第二話
現在、1話から順番に修正作業を行っています!
3話以降はこれから手をつけていくので、少し書き方や行の使い方が1、2話と違って見えるかもしれません。
ストーリー自体は変わっていませんので、ぜひそのまま楽しんでください!
カツン。
それはつま先に当たった石ころが転がった音。
そのちょっとした小さな感覚が私の意識を戻した。
周囲を見渡すとボロボロ崩れかけたコンクリートの建物が私を囲んでいた。
あれ――なんだこれ
何故か分からないけど、この建物から睨まれている気がする。
ぼーっと立ち尽くす私に、どこかから無数の影が飛び出す。
四方から現れた者たちは確実に一人のプレイヤーを捉えた。
そうして繰り出された攻撃は混乱する私の目の前へ。
これ、まずい。
しかし、私の手にはハンマーが握られていた。手はそれをくるりと回してバチっと掴み、その武器を空高く振り上げ、そのまま地面に振り落とす。
私の思考を置いてきぼりに、私の体は勝手に動いた。
そうして一人の人間が生み出した衝撃は壁を砕き、コンクリートを割る。
その勢いでプレイヤーが既に満身創痍の建物を巻き込み、次々と吹き飛んだ。
焦った顔。怒号。伸ばされる手。
——そして、そんなカオスを、私はどこか他人事のように、ただただ眺めていた。
この後は……
ああ、そうだ。リーダーにとどめを刺したんだ。
蹲る男を見つけ、その前で歩みを止める。崩れた建物の破片が風に乗り、静けさと共に流れた。
それに気がついた他の奴らは必死に手を伸ばすけど、もう間に合わない。
目の前のこいつは目を見開き、ただ、私を視界に焼き付けるようにじっと見た。
思わず片眉を上げ、からかうようにくすりと笑う。
「私の勝ち。」
引きずるハンマーの柄を強く握る。
他愛ないいたずらで喧嘩を売り、多勢に無勢で勝利を収める
ああ……ああ!楽しい!
この時が一番生きてると思えるんだ!
——心臓の中から、感情がぶくぶくと泡立つ。口から興奮が漏れ出そうだ。
抑えていた感情が表情に現れる。その笑顔はまさに悪役にふさわしいだろう。
喜びに震える私の全てでハンマーを振り上げた――その瞬間だった。
胸から押されるような衝撃。
バランスを崩し、私の手からはハンマーが落ちる。その重い音が空虚に響いた。
視界が揺れ、胸元から淡い光が弾ける。祝福のように舞う粒子の中心に、鋭い影がのびた。
黒い何かが、私の体を貫いていた。
「……い、たい?」
何?何よこれ――
こんなの知らない!!!!!
それは渦を巻くように闇を放ち、世界が崩れた。廃墟も、プレイヤーも、倒れた男も、全てを飲み込むように現れたのは真っ暗な空間。
足場が消え、重力が闇に引きずり込む。ああ、またこの感覚だ。
自分を殺して、息ができなくて、苦しい。
そしてここがなんなのか、
それを分かってしまったことが……一番嫌だ。
「お前がやったんだ」
声が脳に直接響き、ぎゅうぎゅうに圧迫する。
——違う、私じゃない。私じゃないの。
落ちていく。あらゆる非難に囲まれ、深い海の底へ沈むように。
聞こえるのは頭をかち割るほどの雑音に心臓の鼓動と、口から出ていく空気の泡の音。
もう、このままでもいいか――
力を抜いて、流れに任せて、私を忘れて。それがきっと、幸せなんだ。
そのとき、遠く上方に赤を帯びた光が見えた。
逆光の中、見たことのない人影が手を伸ばしていた。
『我々はあなたを待っております……!』
初めて――ほかの雑音が消えた。
あれはなんだろう。
思わず手を伸ばす。それでも指先すら光に触れることはできない。
涙すら出ないこの空間で――届かないと分かっているのに
――
ハッと目を開く。
目に映るのは見慣れた天井。
体に伝わる感触は頬を伝う冷や汗。
耳に聞こえるのはうるさい心臓の鼓動。
体を起こし、見上げるように窓を見る。朝を知らせる優しい太陽の光と、隙間から入る風の心地よさで少しずつ息を整える。
机の上に整えられた教科書の山とその横に置かれた、ゲームのゴーグル。
あ…ここは夢でも、ゲームでもないんだ。
それを見て、私はようやく目を覚ました。
◇◇◇
強い衝撃波が遠くの木までも大きく揺らす。
木々の間を二つの影がまるで音のように一瞬で過ぎていく。
目の前には爽やかな夏風と木々の間から輝く日差しが心地よい、広大な森が広がっている。
ここは【ファリタス】
始まりの街の先にある、初心者向けのチュートリアルエリア。難易度の低いギミックやモンスターが用意され、始めたてのひよっこプレイヤーはここでこのゲームでの生き方を学んでいく。
……そんな場所で、私は大人げなく、格下の獲物を狩り尽くしていた。
「私ほどの強いプレイヤーがなぜこんなところに」だって?
