第二話
2
強い衝撃波が遠くの木までも大きく揺らす。
木々の間を二つの影がまるで音のように一瞬で過ぎていく。
目の前には爽やかな夏風と木々の間から輝く日差しが気持ちいい森。
ここは【ファリタス】
始まりの街の先にある、初心者向けのチュートリアルエリア。
……そんな場所で、私は大人げなく弱いモンスターを狩りつくしていた。
「私ほどの強いプレイヤーがなぜこんなところに」だって?
もちろん、このゲーム最古参の私は、ランクの高いエリアで遊ぶことが多い。
だが序盤や簡単なステージも、始めたての頃に行ってからずっと見ていない。
見落としがどこかにあるかもしれない。
さらにこのゲームは隠し要素が多い。
隠しエリアやモンスター、NPCやコマンドなど、どこかには必ず何かが存在する。
私がまた探そうとしているのは、その隠れたなにかだ。
以前、謎のメールから手に入れた見たことのないコピースキル。
ウイルスかもと思って一応通報したが、運営からの通知はなし。
もしかしたらこれも隠し要素かも……そうであって欲しい。
まあ考えても仕方ないし、一旦おいておこう。
もう使うと決めたのだから。
当たり前だが、隠し要素のトリガーはわからない。
だから、格下のモンスターを狩ったり、道なき道を進んだりして探索を続けている。
……のだが、なかなか進展がない。
枝をパキッと鳴らし、草木をかき分け歩く。
あるのは森の植物と、雲のかかる青空だけだ。
せめて【境界の隙間】でもあればいいのだが。
【境界の隙間】とは、このゲーム独特の仕様だ。
ルナオンはステージを大きく作り、プレイヤーに見せる範囲を切り取って表示する。
端に現れる亀裂――それが【境界の隙間】で、入れば必ず隠し要素がある。
「はあ、数時間やったが何もない。ここまでくると飽きてくるな」
眉をひそめ、苦い顔になる。
目ぼしい物がなく、敵も弱い。
変化がないと、ただただイライラが募る。
「なんのために私は…」
ため息をついたその時、足に違和感を覚えた。
こびりついたように取れない糸が巻き付いている。
驚いて周囲を見渡す。
気づかなかったのか、薄暗く霧がやさしく流れる見慣れない地形。
木々に絡みつく糸は、明らかに普通ではない。
ウィンドウのマップを確認する。
そこには――
久しぶりに見た【境界の隙間】の表示があった。
◇◇◇
数時間の努力が報われ、ご満悦な私は探索を再開する。
木々に絡む糸とその形は――蜘蛛の巣。
そう、まるで蜘蛛の糸のようだ。触れてみると、絹のように艶やかで美しい。
「蜘蛛のモンスターか……?」
周囲に生き物の気配はない。
このパターンはダンジョンかもしれない。
糸の密度が増す方向を見定め、先の見えない道に一歩踏み出す。
しかしその足取りはだんだん速く軽やかになる。
久しぶりの未知の探索に、鼓動が高鳴った。
そして木々をかき分けたその先に、
忘れ去られた白き門があった。
蜘蛛糸に導かれ、白に埋もれたその入り口は、まるで見つけられる時を待っていたかのように荘厳に佇んでいる。
ああ、やっと見つけた。
口元が緩んで直せない。ここには強いモンスターはいるだろうか。何かお宝はあるだろうか。
そればかりが頭の中で走り回る。
ダンジョンの名前は…【白い選択肢】。
名前など気にしない私は、
久しぶりの隠しダンジョンという期待に背を押され、ためらうことなく足を踏み入れた。
――
空気が吸い込まれるように風が吹く。短い髪を揺らし目を開けると、そこは何の変哲もない普通の石造りダンジョンだった。
薄暗く、乾いた空気が漂っている。
少し拍子抜けしたが、心配はしていない。
ここに何もないはずはない。
一見普通のダンジョン。
だが目の前に立つのは、初めて見る蜘蛛のモンスターだった。
「やっぱ隠しダンジョン!」
ほらほら大当たりだ!
早速、見慣れぬモンスターをまじまじと見る。
「あれ?」
名前は——【ホワイトスパイダー】?
見慣れぬはずなのに、見たことがある。
頭から足の先まで、真っ白で、冷たい白磁のような質感。
背丈は私ほどもあり、上に乗られたら埋もれてしまいそうだ。
そして、赤い目がすべてを見通すようで、妙に印象に残る。
――どこかで見たような……
あっ、もしかして、拠点に出たやつ?
