第二話
強い衝撃波が遠くの木までも大きく揺らす。
木々の間を二つの影がまるで音のように一瞬で過ぎていく。
目の前には爽やかな夏風と木々の間から輝く穏やかな日差しが気持ちいい森。
ここは【ファリタス】、全てのプレイヤーの原点であり、始まりの街……
の次の街に伸びる道中だ。大体のプレイヤーはここでモンスターとの戦い方を学ぶ、いわばチュートリアルエリア。
初心者が練習に使うようなこの森で、
私は大人げなくただ弱いモンスターを狩りつくしていた。
『私ほどの強いプレイヤーがなぜこんなところに』だって?
確かに、私ほどのプレイヤーにここは相応しくない。
だがよく考えてみてほしい。私はてるてる、このゲーム最古参のプレイヤーだ。
他人へのちょっかいも楽しみではある。
が、ランクの高いエリアは遊んでいたりするもんだ、それも長時間。
しかし、序盤や簡単なステージはそうでもない。
始めたばかりの私は、結構はっちゃけていたし、様々なアップデートもあった。きっと見落としている場所もあるだろう。
さらにこのゲームは隠し要素がとても多い。
簡単に見つけることはできないがどこかには必ず何かが存在するというのが、このゲームの面白いところ。
それも一つに留まらない。隠しエリアに隠しモンスター、隠しNPC、隠しコマンド、etc……
私がまた探そうとしているのは、その隠れたなにかだ。
そして以前謎のメールから手に入れた見たことのないコピースキル。ウイルスとか、危ない何かかもしれないと一応通報はしたから、何かあったら通知が来るはず。心配していたが、運営からのアクションがないのだ。もしかしたらこれも隠し要素なのかも?そうであって欲しいな……
しかしこのスキルは何を伝えたいのか。
まあ考えても仕方ないし、一旦おいておこう。もう使ってしまうと心に決めたのだから。
私は探索を再開した。
当たり前ではあるが隠し要素というのは何がトリガーになるかわからない。
だからこそモンスター狩りでもなんでもするのがいいから、格下のモンスターを狩ったり、道なき道を進んでいる。
……のだが、なかなか進展がない。
枝をパキッとならし、草木をかき分け歩いていく。あるのは森の植物と雲がかかる青空だけだ。
せめて【境界の隙間】でもあればいいんだが。
【境界の隙間】とはこのゲーム独特の仕様の1つだ。
まずルナオンは、多くのプレイヤーがいる中、1人プレイを可能にするために、一つ一つのステージを大きく作り、そこからプレイヤーに見せる範囲を切り取る。
切り取られたエリアは他プレイヤーと被るところもあり、たまに別の誰かと遭遇することがある。
もちろん、みんなが集う共通マップも存在する。
そんな中、たまにマップのどこか端に、
隣のエリアに行くことができる亀裂が現れる。
それが【境界の隙間】。
入ったら確定で何かある。
まあ仕様だろうな、初期からずっと残ってるし。
「はあ、数時間やったが何もない。ここまでくると飽きてくるな」
眉をおろし、苦い顔になる。
目ぼしい物がない上に敵は弱いから、ただただイライラが募っていく。
やはり変化がないのが1番心にくる。
「なんのために私は…」
そうため息を着いた、その時だった。
足についた違和感に気がつく。まるでこびりついたようにとることができない。
下を見ると、糸のようなものが足に巻き付いていた。
それを見て、私は大きく動揺した。
このエリアのモンスターは主にゴブリンやスライムなどで、糸を使うものはいない。
急いで顔を上げ、周囲を見渡す。
イライラで気づかなかったか、見たことない地形に周囲は薄暗く、霧が不気味なほどやさしく流れている。
何より謎の糸が木々に絡みついて離さない。
これはどう見ても‘‘普通’’ではない。
ウィンドウのマップを確認する。
噂をすればなんとやら。 私はいつの間に入っていたのだろうか?
そこには久しぶりに見た【境界の隙間】の表示があった。
数時間の努力が報われ、ご満悦な私は早速探索を始める。
木々に巻き付く糸だが、しっかり見てみれば蜘蛛の糸のようだ。少し触って見たが、ネバネバしてる訳ではなく、シルクのように艶のある美しい糸だった。
「蜘蛛のモンスターか?」
アイテムとしてゲットできないだろうか?これだけ綺麗な糸、新しい装飾の素材として申し分ないぞ……
はっ!今はそこじゃない!探索に集中しよう。
糸に近づけた顔をパッとあげ、周囲を見渡す。
生き物の気配がない。
この感じ——ダンジョンだろうか?
