨大な両手剣(バスタードソード)を片手で握り、絶望を煽るかのように、ゆっくりと近づいて来る。

その時だった。

「カキツバタ!あなたの残りの魔力、全部もらいますよ!」

「あん?」

ラミーが叫んだと同時、懐から握りこぶし大の黒い石を取り出し、カキツバタに投げつけた。

「これは…ははっ、おもろいもんもっとるな~あんた!」


マジックアイテム転移の黒曜石(ブラックゲート)


使用者の魔力を使い、思い描いた場所へ一瞬にして移動できるという”噂”のアイテム。

噂、というのは、おとぎ話の中でしか見たことがない、と言われるレベルの|本当に実在するかわからない物《最高ランクのレアリティ》だからである。

移動距離は、使用する魔力量に依存。

「さ~て、どこまでいけるやろかね。絞れるだけ絞りつくしましょうかね~」


カッ!!!!!!


目を覆う程の強烈な光と共に、ユリン一行はその場から姿を消した。

「ちっ、逃げやがったか…。だがまぁいい。絶望に染まった顔も見れたことだし、もう立ち上がることもあるまい。かっかっか!」


思う存分暴れたテイラードは、多少の消化不良がありつつも満足してその場を去っていった。


「テイラード様はああ言っておられるが、ふむ、あのヒーラー、なんとも気になるな…」

戦いの終わった後。

戦場を見渡せる高台よりテイラードを見守っていたアズラーが、ラミーに大きな違和感を覚えていた。

転移の黒曜石(ブラックゲート)、そうそう手に入るものではないはずだが。我々ですら、魔王以外に所有しているものなど数える程もいないというのに…。少し調べて見るとしましょう」


3.疑念 SideM

(あれは・・・テイラード?随分上機嫌のようだな)

魔王が執務室へと向かう廊下にて、普段は見ないテイラードの様子に、ふと立ち止まる。

テイラードも同様こちらに気がついたようで、おもむろに近づいてくる。

普段なら挨拶すらしないのだから、やはり様子が違う。

「どうしたテイラード、機嫌良さそうだな」

「これはこれは魔王サマ。はっはー、ちぃとばかしな、楽しいことがあったもんでよ」

「楽しいこと・・・?」

わざわざ含みをもたせた言い方に、何かしら魔王にとって不利益が生じているだろうことが予測された。

そこへ、

「魔王様!!緊急のご報告が!!」

ラジーが駆け込んでくるのだった。


「こ、これはテイラード様。お話の途中で大変申し訳ございません。危急の報告であったもので、お許しください」

「はん、構わねぇよ。急ぎじゃあしょうがねーやな」

急ぎじゃしょうがない、など、テイラードの口から聞ける日が来るとは。

あまりに普段との違いに、ラジーは訝しげな目でテイラードを一瞥し、そのまま魔王に向き直る。

「で、では、執務室にて報告を・・・」

「あん?急ぎじゃねーのかよ?ここでやりゃいいじゃねーか」

にやにや。

そう表現するのがふさわしい笑みで横槍を入れてくるテイラード。

(ふむ、なるほどな)

「ラジー。よい、こやつに聞かれて困る内容でもあるまい。報告せよ」

「は、はい!」


「勇者パーティ壊滅・・・そうか」

「わりぃな、あまりにも弱すぎてなー。これでも手加減はしたんだぜ?」

全く悪びれることもなく、にやにやを崩さないままテイラードが言う。

魔王の慌てる姿が見たくてしょうがない、ということなのだろう。

「まぁよい。ダメならダメでその時だ。所詮はそこまでだった、ということだ」

だが、魔王はそれだけ言うと、一切慌てることなく立ち去ったのだった。

「お、おい!いいのかよ!?魔王サマのお気に入りだったんじゃねーのか!?」

「お前は阿呆か?お気に入りのおもちゃが壊れたからって、いちいち泣き叫ぶとでも?

