4 〈復元〉の能力
昼休み、泰奈は理都の付き添いのもと、職員室を訪れた。
紅玉のペンダントトップについて三角に相談するためだ。早い方がいいよ、と理都は泰奈の手を取ったのだった。
「失礼しまーす、三角先生いますかー?」
がらっと扉を開け、理都が元気な声を出す。
「露木か。三角先生ね、ちょっと待てー」
昨日泰奈にオリエンテーションをした教師、雨宮琢馬が応じた。四限の授業が数学だったため、泰奈たちはつい先ほど、昼食前まで彼の授業を受けていた。
職員室の扉から一番近い机に席がある雨宮が、三つ隣の机の三角を呼ぶ。呼ばれた三角は立ち上がり、泰奈と理都の近くに来て微笑んだ。
「どうしたの、二人とも?」
「あの、実は、三角先生に……相談があって……ありまして」
泰奈は僅かに思い詰めたような表情で切り出した。制服の上から、ペンダントにしている紅玉の入った布袋をきゅっと握っている。
「……ここでいい? 場所移す?」
ただ事ではない様子を読み取ったのか、三角は首を傾けた。
「えっと、ここでいいです。あの、先生って〈復元〉の能力持ちでしたよね?」
意を決して泰奈が問うと、三角はそうだよ、と頷いた。
「私、両親からもらった紅玉を、ペンダントとして身に着けていたんです。とても大切なもので……それが、一週間前に突然割れてしまって……〈復元〉の力で、どうにかできないでしょうか?」
「泰奈の大切なお守りなんです、先生。どうにかなりませんか?」
理都も援護した。
「なるほど、ちょっと見せてもらえる?」
眼鏡のブリッジに軽く手を添えて三角が言い、泰奈はペンダントチェーンの金具を外して布袋ごと三角に手渡す。
「この袋、開けても?」
泰奈が頷くと、三角は一度机に引き返し、薄手のグローブを装着して戻ってきた。
「じゃあちょっと失礼するね……ふむ」
布袋を縛る紐を解き、グローブを装着した左手に紅玉の欠片を載せる。
「これは――」
その断面を、角度を変えながら観察し、三角は黙った。
「……三角先生、直せる?」
理都が問う。三角はまだ黙っていた。泰奈の胸にざわめきが走る。
「うーん……ちょっと試してみるけど……」
三角は慎重なトーンで言って、難しい顔をした。
「もう少し静かな場所がいいかな。図書室に移動しよう」
紙の本が減ったとは言え、図書室はまだ存在していた。所蔵されているのは過去に出版された紙の本や、資料がメインだ。近年の書物については電子媒体で閲覧できるようになっており、そのための端末も備え付けられている。
先を立って歩き始めた三角を、泰奈と理都が追う。図書室は一階の奥の方に存在している。
「……大丈夫かな」
ぽつりと漏らした泰奈の不安を、理都が拾った。
「……大丈夫だよ、きっと」
そして理都は泰奈の手を握る。
「……ありがとう、理都ちゃん」
その手を握り返し、三人は図書室へと滑り込んだ。
図書室には静寂が満ちている。利用している生徒の姿はなかった。入ってすぐの突き当たりのカウンターに司書教諭の姿があるだけだ。
「朝比奈先生、ちょっとお邪魔しますよ」
三角は司書教諭の方へ静かにそう告げてから、閲覧スペースへと歩を進める。泰奈と理都も朝比奈に会釈をしてそれに続いた。
「――さて」
閲覧スペースの席に着き、泰奈たちにもそれを促してから、三角は改めて手のひらの上の紅玉を見やった。
「月丘さん、これが何の石かは知ってる?」
三角の問いに、泰奈は首を振る。
「詳しいことは知りません。小さな頃に両親からもらって、とても大切なものだとは聞いているんですけど……色々聞く前に、両親が亡くなったので……祖父母にも何となく、聞けなくて」
「……月丘さんは、お祖父さんとお祖母さんが保護者だったね。この石が割れたときの状況は、聞いてもいいかな?」
「それが、何の前触れもなくて……宿題をしていたときだったんですけど」
「ふむ……何も変わったことはなかった?」
静かな三角の問いに、そう言えば、と泰奈は思い出す。
「――鈴、の、音がしました」
「鈴?」
「……変ですよね。これ、宝石かどうかまでは判らないですけど、石、ですもんね? けど――鈴の音が、聞こえました」
聞き終えて、三角はふうむと考え込む。
「……鈴、ねぇ」
「三角先生、〈復元〉で直せますよね?」
じれったそうに理都が割り込んだ。
「先生の〈復元〉って、かなり上位でしたよね!?」
「露木さん、能力は万能ってわけじゃあないんだよ」
困ったように三角は言って、それから泰奈にその顔を向けた。
「とにかく今から〈復元〉を発動してみるよ。どうなるかは――まあ、実際に見てもらった方が早いかな」
左の手のひらの上で光を反射している二つの紅玉の欠片に、三角は右手をかざした。
「――〈在るべき形へ〉」
短い詠唱が放たれ、紅玉に向く三角の視線に力が込められる。それを受けた紅玉は一瞬カッと光を放ったが、
「…………」
元の形に戻ることはなく、相変わらず二つの欠片に分かれたままだった。
「……どういうことですか?」
理解できない、と言った調子で理都が問う。泰奈の胸には言葉にできない感情が広がった。
「……この紅玉が割れた原因は、恐らく何か特殊なものなんだと思う。いや、この紅玉自体がそもそも、特別なもののはずだよ。月丘さん、この石が割れたのは一週間前だと言ったね。つまり――」
三角は一旦そこで言葉を切った。泰奈は何となく、その言葉の先を読んだ。だからこう紡いだ。
「――十五歳の誕生日の、一週間後でした」
能力が覚醒する場合、それは十五歳の誕生日とされる。
泰奈に起きた最大の事件と言えばそれだろう。そして一週間後、お守りの紅玉が割れた。紅玉とはおおよそ関係ないであろう、鈴の音とともにだ。
――無関係だと言い切るのは難しそうだ、と泰奈は思った。
「……月丘さんに覚醒した能力が何なのか、これから探っていこう。それが結果的にはこの紅玉の正体への近道だろうし――それが明らかになれば、打つ手が見つかるのかもしれない」
三角はそう言ってから、神妙な面持ちで頭を下げた。
「ごめんね、大切なものを、元の形に戻せなくて」
「とんでもないです、先生。ありがとうございます」
泰奈は三角から小さな布の袋と紅玉の欠片を受け取ると、元通りにペンダントの形に戻して身に着けて、そして寂しそうに笑った。
「泰奈……」
理都はどう声を掛ければ良いのか迷って、幼なじみの名だけを口にする。
「大丈夫だよ、理都ちゃん。ありがとう。先生の言う通り、能力をちゃんと探るよ。この紅玉が何なのかも、ちゃんと知りたいし。そうすれば……何とかなるかもしれないし。それに――紅玉が消えてなくなっちゃったわけでも、ないんだし」
泰奈は自分に言い聞かせるように、選びながら言葉を紡ぐ。
「……うん。わたしにも力になれることがあったら、いつでも言ってね。できることは何でもするし」
「ありがとう、理都ちゃん」
「……教室、戻ろうか」
「うん。三角先生、ありがとうございました」
「いや、僕は何もできなかったよ。けど、気を落とさないで。実地担当として僕もサポートするよ」
三角の穏やかな言葉に頭を下げ、泰奈と理都は図書室を辞した。




