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第一話

 ふと、楽しかったはずの瞬間が頭に溢れる。あれは爽やかな風が心地よい朝だった。


 かつて多くのプレイヤーが憧れたあの街は、崩れてしまったコンクリートの建物とその瓦礫で埋め尽くされる。この素敵な青空には似つかわしくない。

 

 それは敵意を隠そうともしない視線も同じだ。この全身に粘りつく敵意を、鬱陶しいと何度思っただろうか。


 それでも、私は笑う。


 これは私の自由。

 私の本当。

 

 それが許されたこのゲームの世界で、今日も武器を振り回す。


【小悪党からイベントボスになりました】




 

 ◇◇◇


【ルナリス・オンライン】


  世界初のフルダイブ型VRMMORPG。ゴーグルを被ることで、意識ごとゲームの世界に入り込み、何万人ものプレイヤーと同時に遊べる仮想現実ゲームで、圧倒的なクオリティと自由度で、一瞬にしてトップを手にしたタイトルだ。


 ルナリス・オンライン、略してルナオンは世界中に広がり、現在数十個ものサーバー、つまりその地域エリア専用の世界が存在する。


 そして。


 その一つである日本サーバーには、その名を知らぬ者がいないほど有名な存在がいる。

 悪党プレイを繰り返し、常に世界を騒がせる、たったひとりのプレイヤー。


 その名は――【てるてる】


 

 ――ルナオン内、とあるエリアにて


「やべえ、さっきてるてるが暴れてるの見ちまった……」

「てるてるって誰だ?」

「おいおい始めたてかよお前。てるてる知らないとかまずいぞ」

「最古参で0デス。今は指名手配中だ」

「……それはやばいな」

「このゲームで一番有名な女プレイヤーだよ」


 ――



 ウィンドウのプロフィール欄に【てるてる】の名が光る。


 ランキング除外で、指名手配中。そしてサービス開始から今日まで、一度も倒されたことがない。

 

 誰もが恐れ、倒したいと願う悪役プレイヤー。



 どこかの誰かさん、説明ありがとう。


 白いショートヘアと、口元まですっぽり黒いマフラーをキュッと結び、最後に上半身をふわりと隠す白いマントで完成。


――それがこの私、最強最悪の悪役プレイヤー

 【てるてる】だ!


――

  


 持っていた鞄をしっかり壁に掛け、机の上のゴーグルに触る。

ベッドに身を投げ、それを頭に被った。


 一度瞳を閉じれば、まるで体から魂が抜けたように全てを感じなくなる。次に目を開けたら、もうそこはゲームの世界だ。

 目の前にはメニュー画面が展開され、ゲームタイトルが現れる。と言っても、私が持っているソフトはこれひとつしかないんだけどね。

 

 私は指を伸ばし、唯一ある、このゲームに触れる。

 

【ルナリス・オンライン】

 起動音と共に視界が一気に開ける。広大なフィールド、眩しい陽光、壮大なタイトル画面――

はさすがに飽きた。

 スキップボタンをひたすら連打する。


「この時間、ほんっっっと長い」


 この広大な世界を読み込む時間、そしてそれを移動するこのロード時間は、このゲームが覇権をとった今でも直らずにいる。

 と思ったけどまだこのゲーム三年経つかどうかだもんね……しかたないよね……

 

 そうこう考えているうちに、ロードが終わった。


 目の前には【ようこそ】の文字。

 

「お! きた」


 小さな点が集まるように、ぱきぱきと世界が下から上へ積み上がっていく。

 


 ようやくスポーン、つまりこの世界に出現することができた。

 現れた世界はゲーム世界の果ての果て。人気のある街から大きく離れたエリアをすたすた歩く。廃れた大昔の街に緑が侵食しているこの場所には、人っ子一人いない。

 

 このゲームのいい所は屋外にいるときにスポーンすると、扉を開けたみたいに風が吹いてくるんだよね。


 ほんとすごい。

 世界観は違うけど、この身に触れる感覚は現実と何ら変わりない。

 でもこのゲームは現実でありえない動きや力、痛み、そして死がある。それはゲームの常識。でもゴーグルを外すと、

 すべて忘れる。

 

 だからこそ、いろんな人間が、このゲームに足を突っ込み、そのままドボンと落ちてしまうんだ。


 そう。ドボンと――




 

 髪を撫でるそよ風は小さな葉を乗せ、青空を舞う。

 私はその情景に目を細める。 

 この世界は今日も綺麗だな。

 

 

 そうして何もない道を進み、ただの石垣の前で足を止める。

 体を回し正面へ。


 隠れ家に入る前には必ずやらなければならないことがある。

 

 ……えー、こほん。


 確認事項第一!

