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安い愛憎劇はもう終わり  作者: 鉢
第四章 不死
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「交合おう、アデレイド。愛は『重ねるもの』なんでしょう?」


 妖精王リュニヴェールはそのままアデレイドに触れた。金糸に指先を通し、口づけを落とす。腰を抱き寄せ、頬を撫で、唇に――。


「ふざけないで」


 テラスのガラス扉越しに、高らかに笑うリリアンが見えた。――とある偉大なお方。アデレイドは脳裏に浮かんだサルゴンの下卑た笑みに微笑み返す。


「……アデレイド?」

「あなたが欲しいのは私の体?」


 両腕をリュニヴェールの首へと回す。彼の肌に触れたところから、凍えていくようだった。


「君が僕の子種を欲しているんじゃなかったの?」


 なるほど。リリアンを視界に入れながら、リュニヴェールとの距離を詰める。


「あなたの仕事は『子種を与えること』?」

「仕事? 『契約』だよ」


 リュニヴェールが引き寄せた分だけ、アデレイドは柔らかに距離を取る。


「そう。『ドラコニー』との?」


 リュニヴェールが瞬きを繰り返す。端麗な顔立ちが笑みを形作る。


「君はドラコニーなのにドラコニーじゃないみたいだ」

「褒め言葉として受け取っておくわ」


 アデレイドの指先は冷えきっていた。さり気なく、けれど大きく距離を取る。緊張を続けた心身が悲鳴を上げている。


「では、なぜリリアンの言うことに従っているの?」

「リリアン?」


 疑問符を浮かべるリュニヴェールに、窓を示す。


「あぁ、あの子か。いや、僕が従っているのはドラコニーだよ。新しい、ドラコニーだ」


 この世のものとは思えぬ白い肌が、アデレイドを示す。全身を何かが不気味に這い上がる感触がした。避け損ねた腕が、アデレイドを抱く。


「今代は君なんでしょう。君自身が、僕の子を産む」


 翡翠の瞳に迫られながら、アデレイドの頭は急速に回転した。繋子、リリアン、偉大なお方、子種、ドラコニー。そして、竜血の指輪。


「なら、あの子の指輪には何の意味が?」


 震える指先が、熱を持たない掌に捉えられる。


「あんな指輪に、何の意味もないよ」


 繋がりかけた思考が霧散した。





――十年前。フェニクス領、領主の間。

 エランドール・フェニクスは机上に広げた資料を全て投げ捨てた。


「クソ! ドラコニーめ!」

「ほっほっほ……若い若い」

「父上! これは反逆です!」

「そう目くじらを立てるな。証拠がない」


 ベッドの老爺の瞳孔は鋭い。ライオネルの瞳孔が隠せなくなってから、父は領主の間で過ごしていた。といってももう、起き上がることもできない。

 父の中で同居するライオネルの血が父の寿命を削っていた。


「父上はなぜライオネルなんかに……」


「エランよ、『強さ』とは何だと思う」


 エランドールは静かに思考した。同時に父は長くないと直感する。


「フェニクスです。フェニクスこそが――」

「そうだろう。不死の力は強力だ。不死であれば『秘術』を使い、万年の時を遡ることもできる。しかし、果たしてそれは『真の強さ』だろうか」


 換気のため開けた窓から、北の冷気が流れ込む。

 父はそれを目を細めて受け止めた。


「北は過酷だ。だからこそフェニクスが統べる。真正面からやり合えば、勝てる者などいないだろう。では、我らに荒野を治めることは可能だろうか。フェニクスのみで三領を統治して、王位に立つことが」


 エランドールは首を振る。荒野には何度も連れられていた。ライオネルは気性が荒い。分かりやすい武力と「気質」でもって統治されていた。彼らの矜持と独特の気品はフェニクスにはないものだ。

 フェニクスの力を行使すれば、ライオネルはたちまち敵と化すだろう。


「わしはな、エラン。驕っておったのだ。ライオネルすら飲み込めると」

「その結果がこれですか?」


「我が息子ながら嫌味な奴だ。わしはライオネルに魅入られた。彼らの気高さに、その気質に」


「だからライオネルになったと?」

「それは優勝したからじゃ」


 父は誇らしげに笑う。それこそが「魅入られる」ということだろう。


「ではドラコニーはどうですか、父上」

「お前はドラコニーを欲しいと思うのか」

「はは!」


 噎せた父を起こし、背を撫でる。送ろうとした治癒の力は拒絶された。いつものことだ。


「ドラコニーを支配下に置くのは容易い。だが、あそこを治めるのは骨が折れるぞ」

「同感です」


 水差しを父へと手渡しながら、エランドールは満たされた心地だった。強風が吹き込み、窓を閉める。戻ると父は眠っていた。落とした資料を拾いながら、父の寝息を聞く。――ん?


