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アデレイドの金髪はライオネル――獅子の血を引く証だった。深紅の瞳はドラコニーの竜の血統を表す。血族全てにこの特徴が出る訳ではないが、当主になるような実力者には必ず備わっていた。
自慢の金髪を靡かせ、深紅のドレスに身を包んだアデレイドが、強敵の前に立つ。
「ご機嫌よう、フェニクス公爵」
「エランドールだ。エランでもいいぞ」
「恐れ多いですわ」
手を取る二人は視線で互いを牽制し合う。エランドールの琥珀色の瞳の奥が揺れていた。癖のある赤毛が視界に入る。
フェニクス家直系である証を見ずとも、本能からも感じられるほど、エランドールのフェニクスの力は強い。
アデレイドは政略結婚自体には反対ではなかった。互いの家にとって利になるのであればすればいいとさえ思う。それほどに血というのは重要だった。力に直結するのだから。
フェニクスと言えば不死鳥だ。竜の炎にも耐え、獅子の牙にも屈しない。高い治癒力も誇り、防御力なら随一だった。
公爵家はライオネル、ドラコニー、フェニクスの三家だが、フェニクスがその「特性」から一つ頭が抜き出ていた。
フェニクスは不死ではないが、長寿だった。それ故、代々宰相を輩出しており、国王に次ぐ地位を持っている。国王は形ばかりの象徴だ。
実質のトップはフェニクス。しかし、彼らは温厚で、欲がない。「臆病者」と揶揄される慎重な姿勢により、三家の均衡は保たれていた。
――それが、ライオネルの気性と合わされば。
実はエランドールの血筋は婚約者としては完璧だった。ただし、彼が目的を達成したアデレイドに「婿入り」するなら。
「結婚したらフェニクスの地に城を建てよう」
「『冬の街』にですか?」
「フェニクスでしか見られないとっておきを見せてやる」
「私寒いのは苦手ですの……」
「ライオネルは案外柔なんだな」
――これだからこの男の相手は疲れる。
アデレイドは笑みを絶やさず切り返す。
「……私はドラコニーですが」
「母君はライオネルだろう?」
「フェニクス公爵は荒野にご興味が?」
「エランだ。アデラ」
「けれど、天を裂く獅子の咆哮に飛び去ってしまわれないか心配ですわ」
ライオネルを侮った罪は重い。
令嬢として言える言葉には限界があったが、拳に力が入ったのを見るに、多少の効果はあったらしい。
「試してみるか? 不死鳥の灯火が消えるのが先か、獅子の牙が折れるのが先か」
「私には竜の炎もあることをお忘れでは?」
「ならば、私を灼いてみるか?」
まるで愛する者を見つめるような熱を灯した瞳がアデレイドを射抜く。腰に触れる骨ばった手を退けながら、アデレイドは鋭い視線を返した。
「あなたにそれほど焦がれているように見えまして?」
「はは! 努力しよう」
エランドールは距離を取る。改めてアデレイドの前に立ち、礼を尽くす。
「お手を」
アデレイドも最敬礼でそれに応えた。
結局エランドールは最後まで外したままの婚約指輪には触れなかった。代わりに、空いた薬指を優しくなぞる。見上げた琥珀色の瞳は悪戯に笑った。
この世で一番厄介な男のエスコートを受けながら、アデレイドはドラコニーのご令嬢らしく微笑んだ。
さて。
ようやく厄介なエランドールと離れられた途端、自らワインをかぶり足元に転がったこの女をどうしてやるのがいいだろうか。
「お姉様! ごめんなさい! 私そんなつもりじゃ……」
これを放置しても構わないが、せっかく傾いてきた噂を元に戻してやるのも少し惜しい。
「シッ! リリアン。皆が見てるわ。あなたの失敗は見なかったことにしてあげるから、すぐに着替えて! 私の最上級のドレスを譲ってあげる!」
「お姉様! 酷い! 私が――」
「チッチッ、分かってるわ、リリアン。私のドレスが羨ましかったのよね。大丈夫、今日はあなたが主役よ! 行きましょう!」
なおも抵抗を続けるリリアンを獅子の呻きで黙らせる。「魔力は神獣の力に劣らない」と言うが、最高の魔法使いがこれとは。
表向きは妹思いの姉として突き進もうとした瞬間。
「酷いわ、お姉様! 私とオーニーは本当に愛し合っているのに!」
――は?
