12
ホールは喧騒に満ちていた。
先ほどの兵士の一部が、次期公爵オーネットに対し、サルゴン・ドラコニーの死を伝えていたらしい。
嘆くオーネットとリリアンに、妖精王が告げる。
「聞け」
風は歌い、地は轟き、天は明らむ。白銀の髪は陽光を反射し、翡翠の瞳は深く輝く。皆が神々しい存在に動きを止めた。
「オーネット・ドラコニーと言ったか」
「はい……!」
オーネットは平伏し、震えていた。守るべきリリアンを放り出して。リリアンは「オーニー!」と彼の傍らで叫び続けている。
「お前はドラコニーではない」
リリアンが止まる。声を失い、妖精王を仰ぎ見た。オーネットもまた、顔を上げる。
「お前にドラコニーの血はない」
妖精王の威圧が、開きかけたオーネットの口を閉じる。
「どういうことだ?」
「オーネットはサルゴン様の甥御では?」
「しかしサルゴン様は――」
「では『ドラコニー』は?」
皆の視線が、アデレイドに集中する。金色の髪を靡かせ、真紅の瞳を見開いて、アデレイドは一歩進み出た。そして、妖精王へ深く、跪いた。
「我々は長きに渡りドラコニーに迫害された」
妖精王の言葉に、ざわめきが一気に広がる。妖精王は続ける。
「子種を奪われ、一族を蹂躙されたのだ!」
妖精王の鋭い視線はアデレイドただ一人に注がれている。妖精王の幻術で黒き影がアデレイドを覆う。
――分かっていても気分のいいものではないわね。
見上げた妖精王は束の間リュニヴェールらしく微笑んだ。
「我はドラコニーに血を要求する!」
その威圧に顔を上げられる者はいなかった。全てを知るアデレイドと、扉の傍らに立つエランドールを除いて。それから――。
「おかしいわ!」
割って入ったのはリリアンだった。
「私たちの『契約』は――」
「おっと、言葉には気をつけろ。その指輪はまだ有効だ」
妖精王の言葉に、リリアンは慌てて指輪に手をかける。
「外れぬだろう?」
「そんな! そんなはず……!」
しかし何度やっても無駄だった。リリアンを妖精王は嘲笑う。そして、アデレイドに向き直った。
「さぁ、ドラコニーよ。血を寄越せ!」
怒りを露わにした妖精王に人々は為す術なく項垂れる。恐怖を割いたのは、凛と透き通った声だった。
「分かったわ。ただし――」
唯一残されたドラコニー、アデレイドは真っ直ぐに妖精王を見据えた。
「あなたに渡すのは『資源』よ」
「……資源だと?」
ドラコニー貴族たちが一人、また一人と顔を上げる。
「えぇ。ドラコニーは代々混血し、繁栄してきた。時には繋子、時には近親相姦を厭わず、ドラコニーの誇りを持ち、現在の栄華を刻んだわ」
アデレイドの言葉に人々は沸き立つ。
「けれど!」
ライオネルの力を込めた声は皆の注目を引き戻す。
「繰り返した近親婚は時に生殖能力を失わせ、身体機能を奪った。――皆、父が足が不自由だったことは知っているわね」
一度ざわついた場が、また静まり返る。
「そして! こちらの妖精国を蹂躙した!」
ホールは冬の気配に包まれる。アデレイドは震える体をそのままに、続けた。
「しかし、妖精王! あなたもまた我々の大陸を脅かしたわ!」
「……何?」
極寒の風がアデレイドを襲う。それでも彼女は怯まなかった。
「あなたの気まぐれな『訪問』は草木を枯らし、我々の大地を冬に変え、雨の降らない荒野と変えた!」
「知っていたのか……!」
もちろん、そんな事実はない。北はただ雪原であり、荒野は荒野だった。
「ドラコニーのしたことは決して許されることではない。それでも、長きに渡る蹂躙に耐えていたのはこちらも同じだ!」
「我の千年を、貴様らの百年に当てはめることは許さん!」
吹き荒れる嵐が、ホールを埋め尽くす。しかしそれはごく短い時間に終わった。嵐をものともしないアデレイドの声が響き渡る。
「妖精王! 私たちの一生は百年にも満ちません!」
「貴様らの百年が我の千年に匹敵すると?」
嵐は止んだ。皆が固唾を飲んで見守る。
「そうは申しません」
「ふむ……」
「それでは、私の唯一の血を捧げたとて、それが長きに渡る罪への償いには到底ならないでしょう……」
アデレイドは美しい深紅の瞳を濡らした。吹き続ける冷風により、一筋の涙が零れる。
「アデレイド様……」
「アデレイド公爵!」
「領主様!」
皆の心は一つになった。アデレイドはドラコニーに属する者たちへ向き直る。
「ドラコニーの猛き竜の炎を抱く者たちよ! 皆に力を貸して欲しいのです!」
アデレイドの涙ながらの訴えに、ドラコニーの群衆は咆哮した。
「嘘よ……こんな……」
リリアンがふらふらと膝をつく。オーネットは項垂れたまま動かない。
「妖精王! 我々にはもうほとんど血は残されていません。けれど、中央都市には豊富な資源があります。それが贖罪にならなくとも、どうか、我らの新たな血肉として受け取って頂きたいのです!」
アデレイドが深く、深く、頭を下げる。妖精王は冬の気配を消し去り、微笑んだ。
「よかろう。そなたの意向は分かった。ただし!」
ビリビリとした空気が人々を襲う。妖精王の目前にいるアデレイドは風圧で今にも吹き飛ばされそうだった。
「アデレイド、貴様には月に一度の妖精国への来訪と、謝罪を要求する!」
「慎んでお受け致します」
アデレイドは最敬礼でもってその提案を承服した。
呆然と立ち尽くすリリアンに、妖精王が続ける。