ラジー、行くぞ」

「はっ」

後には、思惑通り行かずに悔しがるテイラードのみが残された。


−−−−執務室

「ラジー、詳細の報告を」

執務室に着くなり、これまでのポーカーフェイスが崩れる魔王。

危うく、テイラードに焦りの表情を見せるところだった。早々に話を切り捨て、立ち去ったのはそういうわけだったのだ。

「はい。ラミーによりますと・・・・・・」


「・・・・・・ふぅ、ご苦労。あのテイラード(バカ)が思ったよりも大暴れしたようだな。

転移の黒曜石(ブラックゲート)まで使ったとはな」

大きく息を吐きながら、椅子に深く沈み込む。

テイラードの様子から嫌な予感はしていたが、思った以上に深刻だった。

「よほどの緊急事態だったようです」

「そのようだな。

テイラードは脳筋だからいいとして、アズラーがめんどくさいな。おそらく何かしらの探りを入れてくる」

転移の黒曜石(ブラックゲート)使用の瞬間を見られているでしょうからね。適当に嘘情報を流しておきます」

「たのむ。で、ひとまずは全員生きていた、ということでいいんだな?勇者の様子は?」

「ええ、なんとか全員生きている、とのこと。とはいえ、反魂の法(リザレクション)を使わざるを得なかったようですが。

勇者は、勇者システム(呪い)によって身体面では問題ないようですが・・・」

「精神面の方が問題、か。ふむ、どうしたものか・・・」

4.疑念 SideY

「…ん…ここ……は…??」

目を覚ましたスライクの目には、見覚えのない光景が広がっていた。

最後の記憶は…そう、テイラードの強烈な一撃を受け止めきれなかったシーンで止まっている。

「俺は…生きて、いるのか……?」

全く実感がない。

あの一撃を受けて到底生きていられたとは思えなかったが、思った以上に自分は頑丈だったようだ、とスライクは思うことにした。


ガチャ


そんな考えを巡らせていた時、ふいにドアの開く音がした。

体に力が入らず、体を起こすことはできなかったため、音のした方へなんとか顔を向けてみる。

「…ユリン…」

「スライク!!!!」

なんとか絞りだした声を聞いて、ユリンが駆け寄ってきた。

目には涙が浮かんでいる。

「よかった、本当に、よかった!!!」

「そんなに……酷かった、のか…。

 確か…に………体が…思うように……うご…かない……が……」

ぽつりぽつり、と絞り出すようにしゃべる。

いつもの豪快な様子は全くなく、体に残ったダメージを物語っていた。

「ううん、うん、うん、よかった…」

駆け寄ったユリンは、抱きつきそうな勢いだったが、体に触らないよう手を握るだけにとどめ、ただひたすらに泣いていた。


―――――――――

「スライク!スライク!!!」

転移の黒曜石(ブラックゲート)により、遥か遠方まで逃げることができたユリンたち。

だが、魔力を使い果たしたカキツバタは昏倒しており、ユリンも満足に体を動かせない状況は変わらず。

そして、スライクは、ピクリとも動かなかった。

「ユリン、大丈夫。まだ、まだ間に合う!」

倒れ伏したまま叫び続けるユリンへ、ラミーが声をかける。

「間に合う…??なに、どういうこと?スライクは、助かるの!?」

「うん、助かるよ!だけど、急がないと。

 ユリン、あなたの力、めいっぱい借りる!!」

「私の、力?なんだかわかんないけど、スライクが助かるなら、なんでもする!!」

「じゃあ、少しだけ、血を!」

言うなり、まだ固まりきっていないユリンの額の血を指で軽く拭い取る。


 巡れ巡れ巡りて廻れ

 廻れ廻れ廻りて還れ

 天は地に 地は天に

 此方は彼方に

 彼方は此方に

 其はありし此へ

 

詠唱が進むにつれ、ラミーの指についたユリンの血が光を放ち、同時にユリンの体に負荷がかかる。

「こ、これって……く、ぅ…」

その負荷が一定を超えた頃、ユリンが意識を失う。


 巡り!廻り!還れ!!

 反魂の法(リザレクション)!!!!


