第三十三話
ビービー
管理室のあらゆるモニターにエラーが邪魔をする。
本来そこに映るはずだった彼らの活躍を見ることができないなんて。
「育さぁんこれまずいですよ!」
部下の情けない声。しかし、今日ばかりは無視できない。
「何が起こっているか、まずは把握が第一だ。
大丈夫。落ち着いて処理してくれ」
このイベントの頭として、私が一番落ち着かないといけない。
しかし、別の部下が声を張り上げた。
「育さん……これ、チートです」
は?
忙しなく動き回っていた私は動きを止める。
「それは……冗談ではなく?」
「冗談ではありません。それに時間食ってる余裕は無さそうです。チート使ってるやつら、プレボスに突撃してます」
「は……?」
チートを使うなんて愚かで野蛮な奴らが、崇高なる彼らに……?
許せない……許せない許せない許せない
脳はオーバーヒートを起こし、私は気付かぬうちに体が動かなくなっていた。
そして部下はそれを確認していた。
「育さん……。
少し触らないでおこう。我々は彼が意識を取り戻すまでに状況を把握するぞ」
◇◇◇
沈糸の巣窟
「はああああ???なんで当たらないわけ???」
ボス部屋に大きな怒声が響き渡る。
やつは手の棍棒を握りしめ、苛立ちを振るうようにブンブンと。
私はその様子を鼻で笑った。
「借り物で大きくなってた小物にピッタリな顔になったじゃない」
どこから来るか分からない、瞬間移動を使うチーターの攻撃。
しかし、慣れればなんてことはないのだ。
冷静に行動を見分け、きらりと光る、赤い瞳は何を見据えるか。
空を悠々飛び回り、逃げ道を確実に確保していく。
その度にあいつの気持ち悪い笑みが怒りに変わっていく様子は面白かったよ。
この感じ――すっごい久しぶりだあ!
2年前、リリース当時のルナオンは セキュリティが甘く、その穴を付け入るようにチーターが闊歩していた。
それを運営が絶滅させたのはその数ヶ月後。
その間、私はチーター狩りをしてた!
懐かしいなあ。ラスボス倒してやること見つけられなかったから、チーター攻略めっちゃしてたんだった。
先行体験は大きかったね。
まあ私の天性のセンスもあったかな!はは!!
チーターと戦う時のコツとか教えて回ろうかな!!
「うおおおい!ぼーっとすんなよ!
ほかでもない僕がいるんだぞ!」
昔の思い出に水を差すとは。
既に地面に足をつき、肩で息をするほどに疲れきってるやつが何を言う。
「お前、お前なんなんだよ!モンスターは大人しくプレイヤー様の経験値になっとけばいいんだ」
こいつ……
「ぷっ、あははははは」
ああ!最後まで笑わせてくれるやつ!
「な、何笑ってんだよ!」
「はは、悪いね。今度はお前が私の経験値になる番だ」
「ああ?どんな技が来たって、当たりっこねーんだわ!」
手を前に出し、ワイトークンを添える。
「そうよね。じゃあ――特別に新技見せてあげよう」
白い光を周囲に纏う。
足元から風が吹き出し、髪を弄ぶ。
全てが揺れる中、私だけは動かなかった。
瞼を開き、一点を見据える。
「増えろ」
途端、手の上にあったひとつの球体は
パチン
弾けるように増殖した。
「?!?!」
部屋の隙間なく敷き詰められたワイトークンは、そこにいるネズミを逃さない。
「こ、こんなのって――」
「さあ、避けてみなさい」
糸よ 全てを絡みとれ
【シルヴァ・エンカージョン】
ワイトークンから何本もの糸が生まれる。
その銀の美しい糸はまるで全てを貫くがごとく、壁にぶつかるまで前に進んだ。
それは12フレームの間で、
数百個あるワイトークンの話である。
恐らく瞬間移動のチートしか使えないこいつは、何度も移動するが、やつの体を収められるほどのすき間を私は残していない。
誰も見ることができない刹那の中で、彼は糸を体に刺しては移動しを繰り返す。
私が確認できた時には、体中を糸が貫き、移動もままならぬ状態であった。
やつの顔はまるでショックを受けたように、目を見開いている。体中から光の粒子が溢れる。
もう終わりだ。
「なんでこんなことに」
「なんでこんなことに」
「とか言ったか?」
私がそう返すと途端に間抜けな顔。
ちゃんと言ってたようだ。
本当に頭が回ってないんだな。
お得意のその力で、このダンジョンから逃げればいいのに。
「やはりズルするやつは程度が低い」
私は下に降りる。
糸をスルスルと避けていき、地面に足をつけたならば、目の前の糸を絡めとって、こいつの目の前にやってきた。
わざわざ膝を折り、おでこに人差し指を押し付ける。
顔は晴れ晴れとした満面の笑みで
「二度とするんじゃないぞ」
トドメを刺そう
その時だった。
「はっ、ズルしてるのが僕だけだと思ってるのか?!」
私は手をピクリと止めた。
なんだと?
