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4.神話の真実

「もう帰るの?」

「まだ長くは空けていられないから」


 クレアチュール国王夫妻の滞在は三日だった。それでも今までで一番長くいられた。苦い顔をするアデレイドの金髪をエランドールが撫でる。寂しげなリュニヴェールには、しかし応えることはできない。


 神獣国クレアチュールの変革は余波を残していた。法の整備が進んだことで落ち着き始めているものの、集権を危惧する声は無視できなかった。国へ帰属したとは言え、領主は領主であったし、エランドールは宰相と領主を兼任していた。アデレイドもまた今回の武闘会で「ライオネルの牙」を獲るつもりでいる。

 妖精国との関係は実質回復している。条約を結び国交回復を宣言するだけのことが、未だできずにいた。


「あーあ。フェニクスは僕の親戚なのになぁ」

 その言葉にアデレイドの思考は一気に霧散する。


「今なんて?」

「親戚? 俺とお前が?」

「正しくは不死鳥が、だけどね。空(そら)の生き物だから」

「こういう話を聞くとあなたが神話の生き物なんだって実感するわね……」


 ざっくばらんすぎる分類に呆けていると、リュニヴェールの背に羽が生える。幻惑の羽は片翼が黄金、もう片方が妖精のものだった。「あ」と声が上がり、幻惑が立ち消える。


「そうそう、『神話』。あれ、大体事実だよ」

「え?」

 エランドールとアデレイドの声が重なる。


「僕らが生まれた時には不死鳥はもういたけど――」


 リュニヴェールの話をまとめるとこうだ。

――妖精も不死鳥も、元は大気を漂う光だった。それがそのまま実体を持ったのが妖精で、動植物から生命を得たものが不死鳥。そして、妖精と不死鳥は些細な喧嘩で袂を分かち、不死鳥が降り立った場所が今の神獣国だった。


