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少しでも情報を得るため彷徨いていれば、予想通り、見慣れてしまった緋色が飛び込んでくる。
「お姉様……!」
リリアンは既に涙目で、アデレイドに縋り付いた。
「どうしたの、リリアン。こんなに泣いて……」
「お姉様。私、オーネットと結婚するわ!」
翡翠の瞳を揺らしながら微笑むリリアンは、どこからどう見ても幸せに溢れた新婦だった。左手の薬指には竜を模した指輪が嵌められている。
サルゴンの話が真実だとして、リリアンが何かを知っているようにはやはり見えない。そうなると、アデレイドにはどうしても祝福することはできなかった。
「……あなた、本当にそれでいいの?」
「え?」
「オーネットと、あなたは兄妹よ。法律で保証されているとしても、フェニクスとライオネルはどう思うかしら。それに、サルゴンは一生あなたを――」
「ふふふ……あはははは! 悔しいの?」
アデレイドの「純朴な妹」は、歪んだ笑みを浮かべた。緋色の髪と翡翠の目はまさに毒蛇だった。
――私は何を見ていたのだろう。
「悔しい? 私はエランドール様と結婚するのに、何が悔しいというの?」
せめて目的が知りたい。無知な姉として言える精一杯の言葉だった。
「ふふ……」
リリアンは勝ち誇ったような意味深な笑みを浮かべる。慎重に観察しようとしたアデレイドを、リリアンは嘲笑った。
「いや! お姉様……!」
それから、「オーニーも自分のものにしたいんだわ!」と泣き出したリリアンと、「また妹を――俺の妻をいじめたな」と正義感を掲げるオーネットの相手をして、アデレイドは自室に戻った。
「考えを改めなさい、アデレイド」
――彼女は間違いなく「何か」を知っている。
異常な疲労感を抱えながら、アデレイドは思考した。
申し訳程度のノック音と共にフェニクスの気配を感じる。
「思うんだが、君はなぜあんな茶番に付き合っている?」
「エラン!」
扉の傍らに背を預けて立つエランドールを見て、扉を閉め忘れていたことに気づく。
「あなた、どこにでも現れるのね」
「俺は『客人』だからな?」
「『客人』はもう少し大人しくしているものよ。まして婚姻前の女性の部屋に忍び込むなんて」
「扉は開いていたと記憶しているが。それより、どうなんだ」
エランドールが距離を詰めてくる。この距離感は夫婦のものだ。けれど、二人は見つめ合うというより、睨み合っていた。
「情報が欲しいからよ」
アデレイドの声は震えた。
「それで、あの女から何か得られたか?」
「『何か』知っている」
「だろうな」
エランドールの軽薄な返答に苛立ちが募る。奥歯を噛み締め、睨みつけると、エランドールは口角を上げた。
「それだけのために、あんな茶番に付き合うのか?」
全てを見透かす琥珀色を壊してやりたい気分になる。アデレイドは顔を背け、吐き捨てる。
「ここが『ドラコニー』だからよ」
「またそれか」
「家門には、その土地には、規律と法則がある」
「そのためにわざわざ自分を変えるのか」
「変えてないわ!」
アデレイドは抑えようのない憤りを覚える。拳を強く握り、牙の射程に踏み込んだ。エランドールは距離を取らない。グルグルとアデレイドの喉が威嚇音を上げる。
「そうすればいい」
「は?」
「そうして威嚇してやればあいつら程度、尻尾を巻いて逃げ出すだろう」
アデレイドの脳裏に一ヶ月前の記憶が蘇る。
「今私を侮ったわね!」
「ヒッ……怖いわ、兄様……」
「アデレイド! 今すぐその野蛮な牙をしまえ!」
獅子の牙を剥き出したアデレイドを、オーネットは震えながら罵倒した。構わず食いちぎればいい。ライオネルではそうしてきた。しかし。
「お前の母もそうだったな」
「父様……!」リリアンは父に縋る。
「お前の母もそうやって、私に噛み付いてきた」
「ドラコニー公爵。ご自身のしてきたことの報いでは?」
瞬間、竜の炎がアデレイドを灼いた。咄嗟の判断とライオネルの血がアデレイドの危機を救ったが、ふくらはぎの火傷は免れなかった。負傷した足が、一歩遅れる。
「『武力を誇るライオネル』、結構だ。脳も気品もない女が、ここで何ができるか見物だな」
アデレイドは咆哮した。怯え、竦むオーネットとリリアンの傍らで竜が嘲笑う。ここでこの男を殺すことは容易い。けれど、それが真に「勝利」と言えるだろうか。
アデレイドは視線を落とした。貴婦人の長いスカートに隠されたふくらはぎには、火傷の痕がまだ残っている。
「……『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』」
アデレイドの深紅の瞳の奥で獅子の怒りが揺れる。ただ見つめてくる琥珀を見返し、アデレイドは続けた。
「私がここで得るのは『武力の勝利』ではないわ」
「勝ちは勝ちだ、違うか?」
「私は勝ってライオネルとなる。……あなたには分からないわ」
戸惑うエランドールを押し出し、アデレイドは乱暴に扉を閉めた。
――ライオネル領、領主の間。
床には巨大な虎の毛皮。石造りの机は一体何で加工されたものなのか。その答えは彼らが持つ鋼鉄の斧と、その強さにある。最高級の革をなめした柔らかなソファに、剛腕が並ぶ。
机を囲む男たちは皆、筋肉を見せつける格好をしていた。その筋肉を豪華な毛皮のマントが彩る。女たちの体もまた、鍛え抜かれている。纏った毛皮は全て自ら手にした戦利品だ。一目で実力があらわになるのがライオネルの正装だった。
一際荘厳で豪華なマントを付けた女は、鋭い牙で模した冠を被っていた。氷青の瞳の中で獣の瞳孔が細まる。伏せられた睫毛は憂いを帯びていた。
「珍しいな、シェンハ」
「領主様と呼びな!」
彼女の持つ巨大な戦斧の柄が、男の腹に突き刺さる。床に付した大男を見て、周囲が笑いに包まれる。
「ちょうど娘を千尋の谷に突き落としたところでね」
皆の顔色が変わる。隠れていた瞳孔が開き、色めき立つ。
「お嬢がどう暴れてくるか、楽しみだ」
「羽虫共が束になっても敵わねぇだろ」
「黙れ馬鹿共」
領主の威嚇が場を制する。
「だから『野蛮だ』と罵られんだよ」
威嚇時に足を乗せた石机に入ったヒビを見て、サー・ファング――ライオネルの牙たるシェンハ・ライオネルは、咳払いをした。
「アデラには『政治』を学んできてもらう」
「それこそ得意分野でしょう!」
「ほとんどお嬢が治め――」
「だから馬鹿だと言っている! いいか。私はもう、ライオネルを脳なしとは呼ばせない」
獅子たちが声を上げる。ビリビリと皮膚に染み渡るそれを一身に受け、シェン八は波々と注がれたエールを一気に干した。
「『ライオネルは誰にでも門戸を開いている』」
獅子の唸りが部屋を揺らす。
「だからこそ、舐められる訳にはいかないんだ」
ガツンと大きな音を立て、石机が崩れる。シェンハの置いた木と鉄のジョッキは粉々に砕かれていた。
「全部食ってこい、アデラ。愚かな爬虫類共に飲まれんなよ」
誇り高き領主は口元を拭った。




