表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/60

第二十八話 提出の日

府から来た三宅警部補は、窯場へ入る前に令状を見せた。


耀盌一口、関連する予見記録、地震前後に作成された配布文書。治安維持と流言調査のため、一時保管する。期限は書かれていない。


三宅のほかに制服警官が二人、役場の書記が一人いる。片山も同行していたが、指揮を執る立場ではなかった。


「器の所有者は」


三宅が問う。


王仁三郎が名乗った。


「任意提出を求めます」


「拒めば」


「令状に基づき差し押さえる」


任意という言葉に、佐和が鼻を鳴らした。


王仁三郎は耀盌をすぐには渡さず、品の状態を記録するよう求めた。釉に白銀のひびが一本。口縁に欠けなし。底の署名なし。布包み一枚。三宅は面倒そうにしたが、片山が自分の手帳を出した。


「移送中に割れれば、どこで損傷したか問題になります」


「美術品として扱えと?」


「証拠物としてです」


三宅は書記へ命じ、調書に状態を書かせた。王仁三郎と佐和が読み、片山も署名する。律は自分の名を書けないため、素焼き札の印を紙へ写した。


「ふざけているのか」三宅が言う。


「俺の署名は、すでに偽造されています」


片山が昨日の偽調書を見せた。


三宅は一読し、表情を変えなかった。「印が本物なら、内部の手続きで調べる。怪異の証拠にはならん」


「怪異と認めなくても、偽造は残ります」


片山の返答に、三宅は何も言わなかった。


律たちは夜通し作った手順と試験結果を提出した。


三宅は規則の紙を読み、途中で机へ置いた。


「使う前に目的を書き、本人の同意を取り、見える範囲を限定し、外れも記録する。戦時の情報に、こんな手続きを一々踏めると思うか」


「踏めないなら、判断に使わないでください」


「君に決定権はない」


「盌が外れたとき、責任を取れる人に決定権があります」


「責任なら国家が取る」


「外れた二人の名前も知らずに?」


三宅の眉が動いた。


政一が後ろで小さく咳払いした。頭をぶつけた一人は自分だと言いたそうだったが、佐和に袖を引かれて黙った。


三宅は耀盌の実演を命じた。


「この鞄に封筒を一通入れた。赤か白か、見て答えろ」


「耀盌は封筒の色を見るためのものではありません」


「未来が見えるなら、私が次にどちらを出すか見えるだろう」


「見えた答えを聞けば、あなたは逆を出せます」


「なら、私が逆を選ぶところまで見ろ」


問いが際限なく後ろへ伸びる。


律は実演を拒否した。


三宅は、能力がないことを隠すための理屈だと調書へ書かせた。安達が反論しようとしたが、王仁三郎が止めた。


「証明のために使えば、証明を求める者が用途を決める」


「では、役に立たん器だ」


三宅は布包みへ手を伸ばした。


指が耀盌へ触れた瞬間、律の右目が焼けるように痛んだ。


釉の下の銀片が動く。


ひびの中を滑り、三宅の指から離れるように盌底へ回った。白銀の線が一度強く光り、次の瞬間には消えた。


「待ってください」


律が声を上げる。


三宅は手を止めた。「何だ」


耀盌を見る。


ひびがない。


昨日まで釉を横切っていた白銀の線が、きれいに閉じている。佐和も片山も気づいた。


「状態が変わりました」


片山が先に言った。「触れる前と違う。調書へ追記を」


三宅は不快そうだったが、書記に書かせた。白銀のひび、接触時に消失。原因不明。


「君たちが細工したのでは」


「今、全員の前で消えました」佐和が言う。


「そう見えたという証言だ」


「ほな、そう書いといて」


耀盌は木箱へ収められた。箱には縄が掛けられ、三宅と王仁三郎、片山の印が封へ押された。律の印は求められなかった。


記録の写しも持ち出された。ただし片山の提案で、紙の原本は窯場に残し、警察は写しを取ることになった。素焼き札二枚は、手順を書いた資料ではなく窯場の所有物として差し押さえ対象から外れた。


