5 文芸部
午後の授業を終え、生徒たちがそれぞれの部活へと散っていく。
「泰奈ちゃん、文芸部の見学とか行かない? 北校舎の文化部棟に部室があるよ、良かったら案内するけど?」
きずなに声を掛けられ、泰奈は少し考えてから頷いた。
「お願いしてもいいの?」
「いいよいいよ、私は美術部だし、だから同じ棟だし! 理都はバレー部だからもう行っちゃったでしょ?」
確かに理都は、つい先ほど泰奈に手を振ってから急いで駆けていった。
「ありがとう、じゃあ、お願いするね」
「よし、行こう!」
きずなが先に立ち、二人は教室を出る。二階の渡り廊下から北校舎に移動できるようだ。
「……きずなちゃん、美術部だったんだ」
「そう、実はね、抽象画とか描くんだよ。本当は油絵とかも興味あるんだけどね」
「油絵! 確かに部活ではちょっと難しいよね」
デジタル技術が発展した結果、学校の部活動ではアナログでの創作活動が減った。本格的にそういった技術を習得したい場合、例えば絵画教室へのレッスンに通うのが一般的である。そうした方向でアナログの芸術も生き残っており、継承されているのだった。根強いファンも多い。
「……さ、ここだよ、文芸部の部室。あたしは美術室だからもっと向こうの教室なんだ」
「ありがとう、きずなちゃん。あ、私、事前に何も文芸部の先生とかに伝えてないんだけど……」
文芸部の顧問が誰であるのかも、泰奈は知らない。
「大丈夫大丈夫、特高ではよくあることだし、ほら、〇年生って編入の時期もまちまちでしょ? 飛び込みで見学、大体どこの部活もそうだし」
きずなの笑顔に、泰奈の緊張は少し緩んだ。
「そうなんだ、色々ありがとう、きずなちゃん」
「全然気にしないで。じゃあまたね、泰奈ちゃん」
手を振って、きずなは美術室へと歩いて行く。泰奈は文芸部部室の扉の前で一度深呼吸をすると、恐る恐るノックをした。
「どうぞー」
男子生徒の声が聞こえ、泰奈は意を決して扉を開ける。
「あの、突然すみません、ええと〇Bに編入してきました、月丘泰奈と言います。部活の見学をさせていただけたら、と……」
おずおずと声を発すると、先ほどの声の主がふふっと笑った。
「緊張しなくても大丈夫だよ。珍しいね、文芸部に興味を持ってくれるなんて。ぼくは副部長の藤原凪夜、クラスは二C。よろしくね。どうぞ、入ってもらっていいよ」
淡い灰色のさらりとした髪の凪夜は、確かに制服のブレザーに紺色のネクタイを結んでいた。
「……ありがとうございます、失礼します」
ぺこ、と頭を下げてから、泰奈は部室に足を踏み入れる。紙の本は部屋の奥の棚に並んでいるだけで、そう多くはない。凪夜が向かっているのも自分の端末だった。
室内の様子を少しだけ見渡してから、泰奈は進められた席に座った。
そのとき再び扉が開く。
「……あら!」
聞き覚えのある声に、泰奈ははっと入り口を見やった。
「月丘さん、よね! もしかして、文芸部に……?」
編入初日である昨日の朝、泰奈を職員室へと導いてくれた先輩だった。名は確か――
「神庭先輩! 昨日はありがとうございました」
「有寿でいいわよ、みんなもそう呼ぶから。それより、嬉しいわ、また会えて」
「アリス、知り合いだったの?」
「昨日の朝、ちょっとね」
凪夜に応じると、有寿は笑みを浮かべて泰奈の元へと歩み寄った。
「泰奈ちゃんって呼んでもいいかしら? どういうのが好き? ここにいるってことは、泰奈ちゃんも書くのよね?」
「あ、はい。えっと……純文学、寄りの……」