 目視で人がいないか確認!

 第二!

 探知スキルでさらに確認!


 だれもいない!


 確認を終えた私は、ゲームで何より大事! 大切な大切なアイテムを保管するインベントリ!


 ここから一つ鍵のマークを選択する。


 手のひらに光が集まり、それは幹のような薄橙色の本体に葉っぱの装飾があしらわれている。

 【木漏れ日の扉】使用

 すると、その鍵が淡くエメラルド色の光を放つ。その光に呼応するように、何もないはずの石垣に扉が現れた。

 


 こうして見るとほんとベタだわ。

 今んとこ、これができるのこの鍵しかないからな。


 鍵をちゃらちゃら鳴らしながら、隠れた入口をくぐり、すぐに消す。

 ここまで徹底する理由は簡単。悪役の拠点がバレたら終わり。それだけ。

 

 隠れ家の中をスポーン地点に設定すればいいのはわかってるよ。でもここ、拠点登録してないからさ……。



 

 私はソファにドカンと座り、ウィンドウを開く。

 このウィンドウはゲームをする上で大事なメニュー画面だ。この世界のマップやら、マイキャラの情報やら、アイテムの管理や運営からの新情報などの確認ができる。


「さて、今日は何するかな」


街を散歩するか、ユニオンにちょっかいを出すか。


ユニオンとは、プレイヤー同士が集まって作るチームであり、拠点を持ち攻略や交流を行う。このゲームでは、実質的な勢力単位になっている。

しかし彼女にとっては、どうやら“遊び場”のようなものになっているらしい。気に入ったものがあれば当然のように拝借している。


 

視線を巡らせれば、それに呼応するように、ショーケースに並ぶ戦利品が光る。

こいつらを見ていると……

「ふっふふ」

 

はっ、いけない。

さすがにキモい。

 

私は頬を軽く叩き、そのままウィンドウを操作した。


 自分のステータス、ゲーム内情報、通知。

指を上下し、ゆっくり確認していく。


 

そんな時だった――


 それは、まるで違和感なく、そこにあった。

 瞳に映ったそれに、私は指を止める。

 

「差出人の名前がない?」


不審に思いながらも開いてみる。中には「どうぞ」の一言と、ひとつのスキルがあった。


【Change pick】

対象:モンスター限定(使用回数:1回)

効果:対象のレベル、スキル、能力、その他全ステータスを自身にコピーする。

 


「……は?」


コピースキル……。定番のはずなのに、このゲームで見たことがない。


 しかもステータスも?

 HP、MP、攻撃力、防御力、素早さ。

 戦う上でどれも必要なのだがあげられる場面は2つ。レベルアップの時か、ミッションクリア報酬で得るか。

 命の残量であるHPもそうだし、スキルや魔法を使う上で必要なMPの総量も決まる。だが如何せん上げる機会が少ない。そのため普段はプレイヤーの能力が重要視され、ステータスが伸びたら万々歳っと言った感じだ。

 

 だからこそ怪しい。差出人不明。説明も曖昧。ウイルスの可能性だってある。


だが――


「こんなの、欲しいに決まってるだろ!」


 声を張り上げ、ウィンドウをがしっと掴む。

長年やっていて、停滞気味だったレベル上げもスキル収集も――

そんな私に餌をぶら下げるなんて。


しばらく興奮して振り回したが、

 落ち着いてきた頃、ようやく手を離す。

 視線を落とし、小さくため息。

 

欲しいけど、ひとつ気になることがあった。

 

 ――レア度だ。

このゲームのスキルのレア度は、Sから順に強さが下がっていって

 

 S→A→B→C→D


 そしてこのスキルは、 

「該当なし……か」


こんな表示、この私でも見たことがない。


 

  

もしこれが改造スキルだったら? ウイルスだったら?

それでアカウント《てるてる》が消えたら?


思わず頭を振る。

 絶対……絶対だめだ。

 

この名前を……

 私の全てを失えない。


 私は静かに目を閉じる。

これは新しい可能性だ。プレイヤーとして、決して抗えぬ本能。

 そして大きな危機感――

 

 思わず手に力が入る。

 握ったこぶしは震えていた。


「やっぱり、そんな危険は冒せない」

わかってるよ。何よりも優先すべきは決まっている。

残念ではあるけど、得体の知れないものに触れる訳にはいかない。


私は画面を閉じようと指を伸ばした。


その時だった。


がたん


全身に電流が静かに走る。


 体のあらゆる動きを止め、神経を集中させる。

顔を上げずに目を光らせ、周囲を警戒。

 