もちろん、このゲーム最古参の私は、ランクの高いエリアで遊ぶことが多い。
だが序盤や簡単なステージも、始めたての頃に行ってから訪れていない。
見落としがどこかにあるかもしれない。
さらにこのゲームは隠し要素が多い。
隠しエリアやモンスター、NPCやコマンドなど、どこかには必ず何かが存在する。
私がいま探そうとしているのは、その隠れたなにかだ。
以前、謎のメールから手に入れた見たことのないコピースキル。
ウイルスかもと思って一応通報したが、運営からの通知はなし。
もしかしたらこれも隠し要素かも……そうであって欲しいな。
まあ考えても仕方ないし、一旦おいておこう。
もう使うと決めたのだから。
当たり前だが、隠し要素のトリガーはわからない。
だから、格下のモンスターを狩ったり、道なき道を進んだりして探索を続けている。
……のだが、なかなか進展がない。
枝をパキッと鳴らし、草木をかき分け歩く。今ここにあるのは森の植物と、雲のかかる青空だけだ。
せめて【境界の隙間】でもあればいいのだが。
――
【境界の隙間】とは、このゲーム独特の仕様。
まずルナオンは、多くのプレイヤーがいる中、1人プレイを可能にするために、一つ一つのステージを大きく作り、そこからプレイヤーに見せる範囲を切り取る。
そうすることでプレイヤーたちがかち合うことのない、ソロプレイができる空間を作り出した。
もちろん、みなが集う共通マップも存在する。
そんな中、たまにマップのどこか端に、それぞれに与えられたエリアの境界線に亀裂が現れる。
それが【境界の隙間】であり、入れば必ず隠し要素がある。
――
「はあ、数時間やったが何もない。ここまでくると飽きてくるな」
眉を下げ、苦虫を噛み潰したような顔になる。ここは目ぼしい物がなく、敵も弱い。
変化がないと、ただただイライラが募るだけ。
「はぁ……なんのために私は」
ため息をついたその時、足に違和感を覚えた。なにかに足を引っ張られているような、絡みつかれているような。足元を見ると、そこにはこびりついたように取れない糸が巻き付いていた。
「えうぇえ??」
驚いて周囲を見渡す。
気づかなかったのか、薄暗く霧がゆるやかに流れる見慣れない地形。
木々に絡みつく糸は、明らかに普通ではない。
ウィンドウのマップを確認する。
そこには――久しぶりに見る【境界の隙間】の表示があった。
◇◇◇
数時間の努力が報われ、ご満悦な私は探索を再開する。
木々に絡む糸とその形は――蜘蛛の巣。
そう、まるで蜘蛛の糸のようだ。触れてみると、絹のように触り心地がよくてとっても綺麗。
「蜘蛛のモンスターか?」
周囲に生き物の気配はない。ただモンスターが飛び出してくる訳でもないし、なにかギミックがある訳でもないっぽい?だからといって道が入り組んでいるようにも見えないな。
このパターンはダンジョンだろうか。
それも素晴らしい。