確定では無いが1度入り口を探そう。こっち側、蜘蛛糸の密度が増えている方向がある。
先の見えない道を重く見据え、力を込めた一歩。
久しぶりの感覚に、鼓動が速くなる。
「あはっ!」
つい笑い声が漏れる。
やはり未知の探索はワクワクするな!
そうして私は進みに進み、足を止めた。
忘れ去られた白き門。
蜘蛛糸が導いたダンジョンの入り口は白に埋もれ、見つけられる時を待っていたかのように
それは荘厳に佇んでいた。
ああ、やっと見つけた。
口元が緩んで直せない。ここには強いモンスターはいるだろうか。何かお宝はあるだろうか。そればかりが頭の中で走り回る。
ダンジョンの名前は…【白い選択肢】。
元々名前を気にしないタチだった私は、久しぶりの隠しダンジョンという期待に背を押され、ためらうことなく足を踏み入れた。
空気が中に吸い込まれるように風が吹く。短い髪を揺らし目を開けるとそこは、外の木のように壁も床も白い蜘蛛糸に覆われている——わけでもなく、よく見る石造りのダンジョンだった。
薄暗く、外の霧に水分を奪われたのかここでは乾いた空気が漂っている。
正直拍子抜けはした。だが心配はしていない。
何もないなんてありえないから。
一見普通のダンジョン。
しかしそこに現れたモンスターは普通ではなかった。
前に立ちはだかるは、年やっている私でも初めて見る蜘蛛のモンスター。
「やっぱ隠しダンジョン!」
ほらほら言ったろ!大当たりだ。
私は早速、見慣れぬモンスターをまじまじと見つめる。
名前は——【ホワイトスパイダー】?
相変わらずそのまますぎて笑ってしまった。
頭から足の先まできれいなほど真っ白。
白磁のように冷たい質感に、私の胴体ほどある背丈。
上に乗っかられたら私はこいつに埋もれて何も見えないだろう。それほど大きい。
何よりすべてを見通すような赤い目が妙に印象に残る。
──あれ?どこかで……
いや、気のせいか。
うーむ。そうするとモンスターはこれだけの出来なのに、ダンジョンはぶっちゃけ言ってしょぼいのが気になる。
どうなっている?ルナオンの運営に限ってそんな中途半端な事するだろうか……
気になるところはあるが、まあいいか。せっかく来たんだ、早く始めよう。
私はインベントリから剣を取り出した。
名前は忘れたけど、確か性能がよかったやつ。
隠しダンジョン、攻略開始だ。
さあ何をしてくるか分からない。
相手を知るためにも、まずは無難な武器を使おうと剣を選んだ。
するとこのホワイトスパイダーは突然足をかちかちと鳴らし、
石でできてるはずの硬く冷たい地面を盛大に揺らし始めた。臨戦態勢に入ったか。
あの細い足でどうしてそこまでできるんだ?
しかし、そんな疑問をもつ余裕はなくなりそうだ。
今の揺れで、上から小さい蜘蛛が大量に落ちてきた。
カサカサという音が重複し、地面を埋めつくしていく。
「うぇ」
ついひょうきんな声が出たが、普通なら気持ち悪さで叫び出していた。
けれど不思議と嫌悪感がない。
この白い蜘蛛たちは——まるで雪が舞うように、美しいからだろうか
蜘蛛たちは瞬く間に私に向かって集まり出した。
すぐさま手に持つ剣で攻撃するがこいつらすべてを振り払うことはできず、なんなら何匹かは足にまで上ってきた。
たまらず、後ろに飛び下がるがあまり距離をとることができなかった。蜘蛛がくっついた足から異様に体が重い。
この蜘蛛どもは体を重くするデバフを付与してくるのか。
剣を振るって蜘蛛を払う。数匹は弾き飛ばせたが、それでも群れ全体には追いつかない。
的が小さすぎる、これでは埒が明かない!
向こうにはでかい蜘蛛もいるんだ、すぐにはらわなければ。
「剣じゃだめだ」
すかさずインベントリから、武器選びに迷っている暇はないので適当に──この、そこそこ使い勝手が良さそうな杖を選択。
出てきた杖をすぐさま掴み、手癖でくるくる回す。
手に馴染んだところで、急いでスキルを使う。
【フレーム・ファイア】
しかし蜘蛛は燃えることなく、そのまま突進してきた。
やばい!これ以上小さい蜘蛛に掴まれないようジャンプを繰り返す。
「くそ、普通は燃えるだろ!」
声は荒らげたが攻撃が当たったはずの蜘蛛を見る。焦げ一つない——これは防火素材か。
こいつらを早く引き剝がしたいから、この結果に苛立ちを隠せない。
あーもう落ち着け!