三宅は普通の欠け椀まで持ち出そうとした。


「集団占視に使った器なら、関連品だ」


佐和は十二個の欠け椀を作業台へ並べた。「どれが西倉庫で使ったんか、うちにも分からん。地震のあと、皆で飯にも使った。全部持ってくなら、避難所の椀まで数えてや」


三宅は一つずつ底を確かめた。銘も印もなく、形も揃っていない。役場の書記が、差し押さえる場合は一点ごとの特徴を調書へ書く必要があると告げると、彼は手を止めた。


「関連性が確認できたものだけ、後日提出させる」


佐和は返事をせず、椀を箱へ戻した。勝った顔もしなかった。後日という言葉が、消えたわけではないからだ。


自動車が門を出る。


安達は追いかけたいと言った。政一は荷台へ忍び込めると言った。律はどちらも止めた。


「令状で持っていかれたんです。奪い返せば、こちらが記録を壊したことになる」


「でも、あれの中身まで渡したん?」


佐和が聞く。


律は答えられなかった。


耀盌の中から、銀片の感触が消えている。だが右目の奥には冷たさが残っていた。どこへ移ったのか、分からない。


窯場へ戻ると、低い音がした。


昨夜焼いた素焼き札の一枚が、作業台の上で震えている。佐和が持つ札も、夜番の懐にある札も同じ音を出した。寺へ運ぶはずだった控えまで、安達の包みの中で鳴っている。


四枚を並べる。


刻んだ文字の間へ、白銀の細い線が走っていた。


銀片は一枚へ移ったのではない。


四つの写しの間に、分かれている。


律たちは札を別々の場所へ置いた。


佐和の札は窯場。夜番の札は畑の小屋。安達の控えは乾物屋。紙の写しは東の寺へ運ぶ。距離を離すと銀線は薄くなったが、消えなかった。


次に窯場へ一枚ずつ戻した。


一枚では何も起きない。二枚でも同じ。三枚を並べると、刻まれた文字の間に水滴のような光が浮いた。四枚目を置いた瞬間、作業台の木目が四方向へずれて見えた。


耀盌で未来を見たときの感覚に似ている。けれど像は出ない。


律が自分の札へ指を触れると、ほかの三枚に刻まれた違いだけが頭へ入ってきた。佐和の余白の一文。夜番が削り直した跡。安達の札に付いた乾物の油染み。未来ではなく、四枚が同じ文から分かれた履歴だった。


「道は見える?」


佐和が水を入れた欠け椀を置く。


白い線は出なかった。


律は少し安心し、同時に困った。観測の力が移ったのか、ただ札同士が互いを照合しているだけなのか、まだ分からない。


夜番が一枚を裏返した。


残る三枚の銀線が途切れ、律の頭から履歴が消えた。裏返した札を戻すと再びつながる。


「一枚でも嫌と言えば、止まるんだな」


老人は言った。


偶然かもしれない。だが耀盌一つのときにはなかった止め方だった。


「警察に言う?」


佐和が問う。


律はすぐに答えなかった。


耀盌の状態が変わったことは追記した。だが銀片が札へ移った可能性は、まだ誰にも確認されていない。告げれば、札も差し押さえられる。黙れば、昨夜自分たちで決めた手順から外れる。


律は帳面を開いた。


〈耀盌提出直後、四枚の手順札に銀線を確認。移動か共鳴かは未確認。警察への報告、未了〉


佐和、夜番、安達に読ませ、それぞれ印をもらった。


「今は隠すんやな」佐和が言う。


「報告を保留します。今夜中に、何が移ったか試します」


「保留と隠すの、どう違うん」


「期限を書いたことです」


苦しい答えだった。


律自身が一番よく分かっていた。


遠ざかる自動車の荷台で、木箱の影が一度だけ緑に膨らんだ。


無面は、銀片の抜けた耀盌を追っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