バトルモード
教室の扉を開けた瞬間、いつものざわめきとは明らかに質の違う熱気が僕の肌を刺した。
電子黒板には、明滅する赤い警告文がデカデカと映し出されている。
『全校生徒へ:Aib緊急一斉メンテナンス/終日自習』
「なぁユウシン、見たかよこれ……! マジで信じられねぇよ!」
バッグを机に置く間もなく、隣の席のタケシが興奮した面持ちで駆け寄ってきた。
「メンテナンスの件か? 僕のマロンも朝からナビがおかしくて――」
「違う、そっちじゃねえ! 見ろよ、これ!」
タケシが自分の肩に乗っている手のひらサイズの小鳥型アイブに、勢いよく手を伸ばした。
本来なら指先が光のホログラムを虚しくすり抜けるはずだ。……しかし。
――ぽすっ。
タケシの指先がアイブの小さな頭を捉え、くしゃりと毛並みを揺らした。
「……え?」
「触れるんだよ! ただの光のデータのはずなのに、ちゃんと羽のモチモチした手触りがあるんだ!」
教室のあちこちで、「うそ、本当にモフモフしてる!」「ぬくもりがある……!?」と、歓声と悲鳴が入り混じった混乱の声が上がっていた。
知能が低下していることへの困惑よりも、「光に手が届く」という怪奇現象が、教室全体を異常な興奮へと巻き込んでいた。
僕は息を呑み、僕の足元でおろおろと見上げてくるマロンへと恐る恐る手を伸ばした。
半信半疑のまま、その茶色いフワフワした頭にそっと触れる。
(……あたたかい)
指先に伝わる、やわらかい毛並みの質感。手のひらに伝わる、小さな体躯の確かな重みと微かな鼓動。
「ユウシン……? なんだか、頭がぽかぽかします……ワン」
知能が落ちたマロンが、気持ちよさそうに目を細め、僕の手のひらにすりすりと頬を寄せてくる。
本来ならARグラスが見せる幻想にすぎなかった存在が、今、確かに僕の手に触れている。
(触れる……? 物理干渉……!?)
その物理的な手触りの愛おしさに胸が締め付けられた。
その時――バチバチッ! と激しいスパーク音が響き、教室の照明と電子黒板が一斉に消灯した。
「うわっ!?」
「停電!?」
悲鳴が上がる暗転した教室に、コツン、コツンと静かな靴音が響く。
教壇の上に立っていたのは、普段は席で静かに本を読んでいるだけのクラスメイト――ハルトだった。
ハルトの隣に浮遊していた美しい白鳥型のアイブが、不気味な赤黒いノイズを撒き散らしながら、グニャリと歪み始める。
白い羽は鋭利な鉄の刃へと変わり、胴体は身の丈を超える巨大なアサルト・バードへと角張って膨張していく。
「ハ、ハルト……? お前、何やって――」
タケシの声は、ハルトの冷徹な一言によって遮られた。
「……エリア042、物理干渉コードの正常適用を確認」
ハルトの瞳にはハイライトがなく、まるで感情を抜き取られた機械のようだった。
彼がゆっくりと手を掲げると、教室の窓やドアが一斉に不気味な電子障壁で封鎖される。
「これより――当教室における【プロテクト解除実験】を開始する」




