暴走
「――刺しちゃダメ!!」
私の制止の声は、むなしく空気を引き裂いただけだった。
少年――ユウシンは、狂気と苦渋の混ざり合った瞳で、黒い鍵を犬型アイブの背中へ深々と突き立てた。
カチリ――。
(しまっ――)
ぞわり、と背筋に見たこともない死の予感が奔った。
鍵穴から溢れ出したのは、光ではない。世界を食い荒らすような漆黒のノイズだ。
それは犬型アイブだけでなく、鍵を握るユウシンの身体までも黒い濁流となって飲み込んでいく。
『――WARNING. CODE: BLACK OVERLOAD(警告・黒の暴走)――』
システム警告が赤く明滅する。ノイズが収まったそこにいたのは――もう、私の知る「逃げ惑う少年」ではなかった。
「……ガ……ァ……ッ」
ユウシンは身に纏った漆黒のメタル装甲から黒い煙を吹き出し、喉を鳴らしていた。
その瞳にはハイライトがなく、真っ赤に血走り、理性の欠片もない。全身から溢れ出るのは、目の前の敵を肉塊に変えようとする純粋な【破壊衝動】。
そしてその肩の上には、青い光のリングを不気味に回転させ、無機質なノイズ音を放つ異形のアイブ――マロンが浮遊していた。
『――ターゲット確認。弱点解析、0.001秒で完了。抹殺行動に移行――』
機械的なマロンの音声。二人は完全に我を忘れ、狂乱のシステムに肉体と頭脳を乗っ取られている!
「オロチ、防いで!!」
直感的な恐怖に叫ぶ。解錠形態となったオロチが翼を広げ、高出力の粒子ビームを放った。
だが――。
ドッ!!
「な……ッ!?」
ユウシンの身体が視界から消えた。
超人化された肉体が床を爆破するように踏み込み、音速を超えて粒子ビームの「波間」をすり抜けたのだ。
『右首関節部、データ密度低下。打撃を推奨』
「ガアアアアアッ!!」
獣の咆哮を上げ、ユウシンが空中で拳を振るう。
マロンの超絶演算がオロチのわずかな構造欠陥を瞬時に割り出し、理性を失ったユウシンの怪力がそこへ正確無比な一撃を叩き込む!
ゴガァァァンッ!!
「くあぁっ!?」
衝撃波でオロチの装甲が砕け飛び、私は背後の壁へと激しく叩きつけられた。
視界が赤く染まり、口の中に鉄の味が広がる。
強い。強すぎる。
本来ならアイブの覚醒は人間が冷静に制御するものだ。なのに、あの二人は正気と引き換えにスペックの限界値を無理やり引き出し、狂暴な殺戮マシンと化している!
「ガオォォォッ!!」
黒い煙を撒き散らしながら、ユウシンが高振動ブレードを掲げて迫ってくる。
赤い瞳には、私という人間すら映っていない。ただ目の前の障害物を破壊することしか考えていないのだ。
(ダメ……私ひとりじゃ、この暴走は抑えきれない……!)
死が目前に迫る中、私は震える指で腕の緊急通信端末を叩いた。
『――緊急ホログラム回線、接続――』
「……シズクか? どうした、応答しろ!」
スピーカーから響いたのは、聞き慣れた先輩捜査官の頼もしい声だった。
「せ、先輩……っ! 助けて……! エリア042で『黒い鍵』の共鳴暴走が発生……っ!」
「何だと!?」
「ユウシンとアイブが……我を忘れて暴走してる……! オロチじゃ、もう持たない……早く、援護を――っ!!」
私の叫びと同時に、ユウシンの漆黒の刃が、私の頭上へと振り下ろされた――!