つい素が漏れ出そうになり、対応が遅れる。しまった、と思った時には手遅れだった。
「ドラコニーを侮辱するなんて!」
そこは、ホールのど真ん中だった。遠くでグラスを傾けていたエランドールがこちらをじっと見据えた。
「ごめんなさい……私ったら……」
震えて俯く姿には説得力があった。
純朴で心優しい「ドラコニーの可憐な花」の口端が毒々しくつり上がる。「返り咲いた蛮族」の言葉は届かないだろうと、言いたいらしい。
――ライオネルを舐めるなよ。
「酷いわ、リリィ! 私はドラコニーではないと言うの?」
ライオネル仕込みの咆哮がホールを揺らす。
可憐なリリアンでは届かなかったドラコニー公爵のところまで、響き渡ったことだろう。
「今日はアデレイド嬢の歓迎会では?」
「やはり虐められていたのは姉の方だったのか」
「最近のドラコニーは騒ぎばかりだ」
民意と現況の把握は領主の務めだ。アデレイドには幼少期から刻まれている。そのために一ヶ月ドラコニーを観察し続けた。
血相を変えたオーネットが人混みを掻き分けてくる。
ドラコニー公爵の真紅の瞳がこちらを向いた。
「リリィ! アデラ! 何の騒ぎだ!」
「お兄様も酷いわ! 歓迎してくれていると思っていたのに……!」
アデレイドは泣き崩れる。
アデレイドから話が聞けないと分かれば、オーネットがやることは一つだ。
「どういうことだ、リリィ!」
「違うの、お兄様……! 私は……」
「今日はアデレイドの歓迎パーティだぞ!」
「オーニー、罵倒されたのは私よ!」
周囲のざわつきを聞き流しながら、アデレイドは涙を流すことに没頭する。ここで笑みを漏らせば三文芝居に成り下がる。
「さぁ、アデラ。立つんだ」
「お兄様……リリアンは『魔法』を使える。私なんて戻らなければ――」
唐突な圧力がホールを包む。高位のドラコニーのものだった。――大物が釣れた。
ゆったりと左足を引き摺るようにして、サルゴン・ドラコニー公爵が現れた。
皆が平伏する中で、エランドールだけがグラスを傾けていた。
「アデラ、リリィ、騒々しいぞ」
「ごめんなさいお父様……」
リリアンは急にしおらしくなる。
「お父様」
口に出した瞬間感じた違和感をアデレイドは飲み込む。
「私はドラコニーとしてここに立っています。あなたの娘として」
「うむ、そうだな」
ドラコニーの漆黒の髪は艶を持ち、深紅は光り輝く。齢五十を迎えても若々しさは衰えず、欲深さを隠すことのない瞳。一体「父」は何を得ようとしているのか。
「私はただ婚姻のために呼ばれたのですか? あなたたちの家族ではないと?」
こんな場所で、こんな問いで尻尾を出すはずがない。けれど、真の勝利の条件を知る足掛かりくらいは得られるかもしれない。
「アデラよ。私がお前を見つけ、どれほど安心したか分かるか」
サルゴンは目尻を下げ、瞳を潤ませた。
「お前は娘だ。ようやく見つけた大切な娘に早く婿を取らせてやりたいと思うことの何がおかしい?」
ピクリとアデレイドの眉が上がる。つまり、ただ婚姻のために呼んだということだ。それも「婿入り」を望んでいるらしい。
ドラコニーの傲慢は、アデレイドに確かにヒントをもたらした。
――結婚したらフェニクスの地に城を建てよう。
アデレイドの脳裏に、エランドールとのやりとりが浮かぶ。答えはすぐに示される。
「ドラコニー公爵」
「おお、これはこれは『婿殿』ではございませんか」
華々しく美しいエランドール・フェニクス公爵の登場にホールが沸き立つ。エランドールはそっとアデレイドの傍らに立った。
「はは、ドラコニー公爵、気が早いですよ」
「娘も乗り気なようですからな」
エランドールの余裕が僅かに崩れるのを確信として、アデレイドはエランドールの腕を取った。
「えぇ。今日もたくさんお話しましたの。例えば――『北の地に住んでみたい』とか」
反応したのはサルゴンだけではなかった。エランドールが見たこともない悪どい顔でアデレイドに微笑みかける。
「フェニクスには広大な土地がありますから」
「ですが、不便では? 中央にはいろいろと揃っておりますから。いつでもいらして――」
「いやだわ、お父様! まだ婚約したばかりだと言うのに……」
アデレイドは呼吸を早めることで頬を赤らめさせる。両手で顔を覆うことで、足りない部分を補う。
「そうだな。またゆっくり話そう」
「フェニクスの門はいつでも開いておりますので」
エランドールの笑みには迫力があった。
サルゴンが次の一手を出す前に、アデレイドが先手を打つ。
「まあ! まだ決まっていなかったのね!」
努めて大声で、民衆に知らせれば、サルゴンは小さく呻き、エランドールは笑った。
どちらにも迎合せず、アデレイドは続ける。
「皆様、今日は私の歓迎会にいらしてくださりありがとうございます。こうして父の想いも再確認でき、恐悦至極に存じます」
そして、父と婚約者の分もグラスを受け取り、パーティを再開させた。




