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帰る家

翌朝。


アラタたちが討伐者詰所へ集まっていると、入口から見覚えのある少女が入ってきた。


子供たちは、引き続き詰所で預かってもらっている。

朝食を終え、今は奥の部屋で休んでいる。


「おはよう」


「巴か」


アラタが振り返る。


巴は片手を上げ、そのまま玄馬を見る。


「玄馬さんに聞いたよ。大人数で住める家を探してるんだって?」


「もう話したのか」


「昨日のうちにな」


玄馬が答える。


「俺より巴の方が、この町の空き家や役所の事情には詳しい。案内を頼んでおいた」


「なるほどのう」


「というわけで、今日は私が案内するから」


巴はそう言いながら、アラタの周囲へ目を向けた。


志乃、圭介、リーズまでは知っている。


だが、その隣に立つ大柄な僧兵と、赤髪の少女には見覚えがなかった。


「……まず、その大きい人は?」


弁慶が一歩前へ出る。


「拙僧は武蔵坊弁慶と申す」


巴が止まった。


「……武蔵坊弁慶?」


「うむ」


巴はアラタを見る。


「本物?」


「本物じゃ」


「またすごい人が増えてる……」


「わしに言うな」


巴はまだ何か言いたそうだったが、今度は赤髪の少女へ視線を移した。


「それで、この子は?」


ベルガの眉が跳ねる。


「この子とは何だ」


「え?」


ベルガは胸を張った。


「妾はベルガ=スターク。かつて魔族を統べた魔王である」


巴は黙ったまま、アラタとリーズを見比べた。


「……本当?」


「本物だ」


リーズが答えた。


「我が主が昔戦った魔王、ベルガ=スタークだ」


「昔戦った?」


巴がアラタへ顔を向ける。


その横でベルガが言った。


「勇者アラタとは、随分と殺し合った仲であるぞ」


「……勇者?」


今度こそ巴の視線がアラタで止まった。


アラタは少しだけ目を逸らす。


「昔の話じゃ」


「ちょっと待って。前に英雄だったんじゃないかとは思ってたけど、勇者だったの?」


「その話は長くなる」


「前もそれ言ってなかった?」


「気のせいじゃ」


「絶対違う」


ベルガが愉快そうに笑う。


「わははは! 勇者アラタ、随分と隠しておったようだな」


「お主は余計なことを言うでない」


巴は額を押さえた。


「しばらく会わないうちに、武蔵坊弁慶と魔王が増えて、アラタが元勇者だったって分かったんだけど」


「まとめると酷いのう」


「アラタの周りにいると、いちいち驚いてたら疲れるの」


「それ、分かります」


圭介が静かに頷いた。


「圭介さんまで慣れないで」


「もう無理ですよ」


巴は気を取り直すように手を叩いた。


「それで、本題。何人で住むの?」


ベルガが即答した。


「妾と子供らと勇者アラタである」


「我もだ」


リーズが続ける。


アラタが二人を見る。


「なぜわしより先に決める」


「今さらであろう」


「我が主がいるなら当然だ」


「何も当然ではないぞ」


巴が志乃たちを見る。


「志乃さんたちは?」


志乃は少し考えてから答えた。


「私は、住んでもいいです。仕事の時も集まりやすいですし」


「圭介さんは?」


「俺も大丈夫です。仕事の相談もしやすくなりそうですし」


最後に弁慶へ視線が集まる。


「拙僧はどこでも構わぬ」


巴が首を振った。


「それ、一番困る答えです」


「そうなのか」


「住むんですか? 住まないんですか?」


弁慶は少し考えた。


「ならば、共に住もう」


「最初からそう言ってください」


「難しいものだな」


「難しくないです」


これで、一応の人数は決まった。


アラタ、志乃、圭介、弁慶、ベルガ、そして子供たち。


リーズは、現世界にいる間という条件付きだ。


「……結構な人数じゃな」


アラタが呟く。


巴が即座に返す。


「だから普通の家じゃ無理なの」


◇


最初の家は、町の西側にある二階建てだった。


見た目は悪くない。


部屋も五つある。


台所も広く、小さな庭まで付いている。


圭介が中を見回す。


「かなりいいですね」


「普通の人数ならね」


巴が答えた。


ベルガは二階を見てきたあと、首を振る。


「子供らを入れれば狭い」


「でしょうね」


弁慶が階段を上がろうとする。


ごつん。


鈍い音が響いた。


全員がそちらを見る。


弁慶の額が梁に当たっていた。


「……低いな」


巴が持っていた紙へ何かを書き加える。


「何を書いた?」


「弁慶さんが普通に歩けること」


「家を選ぶ条件に入ったのか」


「今入りました」


一軒目は候補から外れた。


◇


二軒目は広かった。


部屋数だけなら申し分ない。


ところが、扉を開けた瞬間、志乃が足を止めた。


「湿っています」


壁際には黒い染みが広がり、床板も何か所か歪んでいる。


巴も中へ入るなり首を振る。


「やっぱり駄目か。しばらく空いてたから心配だったんだけど」


ベルガが床を見る。


「子供らを住ませる場所ではないな」


「私も反対です」


志乃が壁際を確かめる。


「直すなら、かなり手を入れないと駄目そうです」


弁慶が床を踏もうとした。