「……『些細な喧嘩』?」

「どっちの方がより不死か。決まらなかったけどね〜」


 アデレイドが頭を抱える。不死鳥を継ぐエランドールまでもが脱力した。


――そして、神獣国で暮らしていた不死鳥の元へ、強き者を求めた獅子が現れる。決着が付かぬまま、不死鳥は空へと飛び立つが、獅子は幾度も挑んだ。


「『諦める』の文字がないのは獅子の方だったんだな?」

「今は不死鳥がしつこいくらいだけどね」

「情熱的なのがお好みか?」

 近づいてくる色男の顔を掌で覆う。


――不死鳥と獅子。長期に渡る戦いで遂に大陸が裂けた。一方には雪が吹き荒れ、一方には荒れた土地が残った。雪原を不死鳥が、荒野を獅子が縄張りとした。

 それがのちのフェニクス領とライオネル領である。


「だからアデラとエランは喧嘩しちゃだめだよ」

 妖精王はあっけらかんと笑った。ライオネルの瞳に火が灯る。


「大陸が裂けるほどの戦いに興味は湧くけどね」

「俺に君を殴れると思うか?」

「あら、やっぱりフェニクスは臆病者なのね」

 瞬間燃え上がったフェニクスの瞳孔が細まる。


「はい、お終い」


 手を叩いたリュニヴェールのお陰で、不死鳥と獅子の戦いは始まることなく終結する。


「愛しい妻と戦うなんてな」

「ふふ、いずれお手合わせ願いたいけど」


 金糸をなぞる男の瞳孔は戦いに臨むまま。受け取る女の瞳もまた、好戦的な色を帯びていたが、はたと気づいて翡翠を見上げた。


「竜は?」

「どこからともなくやってきた」

「獅子もそうじゃないの?」

「獅子は元々この世界のものだよ。竜は本当にどこから来たか、誰も知らないんだ」


 アデレイドの背筋を悪寒が駆ける。


「竜はその炎で、裂けた大陸を繋いだ。それから不死鳥と獅子の仲を取り持って、大陸はひと続きになった」


 エランドールとアデレイドが顔を見合わせる。


「竜の印象が違いすぎないか?」

「そりゃそうだよ。ドラコニーは竜の力をもらった訳じゃない。奪ったんだから」

「『奪った』?」

 ドラコニーの深紅が怪訝に歪む。


「『竜は人々に自らの炎を授け、獅子は牙と爪と力を与えた。不死鳥は全なる力を明け渡し、大陸は人々のものとなった』でしょ?」

「よく知ってるな」


 感心するエランドールに、リュニヴェールは少年のように笑い返す。


「勉強したんだ。というか、聞いてみたら面白くて」


 誰に聞いたかなど、すぐに分かった。リリアンはあれで教養がある。父娘の会話に相応しいかどうかはさておき、会話を楽しむようになった事実がアデレイドには嬉しかった。


「『貴様らを焼き尽くす』って言って炎だけ授けて飛び去ったんだ」

「それって……」

「呪いの類だな」


 国王夫妻の時が止まる。


「え、私死なない?」

 沈黙を破った国王の声は心なしか震えていた。妖精王はそれを笑い飛ばす。


「死なない、死なない。本当に呪いをかけるほど恨んでなかっただろうしね。犯(・)さ(・)れ(・)た(・)手前、そのくらいは言っておかないと」


 今度こそエランドールとアデレイドは全ての言葉を失う。


「……竜って雌だったの?」

 息子を追って謁見の間にやってきたリリアンがぽろりと零す。寄り添うオーネットの手に力がこもる。

 娘の鋭い指摘に、父が笑った。


「よく分かったね。そう、ドラコニーは無理矢理竜と混血したんだよ」

「そんなところから……」

 アデレイドの唇は震えていた。


「で、それを見たフェニクスとライオネルは考えた。不死鳥と獅子との関係の築き方をね」


 リュニヴェールはウインクを寄越す。人間たちはただ呆然とするしかない。


「ライオネルは獅子と友情を築くことを選んだ。獅子は力を与えた。『獅子の像』は友好の証だよ」

「証?」

「そ、上手く使えってこと」


 黄金の獅子像だけでなく、力をもらった最初のライオネルから契約は始まっていた。脈々と続く色濃い契約に目眩がする。


「それで獅子はどうなったの?」

「元いた場所に戻ったよ」

「元いた場所?」


 リュニヴェールは立てた人差し指を下に向ける。


「大地。獅子はずっとここにいる」

「だから『獅子の像』の効力は続いているのね……」


 アデレイドを支えながら、エランドールが踏み込む。


「フェニクスはどうした?」

「あぁ、フェニクスはね、『賭け』をしたんだ。不死鳥が統治するのと、自分たちが統治するの、どっちが北を豊かにできるかって」

「は?」


 フェニクス公爵が間抜けな声を上げる。横目で見つめてくる深紅の瞳は厳しい。


「……あなたが好戦的なのはフェニクスの血かもしれないわね」


 琥珀は真っ直ぐに輝く。


「少なくとも『勝負事』は嫌いじゃないからな」

「そうなの?」

「フェニクスの奴らは『賭ける』のが好きなんだ」


 ウインクをしたエランドールの肌が熱を帯びる。

――古の鏡。傷だらけの彼を思い出し、アデレイドは鋭く睨む。


「次はないわよ」

「もちろん。約束したろ?」

 ほとんど本気で怒りをあらわにする妻に夫は喜びを浮かべる。


「つまり、勝ったってこと?」

 緋色の隙間から翡翠が切り込む。リリアンだ。妖精王が頷く。

「まあ、当然そうだよね。人間の土地を統治するんだから」


「やっぱりあなたはフェニクスだわ……」

「どういう意味だ?」

 頭を押さえるアデレイドの腰を抱き、エランドールはにんまりと口角を上げた。リリアンが神話の続きを紡ぐ。


「それで『全なる力を明け渡した』のね」

「そういうこと」


 リュニヴェールは満足げだが、まだ話は終わっていない。不死鳥を継ぐ男は獅子の女と同じ問いを口にする。


「なら、不死鳥はどこに行ったんだ?」


 リュニヴェールは迷わずエランドールの心臓を指した。


「ここだよ。不死鳥はフェニクスの血脈の中に生き続けている」


 胸を押さえ黙り込むエランドールを気にすることなく、リリアンが言う。


「おかしいわ。それなら竜も近くにいるってことじゃない」


 一理ある。竜は飛び去ったが、ドラコニーは炎を使える。しかし、本当に呪いの類であれば炎だけを残して去ることも――。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。少なくとも共存したいとは思わなかったんじゃない?」


 妖精王の曖昧な答えに、再び沈黙が降りる。


「その内帰ってきたりして。アデレイドは焼かれるかもしれないね?」

「冗談でもやめて。……でも、そうね。竜が帰ってくる時は、きっと全ての力をもらうわ」


 深紅の瞳の奥が燃える。妖精王の翡翠はただそれを見つめた。


「どういうこと?」

「帰ってくるということは交渉の余地があるってことでしょう?」

「確かに?」

「それなら今度こそ、硬い鱗と鋭い爪ももらわないとね」


 あんぐりと口を開けるリリアンとオーネット。抱かれた我が子が頬を引っ張っても動かない。リュニヴェールは人間の愚かさを笑う。

 夫は妻を抱き上げ、からりとした笑みを浮かべた。


「やっぱり君はライオネルだ!」


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