第二十四話 二人の水城律
寺にいた者は、入口の律と机の律を見比べた。
誰も声を出さない。
子供が一人、泣き始めた。炊き出しの列にいた女は椀を落とし、僧は本堂の戸を閉めようとした。どちらが無面でも、同じ場所へ入れたくないのだろう。
机の律が立ち上がった。
「逃げないでください。確かめれば分かります」
言い方まで似ている。
佐和が入口の律を振り返る。
「あんたも何か言い」
「俺にも、確かめ方は分かりません」
人々の視線が机の律へ傾いた。
迷わず答える方が、本物らしく見える。
田所が名簿を抱えて立った。顔色は悪いが、意志ははっきりしている。
「こちらの水城君は、私が用紙を持ち込んだ日のことを知っていた。家族欄を分けた理由も、素焼き札の番号も説明できた」
「その話は寺にいた全員が知っています」
入口の律が言う。
机の律はすぐに返した。「では、窯場だけのことを聞けばいい」
「窯場の帳面から、俺の名だけ消えました。中身は残っています」
「都合のよい逃げだな」
声だけ聞けば、自分と口論しているようだった。
政一が前へ出た。
「地震の日、俺を助けた場所は」
二人とも答えた。
「窯の裏、釉薬棚のそば」
「一緒にいたのは」
「佐和さんと、若い工員一人」
答えは同じだった。
夜番が偽命令書の御者について尋ねる。二人とも顔が幾つも重なったことを話した。紙屋の少年。黒門の老婆。西倉庫の九人。どの質問にも同じ答えが返る。
佐和は二人の左手を出させた。
窯の温度計を直した夜、律は熱した金具で掌を焼いている。小指の付け根に、細い三日月形の痕が残っていた。
二人の手に、同じ傷があった。
「そこまで真似できるんか」
佐和が吐き捨てる。
机の律は袖を戻した。「傷だけではない。俺は耀盌のひびが西倉庫で入ったことも、白い狐が無面の手を噛んだことも知っている」
「寺に戻った人間なら、誰かから聞ける」
入口の律が言う。
王仁三郎は二人へ、窯場で最初に食べた物を尋ねた。
机の律は粟粥と答えた。入口の律は覚えていないと答えた。
夜番は粟粥だった気がすると言い、政一は芋だったと言う。佐和は、その日自分が炊事当番ではなかったため知らないと言った。答え合わせそのものができない。
机の律は、覚えていない相手を笑った。だが笑われた律にも、どちらが正しいか判断できなかった。
無面は記録を読んだだけではない。
人の記憶から、質問されそうなことを集めている。
律は耀盌を見た。王仁三郎が布包みを持っている。水を張れば、緑の糸が見えるかもしれない。だが机の律も、その考えを読んだように言った。
「耀盌を使おう。未来の枝ではなく、今の影だけを見る」
寺の人々が頷きかける。
入口の律は首を振った。
「使いません」
「なぜだ」
「どちらが使っても、自分に都合のよい像を見せたと言える。盌を持った方が本物になるだけです」
机の律は笑った。
「怖いのか」
「怖い」
「偽物だからだ」
「そうかもしれない」
また人々がざわめく。
佐和が苛立って火箸を抜いた。
「本物の律も、そこまで頼りなかった?」
「よく分からないことを、分かるとは言いませんでした」
政一が小さく答えた。
その言葉で、律は一つ思い出した。
地震の帰り道。自分は瓦の落ちる音を聞いた。佐和は場所を尋ねた。答えられず、帳面へ〈未確認〉と書いた。
あの記録は、無面に狙われる前、佐和が自分の手で書いたものだ。
「佐和さん」
律は彼女を見た。「西倉庫から戻る途中、あなたが書いた未確認の音。どこの瓦でしたか」
佐和は目を細めた。
「そんなもん、今も分からん」
「俺も分かりません」
机の律が口を開く。
「窯場の東にある長屋だ。翌朝、屋根が崩れていた」
答えた瞬間、本人は失敗に気づいた。
「それは後で見つかった被害です」
入口の律は言った。「俺が聞いた音と同じだとは、誰も確かめていない」
机の律の顔が変わる。
ほんの一瞬、右目だけが緑になった。
田所が後ずさる。
無面はすぐに律の顔へ戻った。
「一つの答えを間違えただけだ」
「正解を言ったから間違えたんです」
無面は、記録に残った情報を集め、空白を埋めた。分からないまま残すという行為を、失敗だと思っている。だから答えのない問いにも、もっともらしい結末を付けた。
佐和は火箸を構えたまま、周囲へ言う。
「まだ近づかんといて。今ので全部決めたらあかん」
律は彼女を見た。
「まだ疑いますか」
「当たり前や。あんたがたまたま答えを知ってた偽物かもしれへん」
緊張の中で、政一が吹き出した。
律も少しだけ笑った。
その反応が気に障ったのか、無面の影が広がった。
寺の床を這い、名簿へ向かう。分けたはずの家族名は載っていない。それでも現在地と人数がある。影が帳面を覆うと、避難者たちは同時に入口の律を見た。
視線が冷たく変わる。
「偽物だ」
誰かが言った。
次の者も繰り返す。「そいつが偽物だ」
言葉が本堂へ広がった。
佐和まで一瞬、律から目を逸らした。
無面は証拠で勝てないと知り、認識そのものを押し始めた。
王仁三郎が布包みを床へ置いた。
耀盌を取り出さず、その上へ座る。
「先生、何してるんです」
政一が驚く。
「誰にも使わせぬためだ」
老人は周囲へ向いた。「二人のどちらを信じるか、今決める必要はない。名簿を閉じ、別々の場所へ座らせればよい」
無面が律の声で叫ぶ。「そいつを捕らえろ!」
入口の律は何も命じなかった。
佐和が最初に名簿を閉じた。田所が上から縄を掛ける。僧は避難者へ、互いの名ではなく今いる人数を声に出して数えるよう頼んだ。
一人、二人、三人。
数が重なるたび、影の広がりが止まる。
誰が本物か決めなくても、今ここに何人いるかは確かめられる。名を呼ばず、顔を信じず、隣の人間が返事をしたかだけを見る。
無面の輪郭が崩れ始めた。
律の顔から田所へ。田所から老婆の息子へ。最後は、顔のない灰色の頭部になった。
「名がなければ、おまえも残らない」
声だけが律のものだった。
「今日は残ります」
律は答えた。「明日は、明日いる人に確かめてもらいます」
無面は笑い、紙のように薄くなった。影が名簿の隙間へ吸い込まれ、閉じた表紙の下から緑の煙が漏れる。田所が縄ごと帳面を素焼きの箱へ入れ、蓋をした。
本堂に静けさが戻った。
誰もすぐには律へ近づかなかった。
それでよかった。
夜、窯場で新しい記録を作った。
水城律の生年月日や出身地は書かない。確認できないからだ。代わりに、佐和、政一、夜番、王仁三郎が、自分と律の間で現在も確かめられる出来事を一つずつ素焼き札へ刻んだ。札は四人が別々に保管する。
一枚だけ盗んでも、水城律の全部にはならない。
最後に律も、自分の札へ名を刻もうとした。
筆では書けなかった文字が、竹べらなら土へ彫れた。
水城律。
四文字の下へ日付を置き、その隣へ小さく記した。
〈本日、本人を名乗る。明日の確認は未了〉
佐和が横から読んで、呆れた。
「毎日、札を作る気?」
「必要なら」
「窯が名前だらけになるで」
律はしばらく考え、翌日からは何も変わらなかった日だけ丸印を足すことにした。
土の札の一日目には、四人分の丸が並んだ。




