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サルゴンは、雪原に転がされ、シェンハとエランドールから尋問を受けていた。
けれど、その口元から笑みが消えることはない。
「殺せ、シェンハ」
シェンハは舌打ちする。剥き出した牙と爪を戻すが、喉の唸りは収まらなかった。
「まだ殺さない。全て話してもらう!」
「ドラコニーと妖精王との繋がりは一旦置いておこう」
割って入ったのはエランドールだった。エランドールがサルゴンに笑いかける。
「何を企んでいる」
「企んでいるのはあなたでしょう。しかし、それも結構だ。まずは仮説を聞いてもらう」
言葉を区切ったエランドールをサルゴンが警戒する。
「私はね、『妖精王』自体がまやかしなのではないかと疑っているんです」
エランドールは僅かにサルゴンが反応したのを見逃さない。
「彼は幻術使いだ。それも触れれば消える陳腐な、ね。ならばなぜフェニクスはあんな言葉を残したのか?」
兵士たちが口々にエランドールに同意する。
――なぜだ?
「遺言という形で、あれ程の脅威を見せられれば、皆が震え上がる。『妖精王』の存在はひとりでに広がり、恐怖は伝染していく。それこそが『誰か』の狙いだったのではないか、とね」
サルゴンはただエランドールを見つめていた。シェンハが口端を上げる。
「最初の船が出た時。三領では利権争いが起こっていた。特に不利だったのは、力を持たないドラコニーだった」
「そんな記録はない!」
「記録はなくとも記憶がある。フェニクスには百年を生きる人間がいたんですよ」
サルゴンの額から汗が流れる。構わずエランドールは続ける。
「震え上がった民衆は何を求める? 『討伐』と『再調査』だ。……一つ目の船の話については記録も残っている。『壊滅した船の中に他の力の痕跡はあったものの、攻撃の痕跡はなかった』。――ではなぜフェニクスが死んだか?」
「やめろ! それはフェニクスの『秘密』だろう! こんなところで……!」
暴れ出すサルゴンを、シェンハが押さえつけ、エランドールは笑った。
「直接の死因は『生命力の枯渇』だ。彼らは互いに命を分け合い、力尽きた」
シェンハやライオネル、ドラコニーの兵だけでなく、フェニクス騎士団までもが動揺を見せる。
エランドールは笑みを深める。
「血は薄まった。今の我らにそんな力はない。試したければやるといい。――見つけた者から焼き殺してやる」
フェニクスの不死の焔が周囲を走る。エランドールの瞳孔が、獣のように鋭く細まる。
しかしそれに気づいたのはシェンハだけだった。
「『臆病者のフェニクス』ねぇ……」
エランドールが手を叩き、言葉を続けた。
「話を戻そう。問題は二回目の船だ。記録によれば、前回の反省からフェニクス以外の者も乗せている。ドラコニーだ」
甲冑が鳴る。兵士たちが顔を見合わせる。サルゴンの指先が雪原を掻いた。
「ライオネルが船に乗らないのは皆が知っていることだろう」
これにはシェンハが咳払いを返す。ライオネルは海に出ない。荒野に広い水溜まりはなく、泳ぎが苦手な者が多いのは公然の事実だった。
「さて。ならば、例の証言を残した生き残りは、果たして本当にフェニクスだったのか?」
「フェニクスだ!」サルゴンが叫ぶ。
「あいつは間違いなくフェニクスだ。ドラコニーにもそう残っている!」
「その通り。ただし、彼には伴侶がいた。ドラコニーの伴侶がね」
サルゴンが脱力する。彼の傍らに座り込んだエランドールが微笑む。
「知っていたとは驚きだ。俺はここまでたどり着くのに二十年かかったよ」
兵士がサルゴンを見る目が変わる。シェンハが咆哮を上げた。
「『魔法』が現れ、ドラコニーが力を取り戻したのはその後! つまり、一連の事件は『妖精王』が起こしたものではない! お前たちだ、ドラコニー!」
