7 不思議な力
「それは……ペンダント……?」
有寿に問われた泰奈は、はっとした表情で左手を制服のリボンの上に当てた。その下は――制服で隠れた胸元には、割れた紅玉を入れた小さな布袋が、ペンダントトップとなって提げられている。
「……有寿先輩、判るんですか……?」
恐る恐る言いながら、泰奈は首の後ろの金具を外し、有寿の前にペンダントを差し出した。
「――私の両親から贈られた、大切なものです」
「……何か……何かの気配を感じるのだけど……これは何かしら……?」
有寿は真剣な表情で呟いて、
「……話を聞かせてもらっても構わないかしら、泰奈ちゃん?」
同じトーンでそう続けた。泰奈は静かに頷いてから、布袋から二つの紅玉の欠片を取り出し、テーブルの真ん中でそれを露わにする。それから、
「元々は、この二つの欠片がちゃんときれいに繋がって、一つの……宝石みたいなペンダントトップだったんです。何の宝石なのか、そもそも宝石なのかどうか、詳しいことは知りません」
そう前置きし、そのペンダントが亡くなった両親からの贈り物であることを伝える。とても大切なものだと教えられたことも、けれどそれがどういう意味を持つものなのかは知らないことも、隠さず伝えた。何故そう思ったのかは自分でも解らなかったが、有寿には何も隠す必要がない、と思った。
途中で、喫茶店の奥に座っていた老婦人が立ち上がり、マスターと短いやり取りを交わして支払いを終え、出て行った。客はもう、有寿と泰奈の二人だけだ。
「両親に貰った頃からずっと、お守りとして身に着けていて……それが、一週間と少し前になりますね、いきなり割れてしまったんです」
「…………」
有寿は話の腰を折らないよう、無言で深く頷くことで続きを促す。
「特殊公務員の中には、こうしたものの修繕を行う方もいるって聞いたことがあって、そういうところを探して修繕をお願いしようと思っていたんですけど……そうしたら、特別学校――特高への編入通知が届いて、それどころじゃなくなって」
「……じゃあ、つまり」
黙って聞いていた有寿は、はっとしたように口を挟んだ。
「この紅玉が割れたのは、十五歳の誕生日の――」
「はい、ちょうど一週間後の、夜でした、あと――変な話ですけど、鈴の音がしました」
泰奈はどこか寂しそうな色を浮かべて、肯定した。
「……鈴の音?」
「はい。変ですよね。でも、前にも聴いたことがあるような気もして……」
「……いいえ、変ではないのかもしれないわ」
自信なさげに見える泰奈に、しかし有寿はそう返した。
「ありがとうございます、有寿先輩。実は今日、三角先生にも〈復元〉をお願いしてみたんです。理都ちゃん……幼なじみが、三角先生なら直してくれるんじゃないかって、早い方がいいからって、付き添ってくれて……けど、だめでした」
「……それって――三角先生の〈復元〉でも、修復できなかった……ということ?」
「……はい」
「…………」
有寿は顎先に片手を添え、思考に沈む。泰奈も俯いて、それから思い出したように紅茶を一口飲んだ。静かに息を吐き、もう一口飲む。きゅっと締め付けられていた心が、美味しい紅茶によってほんのわずかに緩んだ。
「三角先生は……この紅玉が割れた理由は、何か特殊なものじゃないか、とおっしゃっていました。紅玉自体もきっと特別なものだって」
「私もそう思うわ、泰奈ちゃん。この紅玉……はっきりとではないけれど、不思議な気配を感じるの。私の能力〈退魔〉は、モノの気配を感じ取る方向にも関係しているのだけど」
有寿はそこまで言ってから、あ、と少し柔らかいトーンで放ち、続けた。
「〈退魔〉の異能は、名前だけ聞くと誤解されがちなのだけど……悪いモノばかりを拾うわけではないのよ。強い気配を持つモノにも反応して、それを察知するの。この紅玉は――時々何かしらの不思議な力を放っているみたいだわ」
「……不思議な力……割れてしまっているのに、ですか?」
首を傾げた泰奈に、有寿はええ、と頷いた。そしてプリンを一口食べ、泰奈もつられたようにプリンを掬ったスプーンを口元に運ぶ。
「もしかすると……割れてしまったからこそ、気配を感じるのかも……」
「?」
「この紅玉、ずっと泰奈ちゃんがお守りにしているんでしょう?」