「そなたには『契約の指輪』により、我への従属を命ずる!」
「そんな……!」
「ならば私も連れて行け!」
「オーニー!」
オーネットは震える足を奮い立たせ、リリアンの前に立った。
「血縁がなくとも、私はドラコニーとして生きてきた! 妖精王、私にも贖罪の機会を……!」
オーネットは平に乞う。妖精王は固く頷いた。
「ならば来るがいい。共に生涯妖精国に仕えるのだ!」
「はっ!」
こうして、長きに渡るドラコニーと妖精国の物語は幕を閉じた。
氷雪に晒されたアデレイドをエランドールの暖かな腕が抱き締める。
アデレイドの私室に戻った二人は顔を見合せて笑った。
「成功したわ!」
「妖精国を被害者にするとは、考えたな」
「そうでないと、彼は敵のままだったわ」
アデレイドはエランドールとリュニヴェールを引き寄せ、この壮大な茶番劇について、耳打ちした。
エランドールは腹を抱えて笑い、リュニヴェールはきょとんと首を傾げた。
「そうだわ、リュニー。あなた言ったわよね。竜血の指輪は外せないと。契約は終わってるけど外せないの?」
「そうだよ。君たちの血が薄くなったせいで効力はないけど、外すのは君たちの血でなければならない」
「つまり?」
アデレイドとエランドールが企むような黒い笑顔をリュニヴェールに向けた。リュニヴェールは両手を挙げ、答えを与えた。
「外せるのはアデラだけってこと」
――三日後。
会議を終えた国王、諸侯たちが部屋を出てくる。正式な公爵ではないアデレイドは諸侯会議には出られない。前回は国の危機とサルゴン以外のドラコニーからの意見を求めるためと出席させられていたにすぎない。
それに、今後ドラコニー公爵は現れない。
ドラコニーでの会議の結果を伝えたアデレイドは、窓ガラスに映る自身の深紅を撫でた。
アデレイドはようやく顔を見せたシェンハとエランドールを迎える。
「おかえりなさい、お母様」
「ただいま、アデラ」
数日ぶりの親子の対面にしばらくは黙っていたエランドールだったが、全く視界にも入れられないのは面白くはない。
「婚約者にハグはないのか?」
「あら、婚約は破棄されたはずだけど」
「何だと?」
「私もそう聞いている」
ドラコニーでの出来事は、正式なものではないと思っていたエランドールは不意を突かれ、言葉を失う。
――無茶をした罰よ。
フェニクスの「秘術」は確実性のあるものではなかった。あの時彼は、死んでいたかもしれない。
眉を下げるエランドールの頬に触れる。抱きしめたい衝動に駆られたアデレイドに、シェンハが助け舟を出す。
「アデラ、ドラコニーはもういいんだな?」
「えぇ」
ドラコニーは解体の意向を伝えていた。今後は国家に属することとなる。
「従わない者は?」
静止していたエランドールはもういつもの調子に戻っている。
「そんな気概のある者はもういないわ。それに、どちらにしてもドラコニーはもうだめよ。誰を据えても建て直すことは出来ないわ」
「違いない」
エランドールは静かに同意した。
国王よりドラコニーの解体が告げられる。事前に各領地に通達があったことから、混乱は起きなかった。しかし、ドラコニーの中には不満を浮かべる者もいた。
仮のドラコニー代表として国王と共に立つアデレイドが握りしめた拳をエランドールが優しく解く。
「皆、聞け!」エランドールは拳を挙げた。
「フェニクスは神獣国に帰属する!」
突然の申し出に狼狽えたのはアデレイドだけだった。国王、諸侯たちは涼しい顔で立っている。
「まさか――」
「ライオネルは神獣国に帰属する!」
一歩踏み出したシェンハが咆哮し、ライオネルの人々から雄叫びが上がる。
そして、国王は高らかに宣言する。
「今件を収束させた『アデレイド・ライオネル』を次期国王に任命する!」
逡巡するアデレイドに歓喜の声を上げたのはドラコニーだった。フェニクス、ライオネルも続く。
リリアン、オーネットと共にドラコニーの後ろに立つ妖精王がウインクを寄越した。
「あなたたち……!」
アデレイドの籍はドラコニーが消えたことによりライオネルに戻っていた。アデレイドが聞かされていたのはそれだけだった。
「お母様!」
「アデレイド陛下。いや、まだ殿下かな?」
シェンハは瞳を潤ませる我が子を強く抱く。
いつまでも自分を見ないアデレイドへ、エランドールは跪いた。
「エラン?」
「私エランドール・フェニクスは次期国王へ求婚する!」
エランドールが差し出した指輪は、婚約指輪ではなく結婚指輪だった。
「気が早いわよ」
「俺たちは『婚約者』だったはずなんだがな」
「ふふ……」
珍しく根に持つエランドールを笑っていると、真剣な声がアデレイドの鼓膜を揺らす。
「隣に立つ男が必要だろう? アデラ、頷いてくれ」
心より希う琥珀は、何よりも美しかった。
アデレイドは跪くエランドールに飛び込む。
「もちろんよ!」
祝福の拍手はいつまでも鳴り止まない。
幸福に包まれる次期国王へシェンハが耳打ちする。
「アデラ。ライオネルの牙は、落ち着いたらあんた自身の手で取りにおいで」
アデレイドは、今度こそ溢れる涙を止められなかった。
(END)
これにて完結です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
引き続き外伝を投稿予定です。
投稿日時が決まりましたら活動報告にてお知らせしますので、よろしくお願いします。




