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――フェニクス領、北端。
エランドール・フェニクス公爵率いるフェニクス騎士団が、妖精王が目撃された場所へ、ドラコニー軍とライオネル軍を案内する。
「軍」と言ってもドラコニーとライオネルからは数人の兵士が来ているだけだった。万が一に備え、兵士はフェニクスを中心に編成してある。フェニクスであれば、ある程度の攻撃にも耐えうるからだ。
「ここか?」
「さすが。『ライオネルの牙』は鋭い」
シェンハ・ライオネル公爵の指摘通りの場所で、エランドールは馬を止めた。そこには僅かに力の痕跡が残っていた。
「この辺りで咲くものか?」
シェン八が見つけたのは、雪原を割いて咲く一輪の薔薇だった。兵士たちが息を飲む。フェニクス騎士団は特に強い警戒を見せた。
「見ての通り、雑草一本生えませんよ」
「だろうな」
「いけません!」
フェニクス騎士団長が声を荒らげる。それを無視したシェンハが一輪の薔薇を毟り取る。瞬間薔薇は彼女の手の中で灰と化した。
すぐさま、シェンハとエランドールが土を確認すれば、そこは元の雪原に戻っていた。
「『妖精王』か……なるほど。彼の者の持つ力については再検討の余地がありそうですね」
「話の分かる男は好きだよ。……あぁ、フェニクス公爵と言えば私の息子みたいなものか!」
突如砕けた調子で背を叩くシェンハに、エランドールは困惑する。あまりの強さに雪原に手をつくと、シェンハは鼻で笑った。
「軟弱者はライオネルにはいらないぞ」
「はは! ご安心を。彼女はフェニクスに連れ帰るつもりですので」
ライオネルの氷青が、フェニクスの琥珀を映す。開いた瞳孔が、エランドール・フェニクスを見極める。
「あの子に惚れてるのか?」
「それはもう、深く」
「……ははは! まあいい。連れ帰るつもりならあの子を乗りこなせ。来るなら、ライオネルを獲りに来い。以上だ」
シェンハの分厚い掌がエランドールを助け起こす。雪原に輝く金髪を見つめながら、愛しい婚約者を想う。
「それで? 妖精王はどこですかな?」
状況を静観していたサルゴン・ドラコニー公爵が口を開いた。シェンハが殺気立つ。
「それを調査中だ。ぼーっと突っ立っているだけでは『協力の意思がない』と思われるぞ、ドラコニー公爵」
「はっはっは。ライオネルは相変わらず手厳しい。私の足が悪いことは知っているだろう」
サルゴンが左足を引き摺りながらシェンハへ近寄り、頬に触れた。シェンハはすぐに叩き落としたが、それは既に夫婦の距離だった。
「……私たちは愛し合っていたと思ったのだがな」
「ハッ! お前の足が悪いのは周知の事実だろう。『誇り』とやらの弊害だな」
「フン。やはりライオネルはライオネルだ。己の狭い視野でしか物事を見ることができぬ」
「……どういう意味だ」
兵士たちが落ち着きなく周囲を伺う。
パンと乾いた音が響く。エランドールだ。続けて何度か手を鳴らし、仕切り直す。
「積もる話はあるでしょうが、まずは妖精王です」
「……そうだな。どうだ、何か分かったことは?」
シェンハが頭を掻きながら、エランドールに問う。エランドールの企むような笑みをシェンハだけが見ていた。
「どうです、ドラコニー公爵」
「どうもあちらの方が怪しいとは思わないか?」
「ほう?」
サルゴンが指したのは、崖の側だった。すぐに向かおうとするシェンハをエランドールが止める。
目配せの意味は分からなくとも、何かをするつもりだということは伝わる。シェンハは黙って後ろへ下がる。
「いいでしょう。私が確認してみましょう」
エランドールが踏み出した瞬間、崖はたちまち崩れ、エランドールの体が傾く。咄嗟に走り出したシェンハに首を振り、エランドールは羽ばたいた。