「そうです」
「あくまで私がそう思っただけなのだけれど……確かにこの紅玉には、お守りにするのに相応しい……そうね、力のような何かが、元々宿っている――いた、のかもしれないわ」
「……力、ですか?」
不思議そうな顔を浮かべながらも、泰奈はどこかで納得する気持ちもあった。
「ええ。例えばこれまでに、誰かから――特殊公務員の大人から、ペンダントについて何か言われたことなんかは、あった?」
「いえ、特にないです。小学校にいる間も、あと中学校でも、ずっと身に着けていましたけど……先生とかから何か言われたこともなかったです。あ、でも小中の先生は特殊公務員ではないですよね」
「ふふ、そうね。けれど……つまり、例えば病院だとか、病院じゃなくてもいいわ。モールに買い物に行ったりだとか、街中ですれ違うような――そういう場所にも特殊公務員は自然と紛れているものだけれど――特に何も言われてない、ってことよね?」
泰奈は頷く。確かに特殊公務員は至るところでその能力を発揮しているはずで、しかし外見上は能力を持たない人間と何も変わらない。その身分を名乗られなければ気付かないだろうし、それは逆に、日常生活の中で人々は、知らぬ間に特殊公務員と自然にすれ違っていることを意味していた。
「もしも、問題になるような強い力を隠しもしない紅玉……そうね、判りやすく危険だとか、異様な力を発散させている紅玉であれば、どこかで特殊公務員がその存在を察知して、接触してくるはずだわ。けれどそういうことはなかったのでしょうし、その紅玉は泰奈ちゃんのお守りだものね」
はい、と泰奈は再び頷いた。有寿の言わんとしていることが理解できてきた。
「何か……強い力が込められた紅玉だった、ってことですよね? そして、その力は完全に紅玉の中に閉じ込められて、外から察知できるような状態ではなかった、と」
「そうそう。だからその力は泰奈ちゃんを守りつつ、それ以外には作用しなかった――けれど、割れてしまった結果……」
「〈復元〉の能力でも戻せないし、有寿先輩の〈退魔〉が反応するような何らかの力が……外に出た、ってことでしょうか?」
「断言はできないけれどね。その力が、紅玉そのものの核なのではないかしら。核を失った結果……〈復元〉の能力で元の形に戻ることができない、とか……」
有寿もそこまでの自信がある仮説ではなさそうだったが、泰奈はそれがすとんと腑に落ちた。
「三角先生も、私に目覚めた能力が何かを探ることが、紅玉の正体に近付く一歩かもしれない、とおっしゃっていたような……きっと、能力と無関係じゃないんですよね、この紅玉」
「そう思うわ。そうだ、泰奈ちゃん、ちょっとうちの神社に来ない? あ、でも遅くなっちゃうかしら……」
端末の時計を確認すると、そろそろ夕方の六時が近付いてきていた。
「遠江津神社はここから遠くなかったですよね。それに私の家からもそんなに離れていないので、まだ大丈夫です」
「じゃあ、少しだけ。泰奈ちゃんのお家には、車で兄に送り届けてもらうから――その兄を紹介してもいいかしら? 能力持ちではないのだけれど、そういった力の知識にはとても詳しいの。不思議な力に興味があってね、うちの神主を務めてもいるんだけど」
有寿の言葉に、泰奈の好奇心が刺激された。それにこの有寿の兄なら、更なる手がかりを見つけてくれそうな気もする。
「ご迷惑じゃなかったら、ぜひお邪魔したいです」
「迷惑なんてとんでもないわ、私が誘っちゃったんだし」
ふふ、と有寿が笑う。そうして二人は少し冷めてしまったそれぞれの飲み物と、まだひんやりした温度を保っていたプリンを、やや急ぎ気味ながらも最後まで味わった。
席から立ち上がり、伝票を持ってカウンターへと移動する。今日はご馳走させて、と有寿が言って、泰奈はその言葉に甘えることにした。
「いつもありがとうございます、またどうぞ――そちらのお嬢さんも」
マスターは有寿に柔らかい笑みを向け、それからその表情を泰奈にも向けた。
「ありがとうございます、美味しかったです」
泰奈はぺこりと頭を下げて、それから二人は喫茶店を出た。遠江津神社はここからなら徒歩十分もかからない。まだ夕暮れに猶予がある街を、二人は歩き始めた。