そしてモンスターは立派なのに、ダンジョンは意外としょぼい。
ルナオンの運営がこんな中途半端をするだろうか。
まあいい、せっかく来たんだ。攻略すれば何かわかるかも。
相手の動きを見るため、まずは無難な武器を選ぶ。
そうして私は、インベントリから剣を取り出した。
名前は忘れたが、確か性能は良かったはずだ。
隠しダンジョン、攻略開始だ。
途端、ホワイトスパイダーが足をかちかち鳴らし、石でできてるはずの硬く冷たい地面を盛大に揺らし始めた。
臨戦態勢に入ったな。
あの細い足で、どうしてここまでできるのか全くわからないが。
揺れと同時に、天井から白い影が降り注ぐ。
無数の小蜘蛛が床を覆い、カサカサと音を立てるだけで冷や汗が止まらない。
「うぇ……」
つい声が出たが、不思議と気持ち悪くはない。
それはこの白い蜘蛛たちが――まるで雪が舞うように、美しいからだろうか。
天井から舞い降りた大量の蜘蛛たちは一気におそいけかる。
だが剣を振るうが、数が多すぎた。
気づけば足に絡みつかれ、体が異様に重い。
「うわ、デバフか?」
ただ重いってレベルじゃない。
全身に重りがのったような感覚。後退も遅い。
このままじゃ押し潰される!
思わず舌打ちして、杖に持ち替え、炎属性のスキルを放つ。
【フレーム・ファイア】
しかし、蜘蛛は燃えない。焦げ一つ付かないんだ。
「耐性持ちかよ…」
まずはこいつらを体から引きずり剥がそう。
私は属性を風に変える
【エアロパルス】
体の周りから衝撃波のような風を放ち、
体に張りついていた蜘蛛は、
気持ちいい程風に乗り吹っ飛ばされた。
やっと軽くなった体を伸ばす。
これでいつも通り動けそうだ。
杖をくるくる回し、蜘蛛に向ける。
【ガイアストライク】
茶色の光が杖先に集まり、地を砕く一撃が地面に突き刺さった。
白い影はあっけなく霧散し、床から消えた。
小さな蜘蛛が消え、沈黙が流れる。
――顔を上げると、大きな白い蜘蛛が動かずこちらを見ていた。
そう。
ただじっと、見ているだけ。
なんだ? どうして攻撃してこない?
気持ち悪さが頭の中でざわつく。
小さい蜘蛛を倒しても、こいつはただ見つめるだけ。
気味が悪い……さっさと終わらせたい。
私は再び【ガイアストライク】を発動。
攻撃を放つも、動かない。
潰され、光となって天に昇る白蜘蛛を、
私は最後の一粒まで見届けた。
心地よい勝利ではない。あの目が、ずっと頭から離れない。
杖をインベントリにしまい、しばらくその場に立ち尽くした。
――
ここから、何かがおかしかった。
最初のホワイトスパイダーを倒し奥まで進むと、蜘蛛のモンスターは襲わず、様子をうかがっているだけだった。
その視線には、まるで品定めされているような緊張感があった。
正直、面倒な戦闘は避けたかったから、拍子抜けのような安心感もある。
やがてボス部屋らしい扉の前に到着。
……まるで導かれたみたいだ。
「気持ち悪い……」
正直、疑念は残る。
最近こう感じることが多いな、きっとこれは予感だ。
変な予感は信じた方がいい。
どこかのプロゲーマーが言っていた気がする。
……だが、
「そんなもの、ボス部屋の魅力に勝るものではない!」
両手で扉を叩く。爆音がダンジョンを駆け、空気が逃げていく。
ここまで来て帰れるほど私は我慢強くない。
やめておけばいいのに、体は脳を置いて勝手に動いた。
目の前で世界がぐにゃりと歪む。
キーンと耳鳴り、鼓膜が捻られるような強すぎる力が流れ込んできた。
ゆっくり顔を上げると、薄目の瞳に映ったのは想像を絶する大きさの白蜘蛛。
何だ、あれは……。
まさかここまで巨大で強大だとは。
入り口の奴とは比べ物にならない。
陶器のような白い胴体が視界を埋め、赤い目が思考を奪う。
――これは楽しくなる。
圧の中、手を広げボスを覗き込む。
あぁ、この不気味なほど美しいボスは、何を見せてくれるのだろう。
「さあ、派手にやってやろうか」