私の隠れ家は自然に物音がするほど汚くない。


 

誰かがいる


私は顔をあげ、ウィンドウをずらす。

どんなやつでも、侵入者は生かしておけない。


そうして物音立てず、音のした方へ向かう。


 確か音がしたのはあのテーブルだ。細かな装飾品なんかを固めてたとこ。

 少しずつ、近づいて。

 

 そこにいたのは――


 手のひらサイズの真っ白い蜘蛛が1匹、装飾品に囲まれ、蓋が開いた箱の中に収まっていた。


「え? 何こいつ」

 一瞬ギョッとしたが、周囲に気配がないのを見るに、こいつが音を立てたようだ。


 モ、モンスターか? こんなの見たことない


 私は少し離れた位置に手を構える。虫との戦いは、瞬間勝負だ。


 一発で決めるぞ――


 じりじりとにじり寄り狙いを定める。

 どちらも動かず沈黙が続く。


 ――今だ


 

 

 

 しかし、そいつは指の間をすり抜けた。

 飛び上がるように箱から抜け出し、私の目の前でアーチを作る。


 それは雪のように白くて、赤い瞳をしていた。

 私は手を箱の中に突っ込んだまま呆然と立ち尽くす。


 あれはなんだ?

 知らないことが続きすぎて……戸惑いが隠せない。

 

 が、今はそんな場合じゃない。


 このままじゃ逃げてしまう、捕まえなきゃ!!!


 彼女は追いかけようと身体を捻った。世界がぐるりと反転し、景色が移り変わる。

 その中で、ウィンドウは堂々と光を放っていた。

 彼女の澄んだ瞳に流れるように映り込む。

 

スキルと、その下の大きな文字が。


 

「あ、あれ?」


指先が冷える感覚がした。

駆け出す寸前の体勢を戻し、ウィンドウの前で立ち止まる。そっと伸ばす手は小刻みに震えていた。


 いつだ? もしかしてあれか、さっき画面をずらした時?

 スキル説明の下にあるでかでかとした文字が――


【受け取り済み】

取り消しボタンは、ない。


全身が固まる。

 心臓の音だけが耳に響く。


  

あ、やっちまった





◇◇◇

数日後


春の都市ラランティス。

このゲームの大きな街は、だいたいどこかのシリーズに属している。

ラランティスは四季の大都市シリーズのひとつ。


そして私はここが好きだ。

穏やかな空気、心を豊かにする花々、街を彩る芸術的な建造物。

何もすることがない時は、だいたいここに来る。


「てるてるだ!倒せ!」


そんな穏やかな空気をぶち破る声。


途端に建物の隙間から、次々とプレイヤーが飛び出し、街の中を大勢が駆け抜ける。

 

先頭はもちろん私。


ただ、

……思ったより多いな?


ちらりと振り返る。

名前は……なんだっけ?

最近でかくなってるって言われてるユニオンだったはず。


「しつこいぞー!!」


と叫ぶと、殺気のこもった視線が突き刺さる。


 あいたた。

今日は何もしていない。

……いや、珍しいアイテムをちょっと懐にしまったかも。

うん。ほんと、それだけ。


そう思い出しながら、建物と建物を飛び移り、移動する。


向こうの屋根に飛び移るたび、春風が全身に触れ、桜が舞う。

足裏で瓦の感触を確かめる間もなく、次の建物へ。


背後からは怒号と足音が追いかけてくる。


 マップ移動で別のエリアに行けたらいいんだが、残念ながら使えない。


 本当ならウィンドウに表示されるマップには、1度訪れたことのあるエリアの決まった地点にワープすることができる機能がある。

 のだが、妨害行為をすると一定時間移動に制限がかかる仕組みになっている。これは被害者の救済措置だ。最初はなかったんだが、まあ、私がやりすぎた。

 様々な行為が許されるこのゲームは、プレイヤーが暴れ出さないよう、しっかり手綱を握っている。

 

つまりどういうことか?


逃げ切るしかないんだ!


