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公爵三家には、古より伝わる遺物がある。フェニクス家の「不死鳥の鏡」、ライオネルの「金色の獅子像」。そして、ドラコニーの「竜血の指輪」である。
その全ては本来の力を失い、領主に受け継がれる儀式的な意味合いを残すのみだと、伝えられている――。
――神獣国クレアチュール。ドラコニー領、領主の間。
「お父様、今何と?」
「アデラ、不満か?」
竜を模した領主の椅子に座ったサルゴン・ドラコニーは、テーブルを打った。
そこにはオーネット・ドラコニーと、リリアン・ドラコニーの婚約書があった。
「いえ。出過ぎた行いでした」
アデレイドはすぐに頭を下げた。
口に出すもおぞましいこの行為は、ドラコニーにとって「誇り」だ。
「オーネットは私の息子だ」
躊躇いなく発された言葉にアデレイドは瞠目する。オーネットは兄の子であろう。けれど、サルゴンに迷いはない。
「そしてリリアンは繋子だ。ドラコニー史に残る婚姻となろう」
――理解不能だ。ドラコニーはそもそもが違う。
「既に『竜血の指輪』も渡してある」
「お父様! それは……!」
「『自分にこそ相応しい』とでも言うつもりか? お前には別の役割がある」
そんなつもりはない。しかしアデレイドは何も言えなかった。
サルゴンの深紅が、同じ色を灯すアデレイドの瞳をじっと見つめる。表情から何も読み取ることができないのは、古狸との経験の差だろうか。
「竜血の指輪」。それは領主の妻に贈られるドラコニーの遺物だった。文字通り竜の血で作られたとされ、ドラコニーの血と、より強固な血を繋ぐものとされている。
しかしそれは果たして本当に儀式上の意味合いだけであろうか。
「アデラ。お前はドラコニーの直系だが、ライオネルでもある。お前にはフェニクスとの架け橋になって貰いたいのだ」
慈しむような瞳の奥に暖かさはない。ただ冷えた圧力が、鋭くアデレイドを刺していた。
ライオネルにも古より伝わる遺物がある。「金色の獅子像」には、一代に一度開かれる武闘会の優勝者のみが触れられる。獅子の加護が受けられるという栄誉ある儀式の実態は、「真にライオネルの力を授けること」だった。領主、次期領主にのみ伝わる秘術である。
そしてその力は血となり、脈々と受け継がれていく。
――では、「竜血の指輪」は?
茶番劇のヒロインが突如毒蛇の如くアデレイドを蝕む。リリアンの浮かべた笑みは本当に、ただの嫉妬に狂った女のものだったのだろうか。
退出を促され、アデレイドは素直に領主の間を後にする。
混乱した頭で発言すれば足元をすくわれる。まずは裏を取るところからだ。
「それで? 俺の婚約者は何にそんなに頭を悩ませている?」
「あなたには関係ない」
忙しい時に限って、「お茶会」などがあるドラコニーは悔い改めた方がいい。幸い相手は偏屈な婚約者だったので、アデレイドは構わず情報整理を進めた。
「関係ない?」
どれほど眉が歪んだか確認するだけのつもりだった。目の前にエランドールの顔があり、咄嗟に掌を挟む。
「近い」
「そこは頬を赤らめるところでは?」
「ならもう少し色っぽく迫ってみれば?」
その言葉に妙なやる気を出したエランドールの眼前に書類を垂らす。
「何だ?」
「お分かりになりませんか、フェニクス公爵」
庭園での「アデレイド嬢」の仕返しには反応せず、エランドールは書類に釘付けになった。
「恐ろしい話でしょ?」
エランドールが書類を捲る音だけが響く。アデレイドはじっとエランドールの琥珀色を見つめた。
「ドラコニーを潰すつもりか?」
「近親婚は彼らにとって『栄誉』よ」
「……やはり嫁に来るべきでは?」
「あら、私には苗字がもう一つあるのよ」
ふ、と空気が緩む。柔らかく微笑むエランドールから書類を奪い、簡潔に伝える。
「ここ、改竄されてる」
オーネットの情報は巧妙に書き換えられていた。よく見なければ分からないが、インクの色が違う。
サルゴン・ドラコニーの兄には子がいなかった。
「ただ――」
「『断言もできない』」
アデレイドとエランドールの声が重なる。深紅と琥珀が交わり、互いに頷く。
サルゴンの兄の子は死産だった。そこにオーネットの名が書き足されているのは事実。けれど、その子がもし生きていたとすれば、オーネットと同じ年頃だった。
「どこかで孤児を見繕ってきたか、『本物』か……。なぜこいつを疑った?」
「私は兄の炎を見たことがない。それから、目の色」
エランドールがアデレイドの瞳をじっと観察する。
「なるほど。濁りがない……情熱的で艶やかな深紅。美しいな……」
近づいてくる美貌。顎に添えられた紳士的な指先から逃れる。
「それはどうも。オーネットの瞳は良くて『赤褐色』よ。とても、純血だとは思えない」
サルゴンの親は、実の兄妹同士というドラコニー史に残る濃度の高い近親婚をしていた。
生まれたサルゴンとその兄は強いドラコニーの血を持って生まれたという。そして、兄の妻もまた、ドラコニーだった。
「おかしいでしょう?」
「確かにな。――それだけか?」
エランドールは試すようにアデレイドを見る。急激に羞恥を覚え言い淀むが、机と逞しい両腕に阻まれる。
「……名前よ」
「『オーネット』、正直者か。……ははっ!」
「だから言いたくなかったのよ!」
サルゴンの性格を考えれば絶対に選ばない名だというのはただの直感だ。
赤面するアデレイドを存分に笑ったあと、エランドールは姿勢を正す。
「いや、案外いい線かもしれないぞ」
「え?」
「ドラコニー領の孤児院を調べさせよう」
「助かるわ」
アデレイドは書類の写しをエランドールへ手渡す。
「……信用していいのか?」
懇願するような、拗ねるような表情を見て、今度はアデレイドが笑う。
「必要でしょう。受け取りなさい」
「では、遠慮なく」
エランドールは恭しく頭を下げ、部屋をあとにした。
机上には「リリアン・ドラコニー」の資料が積み重なっている。けれど。
「『とある偉大なお方』ね……」
その男の情報だけはどうしても見つけることができなかった。