うーん。
最後の憎まれ口、ではないか。
「お前らなんか――」
バン
一瞬止まってしまったが、私はすぐにトドメを刺した。
それが本当なら、こんなやつの相手をしてる暇はない。
まさか
「みんなのところにもチートを使ってるやつが……?」
最悪の状況が頭をよぎる。
いやいやいや、みんななら大丈夫でしょ!きっとうまくやって――
その時、
「蜘蛛様!!!」
空から、誰かの声……いや、育の声が落ちてくる。
育は突然現れ、私の近くにドサッと着地した。
今まで見たことないほど、落ち着きがなくて、まるで……とんでもない事が起きたような
「蜘蛛様!どうか、どうか皆様を助けてください!!」
「い、育?」
「蜘蛛様以外のボスの方々が……チートを使うプレイヤーに拘束されてしまったのです!」
え?
◇◇◇
【深牙の森】
「離せーーー!!」
「いやあ。駄犬を見るのは疲れるなあ!」
そこには首に首輪を繋がれ暴れる狼が
――
【砂塵の古闘場】
「何のつもりかな?」
「まあまあ、ファンサービスだと思って」
そこには謎の結界に囚われたサソリが
――
【薄闇の大書庫】
「ねちょっと!これどういう扱い?!」
「きゃーめちゃかわだよ!」
そこにはなにかの紐で両腕ごと胴を縛られるフクロウが
――
【星祈の天廊】
「こんなことしてもなぁ。何にもならんと思うで」
「それは……そ、どうなんでしょうか」
そこには半分を石にされたツルの姿が
――
【蜃気楼の渓谷迷宮】
「まいった。こんな方法があるとは」
「お前気持ちわりぃな、なんだよあの迷宮!二度とやりたくねえわ!」
そこには檻に入れられ、身動きが取れない蛇が
――
【鎮海の王墓】
「こんなことをしてただで済むと思っているのか!!!」
「うわ!映えだ映え!」
そこには鎖でぐるぐる巻きにされたシャチが
――
【燃灰の聖域】
「……っち」
「……うす」
そこには四方から武器を突きつけられ動けない熊が
◇◇◇
「これは、本当なの?」
見せられた画面をいくら見つめても、実感が湧きそうにない。
そこにボロボロになって映っているのは、他でもない私の仲間で……
「残念ながら」
あの育がそういうのだからそうなのだろう。
「いや、じゃあBANすればいい!私に来たやつにBANしなかったのは許すから、早くあいつらを!!」
しかしその言葉に帰ってきたのは育の苦い顔だった。
わかっていた。ルナオンの運営がBANせず放置するはずがない。
「アカウントが……見つからないんです。
チートを使っているプレイヤーのアカウントを探しても、彼らにたどり着かない。表示されないんです」
「つまり、BANするにもその元がないと」
そういうと、育は勢いよく息を吸った。
「時間が無いので、1度しか言いません」
「え?」
「方法を見つけました。簡単に説明します。
蜘蛛様、先程チートプレイヤーを倒しましたね?
そのお陰で、隠れていた彼のアカウントが浮上しました」
「ええ……」
「恐らくプレイヤーのアバターにアカウント情報を隠しているのではないかとこちらで結論づけました。
わかっております。こんなこと、本当は貴女様方に頼むようなことではないと。
しかしそのためにはゲーム内から倒すしかないようなのです。運営からでは手を出すことはできません」
「要はチーターどもを倒せと。そういうことでしょ」
「はい」
ふー
息を吐き、自分の手を見つめる。
チートを使うやつは嫌いだ。
初めてできた仲間を、あんなふうにされた“ホワイトスパイダークイーン”としても、
このゲームを芯から楽しむ“てるてる”としても、
あらゆるルールを遵守する“凛”としても。
許せない
そう、許せない。
だからこそ、この事件を有効に活用するのだ。
「育……結構昔にあなたが言ってたもの?っていうかこと?覚えてる?」
「え?ええと、なんでしょうか?」
怒りを胸にしまい込み、育に笑顔を見せる。
「単独イベントってやつ」
「えっ」
「私がみんなを助け出す間に準備、できるかしら?」