ダンジョンとは、モンスターやボスが配置された攻略型エリアの総称であり、プレイヤーは探索や戦闘を通じて報酬を獲得できる。
でも私のお目当てはモンスター。ダンジョンは難易度によってはトップクラスに強いボスが現れるからね。
糸の密度が増す方向を見定め、先の見えない道に一歩踏み出す。
しかしその足取りはだんだん速く軽やかになった。
久しぶりの未知の探索に、鼓動が高鳴る。
きっと、この先にあるんだ。
ぶら下がる糸を頭に絡ませ、木々を抜ける。先に進むにつれて緑がどんどん減り、景色は真っ白になっていく。
「よいしょっ」
真っ白な木に手を付き、幹を跨いで通る。
糸くずを一際強く踏み抜く。手を木に置いたまま、私は顔を見上げた。
“人の手を離れた場所には蜘蛛が住み着き、巣になる”
そこには、忘れ去られた白き門があった。
蜘蛛糸に導かれ、白に埋もれたその入り口は、まるで見つけられる時を待っていたかのように荘厳に佇んでいる。
ああ、やっと見つけた。
口元が緩んで直せない。ここには強いモンスターはいるだろうか。何かお宝はあるだろうか。
そればかりが頭の中で走り回る。
そのダンジョンの名前は【白い選択肢】。
彼女はダンジョンの名など気に止めることはない。久しぶりの隠しダンジョンという期待に背を押され、ためらうことなく足を踏み入れた。
――
空気が吸い込まれるように風が吹く。短い髪を揺らし目を開けると――
そこは何の変哲もない普通の石造りダンジョンが目の前に広がっていた。ただただ薄暗く、乾いた空気が漂う。冷えた岩肌から染み出す水の匂いが鼻にツンとくる。
私は鼻を擦りながら中を見渡した。
少し拍子抜けしたが、心配はしていない。
ここに何もないはずはない。
一見普通のダンジョン。
だが――
そうしているうちにお出ましだ。カチカチと硬い地面を歩き、闇から白い光が顔を出す。
現れたのは、初めて見る蜘蛛のモンスターだった。
「やっぱ隠しダンジョン!」
私は思わず跳ね上がってしまった。
ほらほら大当たりだ!実は心配してたとかなんて言わないが? 嬉しいもんは嬉しい!
早速、見慣れぬモンスターをまじまじと見る。
「あれ?」
名前は——【ホワイトスパイダー】?
なんかこいつ見たことないはずなのに、見たことがある。
頭から足の先まで、真っ白で、冷たい白磁のような質感。
背丈は私ほどもあり、上に乗られたら潰れてしまいそうだ。
そして、その赤い目がすべてを見通すようで、妙に印象に残る。
――どこかで見たような……
あっ。
そういえば、隠れ家に出たやつに似てる。
あれも白くて、赤い目で、蜘蛛だった。
そしてモンスターは立派なのに、ダンジョンは意外としょぼい。
ルナオンの運営がこんな中途半端をするだろうか。
この違和感は……なんだ?
グオオオオオ!!!
「?!」
すると目の前のモンスターは足を広げ、咆哮を立てる。戦闘態勢に入ったようだ。
まあいい、せっかく来たんだ。攻略すれば何かわかるかも。何事も、まずは戦わないとね!
