保護対象
「グ……ガぁぁぁっ!?」
シズクの『オロチ』が放った光の一閃が、ハルトの巨大な怪鳥を真っ二つに引き裂いた。
スパークとともに怪鳥が膨大なデータノイズとなって霧散していく。
「くそっ……! だが、これで終わったと思うなよ……!」
教壇の上で悔しさに顔を歪めながら、ハルトの姿はハッキングの負荷とともに強制ログアウトしていった。
静まり返った教室に、激しい息遣いだけが残る。
オロチを通常の姿に戻したシズクは、冷ややかな視線を周囲に向け――やがて、その琥珀色の瞳を、瓦礫の陰に縮こまっていたユウシンへと向けた。
シズクの足音が、カツ、カツと冷たく床を鳴らして近づいてくる。
(やばい……! ハルトを倒したあと、今度は僕たちを狙う気だ……!?)
恐怖で心臓が早鐘を打つ。ユウシンは反射的に、腕の中で「うゆ?」と首を傾げるマロンを強く抱きしめた。
その時、シズクの肩に絡みついていた蛇型アイブ・オロチが、鎌首をもたげて低く囁いた。
『――主人。あの少年の抱えている個体こそが、我が組織の探していた“最優先保護対象”に違いありません』
『ふふ、そうね。……逃がすわけにはいかないわ』
オロチの冷たい声が、ユウシンの耳にハッキリと届く。
――やっぱり敵だ! マロンを奪う気だ!!
「っ……ふざふざふざふざ、ふざけんじゃねぇ――っ!!」
恐怖と怒りで限界を迎えたユウシンは、その場から弾かれたように飛び出した。
「待ちなさい、少年!」
「誰が待つかよ!!」
シズクの制止の声を背に受け、ユウシンは崩れかけた教室の裏口へと全速力で飛び出した。
そこからの逃走は、まさにサバイバルだった。
AIのナビゲーション機能が麻痺した校内は、至るところにハッキングのノイズが走る死の迷宮と化している。
足音を殺し、古い教材室のロッカーの陰、あるいは吹き抜けの階段の裏側へと、ユウシンは必死に身を潜めた。
(はぁ、はぁ……っ、見失ったか……?)
薄暗い廊下の配管スペースにうずくまり、ユウシンは荒い息を押し殺す。
腕の中では、マロンが不安そうにユウシンの服の裾をくいくいと引っ張っていた。
「ユウシン……? なんだか、すごく怖い音がします……ワン」
「しっ……! 静かにしてくれ、マロン。僕たちが捕まったら、お前はどうなっちまうか……!」
背中を壁にぴったりと寄せ、息を潜める。
しかし、どれほど気配を消そうとも、背後から不気味な響く“這うような足音”と、冷徹な少女の声が徐々に近づいてきた。
「無駄よ。あなたのアイブの電波シグネチャーは、私にはハッキリと視えているわ」
ガチャン、と物陰のロッカーが乱暴に開けられる音がする。
(見つかった……っ!?)
覚悟を決めて立ち上がろうとした瞬間、背後の非常階段の扉がバァンと開き、スッと伸びた手がユウシンの襟首を背後から力強く掴んだ。
「――確保したわ。暴れないで、ユウシン君」
「っ……離せ……! マロンには指一本触れさせ――」
抵抗しようとするユウシンの口を、シズクの手がピタリと塞ぐ。
彼女の瞳には、冷酷な敵意の色ではなく、追う者としての切迫感と、ある「任務」の色が宿っていた。
「落ち着いて、私は敵じゃない。……私は国家安全局・サイバーテロ対策室のシズク。あなたと、その『特異な鍵』を持つAIを、私の管轄下で保護するためにここまで追ってきたのよ」
「……は……?」
ユウシンが呆然と目を見開く中、シズクは冷や汗を拭いながら、周囲に警戒の目を走らせた。
敵だと思っていた少女は、実は自分たちを裏から守ろうとしていた「警察(テロ対策室)」の人間だった――。