一瞬でも目を開けていられないほどの強烈な光とともに、ラミーの詠唱が終わった。

と、同時に、

「が、がはっ!!!」

ピクリとも動かなかったスライクが、息を吹き返したのだ。

「ふぅ…。

 ユリン、あなたの勇者の(呪い)力のおかげでなんとか…」


●勇者の能力5:いかに瀕死の怪我を負おうとも、一晩寝れば全て回復する


既に枯渇しかかっていたラミーの魔力では行えなかった蘇生の魔法を、その尋常でない回復の力を使うことで、行ったのだった。

「それにしても、ここまでの力、とはね~…」

そう言って両手を見つめるラミー。

蘇生してなおあまりある力の反動により、ラミーの魔力も半分以上回復していたのだ。


―――――――――


スライクが目を覚ましてから数日。

元々体力があったことに加え、勇者の力を上乗せさせて使われた蘇生魔法により、文字通り死ぬほどのダメージを受けていたにも関わらず、かなりの速さで回復していた。

「それにしても、ラミーはん。あんさん、なかなかおもしろいことしはりますな~」

借りた宿の庭で食事を取りながら、ふいにカキツバタがラミーに話しかける。

気のせいか、目が笑っていないように見える。

「面白い??」

いつもと同じ口調ではあるものの、いつもと違う雰囲気に身構えながら、ラミーが返す。

「せや。転移の黒曜石(ブラックゲート)持っとっただけでも驚きやのに、まさか邪法である反魂の法(リザレクション)まで使わりはるとはな~」

そこで、一呼吸を入れ。

今度は浮かんでいた一切の笑みを消し、問う。

「あんさん、何者や?」


死んだ生き物は生き返らない、というのは、どの世界でも共通の常識であり、普遍の真理である。

だが、反魂の法(リザレクション)はその真理に反する法である。

邪法とされており、魔法を使うものの中では禁忌とされていた。


「う~ん、そうだな~。確かに、話しておいた方がよさそうだね~。

 といっても、元々隠すつもりもなかったんだけど。

 ボク、魔族なんだよね~」

「…い、言うに事欠いて魔族とは。

 目的は、なんや?

 ことと場合によっては……って、やめやめ」

言って、カキツバタは真剣な表情を崩した。

「あんさんのその顔見たら、敵でないことだけは間違いなさそうやしな~」

「うん、それは間違いないね~」

「魔族云々は眉唾もんとしても、そもそも、敵やったらあんな命がけで助けたりしはらへんやろし。

 そこだけは信じさせてもらうわ。裏切らんよってな?」

最後にひと睨み。釘を刺す。

「だ~いじょ~ぶ!」

返すラミーは、笑顔だった。


「さて。

 ユリン、これからのことを少し話さない~?」

ひとしきり食事も終わり、ラミーが告げる。

体は癒えたばかりだが、まだ心は癒えていない。そんな状況ではあったが、だからといって足踏みしているわけにもいかない。

「これから、か。

 ふー……ほんとは、もうこのままここで隠居生活を送りたい気分だけどねぇ」

「隠居生活も悪くないな。それについては俺も同意見ではある。

 が…」

「そうも言ってられへんやろな~」

「だと思う。あの魔戦将軍テイラードが治める土地からは遠く離れることができたけど、他にも強い魔族はいっぱいいるし。

 いつ攻めてくるかもわかんないしね~」

「はぁ……なんで私、勇者なんてやらされてるんだろう……

 っていっても、あの神さま(バカ)のせいなんだけど……はぁ…」

「言ってもしょうがねーさ。俺なんて、そもそも勇者ですらないわ一回死んだわで、もっとひでーぞ?」

「いやー、酷さで言ったら、私の方が上だって。こんなか弱いうら若き乙女に…」

「あ、今そういうの別にいいんで」

「ちょ、ちょっと、ラミー冷たい!」

「あはは」

そうやって笑える所を見ると、まだ、完全とは言えないが、少しは心の傷も癒えてきているように思えた。

(これも勇者の力(呪い)によるものなのかもだけど…)