黄金の羽根が優雅に宙を舞う。呆気に取られるサルゴンの前にゆるやかに降り立った。
「さて」
パチン。エランドールが指を鳴らすと、崖はみるみる内に元の姿を取り戻していく。そして、戦慄くサルゴンの足元へとヒビが収束した。
「どうやら竜の炎が悪戯をしたようですね?」
「何のことだか……」
エランドールが肩に触れれば、サルゴンの体から隠匿していた竜の炎が現れる。
燻り燃え続けるそれは、先ほどエランドールが立っていた場所まで続いていた。
「ドラコニーも魔法が使えるとは」
「これは魔法ではない!」
「では、『幻術』ですか?」
サルゴンが言葉に詰まる。シェンハが周囲を嗅ぐ。
「……先ほど嗅いだものと同じ気配だな」
シェンハの言葉を受け、兵士たちも気配を辿る。よく訓練された彼らは家門を問わず、同意した。サルゴンは数多の視線に貫かれる。
シェンハの声が、雪原に轟く。
「妖精王の力の正体は、恐らく『幻術』だ。触れれば消える。こいつの体を覆っていた霧のようにな!」
サルゴンは瞠目し、口を噤む。
「どうやら幻術は持ち歩けるらしいが、妖精王の力をどこで得た?」
シェンハの静かな威圧が、サルゴンを震え上がらせる。袋のねずみが新たな言い訳を思いつく前に、ライオネルの咆哮が突き刺さる。
「それで? 妖精王はどこにいる?」
鋭く輝く琥珀と氷青は、サルゴンの深紅を逃がさなかった。
ドラコニー最大の社交場の中央で、贅の限りを尽くしたシャンデリアが輝く。皆一様に着飾り立て、自らの価値を示していた。
そこへ、黄金のドレスを纏う金髪の令嬢が、現れる。結い上げられた髪の隙間から婚約者の髪色を模した赤褐色の宝石が覗く。首には琥珀色の宝石が輝いていた。これらは祝宴の最終日に着る予定だった婚約者からの贈り物だった。
「贈り物が愛の証だというのなら君にも受け取る義務がある。土地の慣習には従うんだろう?」
そう言って渡された品々は決して急拵えのものではなかった。フェニクスの黄金に、彼の髪と瞳を模した装飾品。これほどの品を用意しながらも彼はアデレイドが受け取る気になるまで、じっと待ち続けていたらしい。
アデレイドの口元に笑みが綻ぶ。エランドール本人に見せないで済んだことを安堵しながら、なぜか少し惜しむような気分にもなる。
ホールの視線は彼女に集中した。赤い絨毯の上をゆったりと歩くその姿は間違いなく公爵令嬢であった。
「素晴らしいわ、お姉様!」
アデレイドを絶賛したのはリリアンだった。緋色の前髪を撫で上げているため、翡翠の瞳がよく見えた。ドレスは白。細かい意匠は凝らされているが、派手好きの彼女にしては珍しい選択だった。
「……似合っている」
頬を染めて俯くオーネットもまた、白を纏っていた。
「ドラコニーの色は、黒と赤では?」
「必ず纏わなければいけない訳ではないわ。お姉様だって、ライオネルの色を着なかったでしょう。フェニクスの色もようやく今日着たばかりじゃない」
――お前はライオネルだ。そう言いたいらしい。
アデレイドが初日に赤を選んだことは、リリアンの記憶から消えていた。もしくは、ドラコニーの色はアデレイドの色ではないと、言いたいのか。
昂ぶる感情を押さえつけ、アデレイドは息を吐いた。
「そうね。リリアン、白もよく似合っているわ」
リリアンの言葉も一理ある。公式の場でなければ、必ずしも家門の色を纏う必要はない。
今日この場は――一体何の場だ? アデレイドの背筋に冷たいものが走る。
「リリアン、今日は――」
「紹介するわ、お姉様の新しい婚約者。リュニヴェール・フェリーク様よ!」
リリアンの紹介で霧の如く現れたのは美貌の男だった。白銀の髪はシャンデリアよりも輝き、翡翠の瞳は深淵のように深い色を携えている。
「フェリーク」の名。そして、纏った白に流れる意匠には、見覚えがあった。
――リュニヴェール・フェリーク、彼は妖精王だ。




