アイブ
「ユウシン、あと三歩左に寄ってください。後ろから自動配達ドローンが低空で通過します」
耳元で聞こえた愛らしい声に反応し、僕――ユウシンが足を一歩横へずらす。
直後、ブーンという風切り音とともに、小さな宅配ドローンが僕のすぐ横をすり抜けていった。
「ナイス、マロン。相変わらず完璧なナビだな」
「当然です。僕の演算処理を舐めてもらっては困りますよ、ワン!」
視界の端で、フワフワとした茶色の毛並みをしたトイプードル風のARアバター――僕のパートナーAI『IVE』のマロンが、空中でくるりと一回転して見せた。
人々の網膜に直接映像を映し出すARグラスが普及したこの時代、一人一人が専用のAIアバター『アイブ』を連れて歩くのは当たり前の日常だ。
街を見渡せば、サラリーマンの肩に乗る手のひらサイズの妖精型アイブや、女子高生の後ろをついて歩くファンタジーな小竜型アイブが飛び交っている。
「で? ユウシン、さっきから溜息ばかりついていますが……今日の『進路希望調査』、まだ白紙なんですか?」
マロンがトコトコと空中の透明な足場を跳ねるようにして、僕の顔の覗き込み位置まで登ってくる。犬の姿をしているのに、声は落ち着いた知的な少年のものだ。
「うっ……なんで分かったんだよ」
「あなたの心拍数の微増、表情筋の歪み、そしてカバンを握る手の強さから推定成功率99.8%です。だいたい、あなたには『将来の夢』というパラメータが決定的に不足しています」
「はっきり言ってくれるなぁ……。なぁマロン、お前ならどうする? 完璧なAIのお前なら、僕の将来の最適解もわかるんだろ?」
僕が半ば投げやりに尋ねると、マロンは空中でお座りをし、前足で自分の鼻先をちょんと触れた。
「僕の答えは簡単です。『ユウシンが一番笑っていられる道』ですよ。……まあ、具体的にどの職業かは、あなたのこれからの頑張り次第ですがね。僕が全データを使って、全力でサポートしてあげますから」
尾を振るマロンのホログラムが、朝の光に透けて温かく輝いて見えた。
こいつがいれば、どんな未来でもなんとかなる――あの『事件』が起きるまでは、本気でそう思っていたんだ。