5.ふりだしにもどる SideM

テイラードとの戦いより3年。

魔王軍と勇者との戦いは、熾烈を極めて…はいなかった。

どころか、魔王軍の中で話題に上がらなくなるまでに、勇者の活動は見られなくなってしまっていた。

「けっ、やっぱりただの根性なしだった、ってことじゃねーか」

魔王城作戦会議室。

別の案件で集められたのだが、ふと思い出したようにテイラードが吐き捨てる。

そもそもの原因はお前だろうに、と誰もが思いつつも、勇者に思い入れのあるものなど皆無である。誰も反論をすることはなかった。

「このまま生かさず殺さず、でほったらかしにするってことですかい?」

「ふむ、そうだな。どうしたものか」

急に振られた魔王が思案する、ふりをする。

「実害もなく、関わりがないのであれば、別に放っておいてもよかろう。

 わざわざ手間をかけることもない」

「そーですかい」

その場では、それ以上の会話は起こらなかった。

今の魔王城内での勇者の扱い度合いがわかろうというものだった。


「ふぅ、あのテイラード(バカ)はたまにドキッとさせるな」

執務室に引き上げた魔王がそうこぼす。

「とは言っても、なんにも考えてはいないでしょうけど」

「そうだな。特に深い意味はなにもないんだろうな。

 で、ラミーからの報告は入ったのか?」

「ああ、はい。少しお待ち下さい」


「現在ですが、勇者が生まれ育った村を拠点に活動しているのは、変わりがないようです」

「ああ、まだあそこにいるのか…」

数年前、初めて勇者に会ったときのことを思い浮かべる。

(超がつくほどの田舎だったが、身を潜めるには向いている、か)

「とは言っても、基本的にはどこかへ出ていることの方が多いようですが。

 ラミーによれば、最近は試練の宝珠を使って訓練を行っているとか」

「試練の宝珠……もしかして、あれか!」

「恐らく。勇者装備が少しずつ失くなっていっていますので、その際についでにラミーが持っていったのでしょう」

「なるほど」


26あると言われる勇者装備。

ユリンに与えられた1つ以外は全て魔王軍が管理していた。

最初のテイラード戦にて指輪とイヤリングがユリンの手元に渡り、その段階で15個。

その後、活動が『失くなった』、と思われた中で既に5個なくなっており、残っているのは魔王城付近に保管されている6個のみとなっていた。

『失くなった』とされているのは、一切の痕跡を残さずに消えているかだった。

「恐らくそれも勇者装備の特殊効果だろう」

「特殊効果。はじめに聞いたときにはにわかには信じられなかったですが、こう結果として見せられると信じないわけにはいかないですね。

 勇者以外には使えない以上、こちらではどういった効果があるかわからない、というのがなんともですが」

「実際あれは大したものだぞ。

 最初に会った時、いくら魔力を完全封印していたとはいえ、この俺の背後を気配もなくとったのだからな」

なぜか自慢げな魔王。

「なるほど……。

 ん?魔王さま?

