アップデート
「――ん、あ……」
まぶしい朝の光に目を覚ました僕は、枕元で聞こえる小さな呼吸音に違和感を覚えて体を起こした。
(呼吸音……? AIが……?)
ベッドの脇を見ると、シーズー犬風のARアバター――マロンが、前足を丸めてスースーと気持ちよさそうに眠っていた。本来、データにすぎないアイブが人間のように『睡眠』のモーションをとるなんて、今まで一度もなかったことだ。
視界の端に、パッと赤いシステムウィンドウが浮かび上がる。
『――緊急プロテクト・アップデート適用完了――』
「アップデートか……なんかいつもと少しちがうな」
胸騒ぎがして、丸まっているマロンの背中に視線を向けた瞬間、僕は息を飲んだ。
茶色いフワフワした毛並みのグラフィックの上に、まるで烙印のように『黒い南京錠のアイコン』がぼんやりと赤く明滅していたのだ。
「マロン……? おい、マロン」
「……んゆ? あ、ユウシン! おはようございます、ワン!」
僕が声をかけると、マロンはパッと跳び起き、空中でくるりと一回転してみせた。
見た目も元気さも、いつものマロンだ。背中の不気味な鍵マーク以外は。
「よかった、どこもおかしくなさそうだな……。よし、学校遅刻するからナビ頼むぞ」
「はいっ! 僕の完璧な演算処理にお任せください!」
胸を張るマロンと一緒に家を出る。
だが、いつもの通学路に出た瞬間、最初の『違和感』が襲ってきた。
「ユウシン、次の角を右です! ここを曲がれば最速で到着します!」
「右? ここ、ただの民家の行き止まりのフェンスだぞ」
「えっ!? ふえぇ……おかしいですね、昨日まではここに道があったはずなのに……! 建物が急に生えてきました!」
真顔で突拍子もないことを言うマロンに、僕は思わず絶句した。
「な、なぁマロン。学校まであと何メートルだ?」
「えーと……えーと……1、2、……いっぱいメートルです!」
「いっぱいって何だ!? お前、昨日まで小数点以下まで距離計算してただろ!」
マロンは空中でおろおろと前足をパタパタさせ、耳をペタリと垂らした。
いつもの冷静で毒舌な雰囲気はどこにもない。
「ごめんなさい……ごめんなさいユウシン。僕、頭がなんだかグルグルして……答えが、出てこないんです……」
瞳にホログラムの涙を浮かべて、本気で怯えるマロン。
その背中で、黒い南京錠のマークが不吉に滅入るように明滅していた。
「学校の行き方くらい大丈夫だけど……」