泰奈は少し気恥ずかしくて、小さな声で答える。中学でも文芸部に所属してはいたものの、あまり作者として表には立ちたくない性格だった。
「そうなのね! 私は童話を書くの。実は私の名前も、あの不朽の名作から響きを取ったと聞いているし」
その名作なら泰奈も紙の本で持っていた。
「そうだ、読んでみなよ、月丘さん。これが去年の文化祭で発行した部誌のファイルだよ。端末開いてみて、転送するから。アリスの童話はファンも多いんだ」
言われた通り泰奈は端末を開き、学校用のアプリのスリープモードを解除する。生徒番号を凪夜に告げると、すぐさまファイルが共有された。
「読んでいいですか、有寿先輩?」
念のため問うと――泰奈は目の前で自分の書いたものを読まれるのは苦手なのだ――有寿は笑顔で頷いた。それを確認し、
「…………」
泰奈は文字を追い始める。
引き込まれて一気に読み切った泰奈がふと顔を上げると、
「我が部に新入部員がいらしてくださるなんて」
三年生の色である黒いリボンを結んだ、深窓の令嬢と呼ぶのに相応しい容貌を持つ女子生徒が、両手を組み合わせて泰奈の席の向かいに立っていた。物語に夢中になりすぎて気付かなかった。
有寿も凪夜も優しい笑顔を浮かべている。
「! す、すみません、読むのに夢中になってしまって」
泰奈は慌てて立ち上がると、
「〇Bの月丘泰奈です。文芸部、ぜひ、入部したいです」
挨拶をしてぺこりと頭を下げた。
「泰奈さん、ね。ようこそ、文芸部へ。わたくしは部長の伊集院沙霧と言います、ちなみに能力は〈煙幕〉よ。ぜひ『沙霧先輩』と呼んでいただきたいわ」
沙霧は名乗ると、上品な笑みを浮かべる。
「よろしくお願いします」
「入部届はその端末で提出するの。顧問は朝比奈先生よ。今日はもうすぐいらっしゃるはずだけど……」
説明役を買って出た有寿の言葉で、泰奈の脳裏に昼休みの出来事が過った。
「……朝比奈先生、って、図書室の先生ですか?」
「あら、もう知っていたのね。そうよ、朝比奈いろは先生。文芸部は沙霧部長と、副部長の凪夜くん、それから私の三人だけだったんだけど……」
有寿の言葉を沙霧が引き取った。
「今日からは四人になるようですわね。朝比奈先生は毎日いらっしゃるわけではなくて、週に一度様子を見に来られる程度、普段の我が部の活動は自由で気軽なものです――けど」
沙霧はそこで言葉を区切り、ふふ、と笑う。
「部誌を発行する文化祭だけは、容赦なく締め切りがありますの。こちらは――厳守です」
「……はい!」
泰奈が姿勢を正したところで、扉を開けて朝比奈が顔を見せた。
「――あら、珍しい」
「あ、朝比奈先生だ」
「……あら? あなたは確か、昼休みに三角先生と……」
朝比奈の方でも泰奈を覚えていたらしかった。
「はい。昨日編入しました、〇Bの月丘泰奈です。ええと、入部をしたいと思ってまして……」
「来年度の存続が危ぶまれている文芸部にも、新しい風が吹くようね。入部届の提出方法は判るかしら?」
「あ、今、有寿先輩に教わっています」
「そうなのね、ありがとう神庭さん。引き続きお願いできる?」
「もちろんです」
そして有寿に教わりながら、泰奈は文芸部への入部届の提出を完了させた。それを見届けた沙霧が、すっと静かに息を吸い込んでから、
「……では、改めまして――」
きっかけとなる一言を発し、
「文芸部へようこそ!」
有寿、凪夜、そして朝比奈も加わり、四人の口から泰奈への歓迎の言葉が咲いた。
「えっと、よろしくお願いします」
泰奈は照れたように微笑むと、丁寧にお辞儀をした。