 今、魔力を完全封印、とかおっしゃいましたか?」

「……あ!!あ、いや、そ、それは、だな。えーっと……」

勇者に会いに行く際、様子見を兼ねて魔力を完全に封印した人間に擬態していたことは、ラジーにも内緒にしていたことだった。

ついうっかり。

普段の魔王であればそんな油断はしないのだが、ある意味平和なこの所の空気に気が緩んでしまっていたようだった。

ラジーが、これまでに見たこともないような顔で説教を始め、終わった頃には既に数時間が経過していたのだった。


6.ふりだしにもどる SideY

薄暗い洞窟をひた進む。

ユリンの隠れ家より、徒歩で約1日の距離にある、解放の洞窟。

そこをユリンは1人で進んでいた。


「で、そんな大事なことを、何をどうして黙っていたのかな?」

洞窟の奥へと向かいながら、ユリンは宙へ向かって睨みを効かせる。

「だ、黙ってただなんて人聞きが悪いな~。聞いてる人いないけど」

「そういう妙な茶々はいらないの。わかる?自称神さま?」

さらっと流してしまおうと軽口を叩いたのが、かえって怒らせる結果になってしまったようだ。

ユリンの声から、隠す気すらない怒りがダダ漏れていた。

「なにこの『レベル上限』て。馬鹿なの?ある一定以上は絶対に強くならない、とか何の嫌がらせよ?」

「いやー、だってさー。まさかLv70になるまで生き残るとは思ってなかったからさー」


試練の宝珠にて鍛錬を行っていたある日、突然頭に例のファンファーレと共に聞こえたのだ。


★おめでとうございます。Lv70、上限に達しました。

 これ以降経験値の獲得はありません。

 早急にレベル上限の解放を行って下さい


「あの時は私は耳を疑ったわよ。

 説明書読み直してもそんなことヒトコトも書いてないし」

「だ、だから、わざわざこうして説明しに来ただろー?」


●勇者の能力1:経験を【力】に変えることができる。

 経験を積めば積むほどに【力】が蓄積していく。一度蓄積したものは、特別なことがない限り失われることはない。


だが、そこには『上限』があった。

説明書に敢えて記載をしていなかった、能力の制限である。

「そんなもん、当たり前でしょう?

 説明書の不備があったんだから!ユーザーサポートはちゃんとしてもらわないと、いい加減では困るんだよね!」

「あ、はい、ほんと、すいませんでした…」

相変わらず、神に対して容赦のない勇者である。

「で、この奥で試験を受けたら、上限がなくなる、ってことでいいのね?」

奥に進むにつれ、洞窟は人工的な造りになってきていた。

どうやら、『試験』とやらのためにわざわざ造られた施設のようだった。

「ユリン、キミは何を言っているんだい?ここの試験を受けることで、上限が70から80になるけど、なくなりはしないよ?

 もちろん、ここが終わったら、次は80から90になるための試験があって、さらに次が100、その次が150、って感じだっt…」

「…何を言っているんだ、はこっちのセリフだー!!!!」


だーーー!!だーー!だー……


思わず叫び返した声が、洞窟中に響き渡る。

声に驚いた小動物などが勢い良く逃げていっているようだったが、気にしない。

「なにそれ!?こんなめんどくさい試験っての、そんな何回もやんないといけないの!?」

「そりゃそうだよ。だって、試験を通してそれ以降のレベルアップに耐えられるように体の強化をするんだもの。それしないでレベルアップしようとしても、体が耐えられなくて、大変なことになるんだよ?」

「なによその大変なこと、って!」

「え、えっと、、、聞きたい?」

「あったりまえでしょ!」

「んっと…ちょっと、体が…」

珍しく口ごもる神。

「体が、なに!?」

ただでさえイライラしているユリンに、それは逆効果であった。

実体があったら、肩を掴んでぶんぶん振り回しているところだろう。

「ちょーっと、ね。負荷に耐えられなくなった体が、ぽーん、と、ね」

「ぽーん???」

「弾け飛んじゃうんだな、あははー」

…………。

「軽く言わないでーーー!!!」


でーーー!!でーー!でー…


再度響き渡るユリンの声。

(はぁ、ダメだこりゃ。アホ相手にするだけ無駄だ…。

 て、ぽーん、ってなに、ぽーんて。

 そんな軽くないじゃん…。はぁ……)

「ちょ、ちょっと、ユリン?そんな、神にアホって振り仮名振るのやめてくれないかな?」

「…ユリン”さん”でしょ?」

「あ、はい、すいません、ユリンさん」

「あと、勝手に人の頭の中読むのやめてもらえませんかね?」



それから2年。

さらに2つの試験を通り、ユリンはLv98になっていた。

「さて、そろそろリベンジと行きましょうか」

「おうよ。この5年でどれだけ強くなったかを試しにいこうぜ」

「あての新しい力も試したいもんやな~」

「回復はまかせて~~。2回位なら死んでも大丈夫だからね、スライク」

「おいおい、縁起でもねーこといわねーでくれよ」

「ふふ、大丈夫、もう、絶対死なせないから(私の命に変えても)」

「ユリンはん?なんかみょ~~なこと、考えとりまへんか?」

「そんなことないよ?今のボクはLv98だからね、そうそう負けない、って、それだけだよ」

「ふ~ん?そういうことにしときましょ」


ユリンが勇者として目覚めてから10年。

始まりの地(ふりだし)より、再び魔王城への旅が始まる。


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