「三度目以降の航海に意味はない。二度目の航海で運び入れた死体こそが、隠匿された生きた『妖精』だったんだからな!」
エランドールがサルゴンを踏みつける。
「だとすれば必要だったのは『妖精』の血か? それで何を――妖精王は中央か!」
エランドールは馬に飛び乗った。血相を変えて出発したエランドールの代わりに、シェンハが言葉を継ぐ。
「必要だったのは『妖精』と『ドラコニーの血』。魔法使いはそうして作ったんだな」
「ははははは! 今更分かっても遅い! フェニクスでは駄目だった! ライオネルでも試したが劣等種ができたのみ! 我らドラコニーだけが! 魔力を作り出せるのだ!」
笑い続けるサルゴンへ拳を下ろしたあとで、未だ疑問を浮かべる兵士たちに、シェンハが答える。
「『混血』だ。ドラコニーお得意のな。勝手に研究したんだろう。そして、魔力が生まれてしまった」
「妖精にはドラコニーが必要だった! そして直系のドラコニーの女がまだ居る! フェニクスとライオネルが手に入らずとも、私は力を得られる!」
シェンハは今度こそ容赦なく、サルゴンに牙を剥く。
「娘をなんだと……!」
「送り込んだのはお前だ、シェンハ。今頃妖精王との子を授かっているはずだ。それが『契約』だからな」
シェンハが動く前に、雪原は血の海に染まった。
リュニヴェール・フェリークが動いた瞬間、柔らかな春の香りがした。会場を飾る花々はみずみずしく開き、暖かい風が吹いた。
アデレイドは春に包まれながら、静観した。「フェリーク」の名に反応する者はいない。それどころか、皆うっとりと、リュニヴェールの人間離れした容姿に酔いしれている。
――誰も、目の前の男が妖精王だと気づいていない。オーネットでさえ。これが、ドラコニーか。
リリアンだけが歪んだ翡翠の瞳でアデレイドとリュ二ヴェールを見ている。ならば。
「アデレイド・ドラコニーと申します」
アデレイドは恭しく、挨拶をした。
「君が僕の番になってくれるのかい?」
アデレイドが寄越した視線をリリアンが嗤う。
リリアンと同じ翡翠の瞳はどこまでも深く、純真な色を帯びていた。
「その前にあなた様とお話したく存じます」
「あら、素敵ね! 二人のためにぴったりの場所を用意してあるわ!」
リリアンの口ぶりにいい予感はしなかったが、アデレイドには場を混乱させることなく、妖精王自身を見極める必要があった。
「ありがとう、リリアン。けれど、まだ婚約したところなのよ。まさか密室に案内するはず、ないわよね?」
「え、えぇ! いいわ、まずはパーティを楽しみましょう!」
リリアンの乾杯の合図でシャンパングラスが鳴る。あの時隣に立っていた男はいない。
今のアデレイドのパートナーは、子供のように落ち着きなく視線を動かす妖精王、リュニヴェール・フェリークだった。
「お手をどうぞ」
作法を教える代わりにアデレイドはリュニヴェールを連れ出す。会話は聞かれず、二人きりにはならないテラスを選んだ。
「お姉様! 積極的ね」
「私、彼のことが知りたいの。邪魔しないでね」
「……もちろんよ!」
野次馬たちの視線がこれほどまでに強い味方になる日が来るとは。アデレイドはこの一ヶ月の自分を褒めてやりたい気分になる。
テラスの扉を閉めると、見目麗しい男性と二人きりになる。――これが本物の婚約者で、憂うものがなければさぞロマンティックだったでしょうね。
それでもそうはならないだろう相手を想い、アデレイドは笑みを零す。
表情を引き締め、じっとリュニヴェール・フェリークを観察した。彼は落ち着きなくテラスを歩き回り、目に入る全てを物珍しそうに眺めた。彼が触れたものは春になり、彼が離れれば痕跡も残さず春は消えていく。
「素敵ね」
アデレイドは淑女の笑みをたたえた。
「あなたがいればこの世はずっと春だわ」
「すべて、まやかしだけれどね」
リュ二ヴェールは寂しげに笑った。瞬間、彼が纏っていた春が消えていく。