「火で燃えないなら物理的に引き剥がそう。」
私はまた杖を構え、
【エアロパルス】
体の周りから衝撃波のような風を放つ。
体に付いていた蜘蛛は現れた風の渦に飲み込まれ、吹き飛ばされて消滅した。
よかった、蜘蛛はしっかり離れたのか体がとても軽い。
軽くなった体を伸ばす。ようやくいつも通りの動きができそうだ。
手に持つ杖を操るようにぐるぐると回し、蜘蛛に向ける。
杖は茶色の光を帯び、攻撃を生み出した。
こいつらは数が多いだけでHPは少ない。
火は平気でも、大地の圧にはかなわないだろう。
生きる全てを地に返す岩石【ガイアストライク】
放った攻撃は見事クリーンヒット。大量に降り注ぐ岩の雨に小さい蜘蛛は形を崩し、消滅した。
攻略法を見つけた私はどんどん小さい蜘蛛をつぶしていく。
しかし、ふと思い出す。ここまできて最初に現れたでかいホワイトスパイダーは動かなかった。
そう、動かない。
ただ、じっと、私を見ていた。
なんだ?どうして攻撃してこない?気持ち悪い感情が頭の中で漂う。
小さい奴を倒し終わっても、こいつはただこちらを見つめるだけだった。
何がとはわからないが気味が悪い。
さっさと終わらせよう。
私はまた【ガイアストライク】を発動した。
その攻撃を確認しても尚、こいつは動かなかった。
そうしてそのまま潰され、光となって天に登っていった。
最後の一粒が消えるまでその光景を私は見ていた。あまり心地のいい勝利じゃないな。なんだかムズムズする。
私は杖をインベントリにしまい、しばらくその場に立ち尽くした。
ただただ、私を見つめるあの目が頭から離れなかった。
ここから何かおかしかった。
最初のホワイトスパイダーを倒し、奥まで進んで来たが、ここまで蜘蛛のモンスターはこちらを襲って来ず、様子を伺うばかりだった。
じっとこちらを見つめるその視線には、まるで品定めをされているような緊張感があった。
正直さっきみたいな面倒な戦闘は避けたかったから、なんだかほっとしたような、拍子抜けのような。
その後の道も、特に大きな分かれ道などもなくすぐにボスの部屋であろう扉の前にたどり着いた。
はあ、ここまで来るとまるで何かに導かれているようだ。
気持ち悪い。
正直、疑念は残る。
このダンジョン、何かがある。きっとこれは予感だ。
変な予感は信じた方がいい、長年このゲームをプレイしてきた私の持論。
だが......
「そんなもの、ボス部屋の魅力に勝るものではない!」
両手に力を込め扉に叩きつける。
爆音がダンジョン内を駆け巡り、周囲の空気は私から逃げるように入口に走り出した。
疑念?何かがある?そんなの知るか!ここまで焦らされて心配だから帰るなんてできるほど私は我慢強くない!何かの思惑なんてもう知らない。私は私の好きなようにやるんだ!
そう考えたら全て吹き飛んだ。
その目はキラキラとただ一点、目の前の扉のみ映す。
体と脳は理性を置いて勝手に動いた。
それは重々しく軋む音を立てながら、こちらとあちらの道を作った。
世界が広がるその瞬間だった。
その世界がぐにゃりと歪んだ。口から何かが出そうになるような、キーンと耳鳴りがし、鼓膜が強く捻られたような。そんな強すぎた気配が流れ込んできた。
目の前に、いる。
私はゆっくり顔を上げた。まるで、気配の主を怖がるように、この楽しみを味わうように。
そうして、薄目の瞳に写ったものは
想像を絶する大きさの白蜘蛛が、こちらを見下げる姿だった。
何だ、あれは……。
入り口の奴なんて比べ物にならない。
薄めていた目を大きく開く。
陶器のごとくつややかな白い胴体が視界を埋め尽くす。そしてあの赤い目が思考を奪う。
——これは楽しくなるな。
この圧の中親指と人差し指で四角を作り、ボスを覗き込む。不気味な程に美しいこのボスは、何を見せてくれるのだろうか。
「さあ、派手にやってやろう」