相手の動きを見るため、まずは無難な武器を選ぶ。
そうして私は、インベントリから剣を取り出した。
名前は忘れたが、確か性能は良かったはずだ。
ピカピカと光が剣を象る。実体化したそれを掴み、刀身をモンスターに向ける。
さあ。隠しダンジョン、攻略開始だ。
途端にホワイトスパイダーが足をかちかち鳴らし、冷たい石床を盛大に揺らし始めた。
あの細い足で、どうしてここまでできるのか全くわからないが。
揺れと同時に、天井から白い影が降り注ぐ。
無数の小蜘蛛が床を覆い、カサカサと音を立てるだけで冷や汗が止まらない。
「うぇ……」
つい声が出た。……のだが、なぜか不思議と気持ち悪くはない。
それはこの白い蜘蛛たちが――まるで雪が舞うように、美しいからだろうか。
天井から舞い降りた大量の蜘蛛たちは一気に襲いかかる。
だが剣を振るったものの、数が多すぎた。気づけば足に絡みつかれ、体が異様に重い。
しかもただ重いってレベルじゃない。全身に重りがのったような感覚。攻撃を避ける動きも遅くなる。
「ちっっっ」
思わず舌打ちして、杖に持ち替え炎属性のスキルを放つ。
火属性【フレーム・ファイア】
決まったエリアに火の海を作るスキル
火属性はその特徴として、一定確率で燃焼状態になる。そうすると消えるまで熱く、HPもゴリゴリ削れる。それを使って、周囲の蜘蛛を丸ごと焼き払おうとしたのだが。
しかし、蜘蛛は燃えない。焦げ一つ付かなかった。その上燃焼状態にさえなっていない。
かなり強力なはずなんだが……
「耐火持ちかよ…」
燃焼状態にならない耐性を持っているっぽい。なら火属性でちまちま削るのは時間がかかるな。
の前に、先に周辺のやつからと思ったが、効かないのならまず体についてるやつを引き剥がそう。
私は属性を風に変える。
風属性【エアロパルス】
体の中心から徐々に広がるように竜巻を起こすスキル。
体に張りついていた蜘蛛は、気持ちいい程風に乗り吹っ飛ばされた。
やっと軽くなった体を伸ばす。これでいつも通り動けそうだ。
杖をくるくる回し、蜘蛛に向ける。
土属性【ガイアストライク】
茶色の光が杖先に集まり、地を砕く鋭い岩鉱の結晶が地面に突き刺さった。
白い影はあっけなく霧散し、床から消えていく。
これ効くじゃん! 土属性がいい? それか物理的に叩くのが望ましいのか。
そう悶々と考えているうちに小さな蜘蛛を狩り終えていた。
静かになったこの場所に沈黙が流れる。
――顔を上げると、大きな白い蜘蛛が動かずこちらを見ていた。
そう。ただじっと、見ているだけ。
なんだ? どうして攻撃してこない?
気持ち悪さが頭の中でざわつく。
小さい蜘蛛を倒しても、こいつはただ見つめるだけ。気味が悪い……さっさと終わらせよう。
私は再び【ガイアストライク】を発動。
攻撃をチラつかせても、こいつは動かない。
私はぎゅっと唇を噛み締めた。
こいつは何の抵抗もせず、潰されたから。
光となって天に昇る白蜘蛛を、私は最後の一粒まで見届ける。
決して後味のいい勝利ではない。いや、これは本当に戦いをしていたのか? あの目が……今でも私を見ている気がする。
杖をインベントリにしまい、しばらくその場に立ち尽くした。
――
ここから、何かがおかしかった。
最初のホワイトスパイダーを倒し奥まで進むと、蜘蛛のモンスターは襲わず、様子をうかがっているだけだった。
その視線には、まるで品定めされているような緊張感があった。
正直、ボス戦前に、面倒な戦闘は避けたかったから、拍子抜けのような安心感もある。でもそれ抜きにしても、気持ち悪い。
何がどうなっているの……?
それでも私の足は止まらない。それ以上のワクワクが私の胸にあるから。
やがてボス部屋らしい扉の前に到着。
……本当に導かれてるみたいだ。
正直、疑念は残る。きっとこれは予感だ。
変な予感は信じた方がいい。
どこかのプロゲーマーが言っていた気がする。
……だが、
「そんなもの、ボス部屋の魅力に勝るものではない!」
両手で扉を叩く。爆音がダンジョンを駆け、空気が逃げていく。
ここまで来て帰れるほど私は我慢強くはないんだ!
やめておけばいいのに、体は脳を置いて勝手に動いた。
目の前で世界がぐにゃりと歪む。
キーンと耳鳴り、鼓膜が捻られるような強すぎる力が流れ込んできた。
ゆっくり顔を上げると、薄目の瞳に映ったのは想像を絶する大きさの白蜘蛛。
何だ、あれは……。
まさかここまで巨大で強大だとは。
入り口の奴とは比べ物にならない。
陶器のような白い胴体が視界を埋め、赤い目が思考を奪う。
――これは楽しくなる。
圧の中、手を広げボスを覗き込む。
あぁ、この不気味なほど美しいボスは、何を見せてくれるのだろう。
「さあ、派手にやってやろうか」