ここは端まで遠いラランティスの中心地。

普通のプレイヤーなら詰みだろう。


――だが、私なら違う。



長年積み上げたレベルとステータスは伊達じゃない。


一枚の桜の花びらが頬をかすめた。

とってもいい気分だ。

 

「さあ、スピードを上げようか」


 

 屋根から飛び降り、エリアの端まで続く道を走り抜ける。


追手は悲鳴怒声を撒き散らし、段々その数を減らしていった。

この程度の速さでついてこれないくせに、捕まえられるわけがない。


それでも一人、食らいついてくる男がいた。


「まて……てるてる!」


へえ、スピードを上げた私に追いつくか。

なかなかやるじゃん。


 でもその伸ばした手は

残念ながら届かないよ。


「くそぉぉぉぉ!」


その声を背に、私はラランティスを抜けた。


どうやら撒くことに成功したらしい。




◇◇◇


 隣のエリアに移動し、ようやく落ち着ける場所を見つけた。


壁にもたれ、ずるずると腰を下ろす。


「はぁ……」

しっかり疲れるなぁ。さすがフルダイブ。

しかし、手には自由の証。

 


息が整ってきたら、私は手に持つ戦利品を確認する。


クイーンワービーの冠。滅多に見かけない女王蜂モンスターのドロップアイテム。

 モンスターは倒されると一定確率だったり、条件クリアでそのキャラに即したアイテムを落とす。アイテムは素材や、金、そのまま特別な武器になったりする。

 

 それにしても懐かしいな。このアイテムはくそデカい女王の頭の上の冠を、大量の蜂に対処しながら触らないとゲットできない。

 めんどくさいし、私でも数個しか持ってない。


 効果は毒系のスキルの効力を底上げする。

 んー、けど。正直苦労してまで手に入れる必要は無い。結構珍しいが、必須ではないから。


ではなぜ奪ったか?


 そう考えると、いつも笑いがこみ上げてくる。

これほど面白い質問はない。


そんなの――楽しいからに決まってるだろう!


奪われた瞬間の顔。

取り返そうと必死になる姿。

追いつけず、絶望する声。


 その様子を見ることが楽しくて楽しくて仕方ない。想像するだけで興奮して体が震えて、口元が緩んでしまう。

 ああ、今あいつらはどんな負け惜しみを言っているだろうか。


皆を振り回す。

勝利の快感。


 気にしなくていい、私の思うままにしていい!

 

 そう。これが私の、”悪役プレイ”だ。



 

 ……まあ?別に運営がダメって言ってるわけじゃないし!


 

 それに……


  

 足を引き寄せ、頬を置く。

 横目で覗くのは、プレイヤーの声がするメインストリート。 

 隠れてるから見えないけど、楽しそうな声が聞こえる。

 

 でもさ。

「これくらい、いいだろ。現実ではいい子してるんだから……」


 まあ、でも悪役に憧れるなら、劇的に負けるっていうのも素敵なストーリーよね。

 英雄として称えられるより、圧倒的な力に拮抗する力で華々しく散る……


 瞳には、そんな姿のてるてるが映る。

 なんて、美しい――

 

 でも、この瞳には現実も映るのだ。


 だめだよね! まだまだ私は暴れたい!

 0デス記録はまだまだ続くよ。


 

 けれど最近は、悪役が少し面倒になってきた。近頃は何もしてないのに追い回されることも多い。

 追いかけっこは嫌いじゃないのだが、ここまで来ると刺激より、面倒が勝つ。


――

「さすがに疲れた」


 思わずため息が漏れる。

 しばらく街に出るのはやめよう。モンスター狩りでもするか。


「……ん? モンスター?」


 ……あ、そうだ。


【Change pick】


 ウィンドウに映るこの謎スキルをすっかり忘れていた。


これどうする?

 問題があるとしても、ルナオンの運営であれば何かアクションがあるはず。

 だが、あの日から数日経ったが今のところ何も無い。


なら問題ない……のか?


 ドクンと、心臓がうねった感覚がした。てるてるの体か、いやこれは現実の私の心臓な気がする。

だめだ。わくわくが溢れて止まらない。


 そうだ、このゲームは広い。私も知らない、新しいモンスターがいるはずなんだ。


 ラスボス枠の覇竜セレネヴァルドはどうだ? 攻略が難しいケルベロスなどでもいい。

 でもこいつらは飽きるほどやったから、それこそ新鮮味がなくてつまらない。


 そう。知らない、未知がいい。新しいものがいい!

 そして、このゲームを遊び尽くした私が見つけられる新しいとは。


 うん。隠しモンスターを探しに行こう。


 ふふふふふ。

 ここまで何も起きてないんだからいいよね。使っちゃっても。


 ああ、手元にあるこのスキルを、使いたくて仕方ない!

 

 

 ――今の彼女にあの日の危機感はなかった。


 

「もういい、使う。だって私はてるてるだから!」


 しばらくプレイヤーへのちょっかいは控えよう。

「よかったな、お前ら!」


 

 そう言って空に向かって、腰に手を当てグッドサインをする。小悪党として、ただのいちプレイヤーとして。

 




 その時は不思議と空気が――いつもより少し硬かった。

 しかし困ったことにそんなことは気にしない。それが【てるてる】だから。

 

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