「『幻術』ということ?」
「君たちはそう呼ぶね」
リュニヴェールが差し出した指先から無数の蝶が舞う。
「……私、似た力を知っているわ」
小さく握ったアデレイドの拳の中は汗で濡れていた。
「『魔法』のことかな」
「そう! あなたは知っている?」
無邪気な令嬢らしく、距離を詰める。未知の力が肌に触れ、アデレイドの全身が警戒信号を鳴らす。けれど、アデレイドは笑った。
極めて無防備にリュニヴェールの隣に立つ。
「元々、僕の力だからね」
「あなたが授けてくれるの?」
「いいや、僕にそんな力はないよ」
リュニヴェールの瞳に嘘はない。近づいた距離と再び現れた春の様相に、アデレイドの背中が凍える。
「……もしかして、怖いものを出せたりも?」
「はは! 君は僕と同じなんだね」
アデレイドは返事をせずに微笑んだ。
「キャッ」
現れた黒い影と、テラスが朽ちていく姿に目を覆う。指の隙間から、それらが広がり消えていくのをじっと見届けた。
慌てたようにリュニヴェールが駆けてくる。自然と臨戦態勢になる筋肉を弛緩させる。
怯えた令嬢を支える手はひどく、冷たかった。
「ごめんなさい。私が言い出したのに……」
俯いたアデレイドの頬にリュニヴェールが触れる。
「大丈夫。君も退屈だったんでしょ? 怖いものは退屈を紛らわせてくれるから」
リュニヴェールの瞳には、変わらず嘘も、陰謀もない。
「ありがとう……?」
「お礼なんていらないよ。君は僕の番だからね」
「番?」
「聞いたんだ。僕を怖がらない、僕を本当に『愛して』くれる人がいるって。君なんでしょう?」
無垢な翡翠に、総毛立つ。内心舌打ちをしながら、じっと目の前の敵を見据える。見えているものだけで言えば簡単に御せる相手。しかし、隠し玉があるとすれば、返答次第で命はないだろう。
まだリュニヴェールの力の全てを知った訳ではなかった。
「ふふ……愛は見つけるものではなく、重ねていくものよ」
「重ねる?」
「たくさんお話しないといけないってこと!」
アデレイドは震えを押し殺し、リュニヴェールの手を取った。リュニヴェールが笑う。
「魔法を君に授けることはできないけれど、僕たちの子供は絶対に強い魔法使いになるよ」
「えっ?」
「交合おう、アデレイド。愛は重ねるものなんでしょう?」
無垢な翡翠を前に、アデレイドは正体不明の恐怖に晒されていた。
――フェニクス領、領主の間。
埃を被った大鏡の前で、エランドールは服を脱ぎ捨てた。長時間馬を走らせたせいで、体中に汗が滲んでいる。
「エランドール様! いけません!」
「フェニクスは不死鳥なんだろ?」
「それは何代も前の話です!」
老齢の執事が、エランドールの放つ黄金を同じ黄金の光で押さえつける。
「そうか?」
「エランドール様は確かにお強い。しかし本当に不死かどうか……!」
「邪魔をするな。死にたいのか?」
「死ぬつもりなのはあなたでしょう!」
「はは! こりゃ一本取られたな」
軽快に笑うエランドールの額から汗が流れ落ちる。エランドールの皮膚から煙が上がっていた。
「分かりました。ならば……!」
必死の形相でエランドールを押さえつけていた執事の光が、エランドールの中へ取り込まれていく。
しばらくのち、執事の光が消える。
「これで『足りた』な。お前のお陰で死なずに済みそうだ」
「冗談を言っている場合ですか!」
エランドールに触れたままだった執事の手が、焼かれていく。咄嗟に離した瞬間、エランドールが黄金に包まれる。暖かな不死鳥の光が部屋を包む。
「フェニクスの家訓は!」
「『不死鳥は何度でも蘇る』!」
「そうだ。俺は死なない」
古い鏡が呼応するように黄金の輝きを放つ。
不死鳥の姿となったエランドールが光の速度で、鏡へと飛び込んだ。
「『秘術』ってのは、こういう時に使うもんだ」
光を失った室内で、執事は崩れ落ちた。