「これは寝言だ」

「はい」

 エランドールはクスクス笑う。


「お前はライオネルの娘をもらえ」

「……フッ」

「出来ればドラコニーの血を引いてる者がいい」

「それから?」

「存分に尻に敷かれろ。――何だ、不満か?」

「父上、寝言では?」


 飛んでくる拳は避けなかった。現役の頃からは程遠いそれをエランドールは受け止める。


「お前のような男はそれが幸せじゃ」

「そうですかね」


 不満を隠さず琥珀色の瞳を見つめる。ライオネルの瞳孔は、確かに美しかった。


「笑え、エラン。ずっと笑っていろ」

「……珍しく父のようなことを言いますね」

「わしはずっとお前の父だ、馬鹿者」


 エランドールは飛んできたまま動かなくなった拳を握りしめる。


「ドラコニーは必ず尻尾を出す。長い長い、白い尻尾をな」

「父上?」


 父は鋭い瞳孔でエランドールを射抜く。


「『妖精王』は不死身だ」


「何だって?」


「古の鏡が必要になる。お前が歴史を終わらせろ。わしの力を持っていけ――」

「父上!」


 領主の部屋が黄金に包まれる。残されたのは有史以後初めての本物の不死鳥だった。





「盛り上がってきたわね! ほら、二人のために部屋を――」

「あぁ! リリアン。ちょうどいいところに!」


 テラスを開け放ったリリアンに抱きつくと、リリアンは頬を引き攣らせる。アデレイドはそのまま縋った。


「やっぱり駄目よ! 私エランを裏切れないわ!」


 涙ながらに訴えれば、妖精の魔力が解けた。

 突然の婚約に疑問を持たなかった民衆は、目の前の男の容姿に囚われていたに違いない。


「婚約破棄の話は聞いたか?」

「いや。そもそもフェニクス公爵がいない中で」

「そうだ、ドラコニー公爵も不在だぞ」


 周囲の疑念がリリアンとオーネット、そしてリュニヴェールに突き刺さる。


「ふふふ……あははは! 皆して私を馬鹿にして! 私はドラコニーよ! そして、次期ドラコニー公爵の妻となる女!」


 リリアンの手にはアデレイドとリュニヴェールの繋子契約書が握られていた。そこには確(しか)とドラコニー公爵の印が押されている。


「そうか『繋子』だったのか!」

「それならフェニクス公爵とは」

「待て。でもリリアン嬢は彼のことを『婚約者』と言ったぞ」


 ざわつく人々の目の前で、件の書類は引き裂かれる。そして――。


「これがあなたとフェニクス公爵の『婚約書』ね」


 続けて取り出した書類にはドラコニー公爵とフェニクス公爵のサインと、双方の印があった。それ以外のものを確認する前にそれは紙片と化す。


「どういうつもり?」


 アデレイドは冷静にこの局面を見ていた。

 白銀の男は薄い笑みをたたえたまま、ただリリアンを見つめる。最初に動いたのはオーネットだった。


「ドラコニー公爵として命じる!」


 その手には公爵位の移譲――正式な公爵位継承の書類が握られていた。


「これよりアデレイド・ドラコニーと、妖精王リュニヴェール・フェリークは婚約する!」


 アデレイドに叩きつけられた書類はドラコニーの正式な書面に記された婚約書だった。ご丁寧に公爵印も押されている。

 しかし、民衆が反応したのはそんなものに対してではない。


「妖精王……?」

「あの、外敵の――!」


 瞬間パニックが起こる。うっとりと見つめていた人離れした容姿は恐怖に変わり、皆が妖精王に背を向けた。我先にと逃げ出す人々で出口という出口が滅茶苦茶になる。――このままでは。

 アデレイドは咆哮した。持てるライオネル全ての力を振り絞り、天に向かって叫ぶ。


「聞け! この男は私の婚約者となった! あなたたちの敵にはしない!」


 静まり返った城内に、体重を感じさせない靴音が響く。


「じゃあ、僕たちは正式に婚約者だね」


 未知の力がアデレイドの全身を覆う。震え出す体を抱き締め、アデレイドは笑った。


「えぇ、いつまでも笑顔で隣に立てるように致しましょう」


 差し出された人ならざるものの手を取るアデレイドを、リリアンとオーネットは拍手で送り出す。人々は訳も分からずそれに従う。

 去り際、耳元でリリアンが落とす。


「アデレイド、私たちの勝ちよ」


 無数の拍手に見送られながら、アデレイドは隣の男を静かに観察した。

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