「待って!」


巴、志乃、圭介の声が重なる。


弁慶の足が止まる。


「何だ」


圭介が床を見る。


「たぶん弁慶さんが踏んだら抜けます」


「そうか」


「試さないでくださいね」


二軒目も候補から外れた。


◇


三軒目へ向かう途中。


リーズがアラタの隣へ並んだ。


「我が主」


「何じゃ」


「部屋の位置についてだが」


「まだ決めるな」


「何も言っていない」


「言うことは分かる」


後ろからベルガが笑う。


「わははは! どうせ勇者アラタの隣がよいと言うのであろう」


リーズが振り返る。


「何が悪い」


「別に悪いとは言っておらん」


「なら黙っていろ」


「随分と必死であるな」


「貴様にだけは言われたくない」


巴が二人を見る。


「昨日からずっとこんな感じ?」


志乃が頷く。


「昨日からです」


圭介が続ける。


「たぶん、これからもです」


「大変だね、アラタ」


「他人事のように言うでない」


◇


最後に着いたのは、町の中心から少し離れた、石塀に囲まれた大きな屋敷だった。


「……ここ?」


圭介が見上げる。


「大きいですね」


志乃も周囲を確認している。


ベルガは満足そうだった。


「うむ。これくらいは必要であろう」


「まだ中も見ておらんぞ」


巴が門を開けた。


「ここは普通の空き家とは少し違うの」


屋敷は古いが、荒れてはいなかった。


広い玄関の先には、大人数で食事ができる居間と大きな台所があり、一階にも二階にも複数の部屋がある。


裏手には井戸と物干し場があり、庭も十分に広い。


子供たちが走り回っても問題なさそうだった。


志乃は窓を開け、外の通りを確認する。


「人目もありますね」


「夜も完全に人通りがなくなる場所じゃないよ」


巴が答える。


圭介は台所を覗く。


「これなら全員分作れそうですね」


「誰が作るんじゃ?」


アラタが聞く。


一瞬、全員の視線が交わった。


「……そこは後で決めよう」


巴が話を進めた。


弁慶が廊下を歩いてみると、梁にも当たらず、扉も問題なく通れた。


「ここなら問題ない」


「弁慶さんの審査も通りましたね」


庭へ出たベルガは、塀や井戸、窓の位置、子供が走れる広さを一つずつ確かめていく。


「ここがよい」


さっきまでの冗談とは違う声だった。


アラタも庭を見る。


悪くない。


むしろ、十分すぎる。


だからこそ一つ気になる。


「巴」


「何?」


「いくらじゃ」


巴が少し笑った。


「やっぱりそこ聞くよね」


「当たり前じゃ。こんな屋敷、普通に借りられる額とは思えん」


「普通に借りるなら、かなり厳しいと思う」


「では何故連れてきた」


「これは町の管理物件なの」


アラタが眉を上げる。


巴は屋敷を見上げた。


「昔、町の仕事をしていた人が使っていた家。今は誰も住んでないけど、町としては放っておくわけにもいかないから、時々人を入れて管理してる」


「なるほど」


「それで、昨日玄馬さんから話を聞いて、役所にも確認してきた」


「昨日の今日でか?」


「こういうのは早い方がいいでしょ」


巴はさらりと言った。


「町としては、この屋敷をアラタたちに使ってもらって構わないって。もう使用の許可も出てる」


アラタが黙る。


「ただし、貰えるわけじゃないよ。家は町のもの」


「それは当然じゃな」


「住む間は、掃除とか庭とか、日常的な管理を自分たちでやる。大きく壊れた時みたいな修繕は町側と相談」


「使用料は?」


「この屋敷の管理を引き受けている間は、なし」


「……なし?」


今度は圭介と志乃も巴を見る。


「そんな都合のよい話があるか?」


「理由はあるよ」


巴の表情が少し真面目になる。


「チンギス軍が来た時だって、アラタは宿場を守るためにずっと戦ってたでしょう」


アラタは何も言わない。


「町としては、その功績に見合う褒章を、まだきちんと出せてない。今回の屋敷の使用も、その一部として扱うって」


「別に欲しくてやったわけではないからの」


「それはアラタの都合」


巴は即答した。


「助けてもらった側が、何もしなくていい理由にはならないでしょ」


「む」


「それに今回は、保護した子供たちが安心して暮らせる場所も必要。町の管理してる大きな空き家を使ってもらえれば、町側にも都合がいいの」


志乃が頷く。


「褒章と、空き家の管理と、子供たちの生活場所をまとめて考えたんですね」


「そういうこと」


「子供らは?」


ベルガが尋ねる。


巴はそちらを見る。


「役所が全部をアラタたちに押しつけるわけじゃないよ。食事や衣服みたいに、子供たちに必要な支援は役所側でも続けるって」


ベルガは少し間を置いた。


「今度こそ、子供らへ届くのであろうな」


「そこも役所側で確認していくって聞いてる」


「ならばよい」


短い返事だった。


アラタはもう一度屋敷を見回した。


金の問題も、子供たちの生活も、町側の管理も、自分たちの拠点も、すべてが一度に片づくわけではない。


それでも、今よりはずっといい。


「志乃」


「はい」


「圭介」


「俺も大丈夫です」


「弁慶」


「異論はない」


ベルガは聞くまでもなく頷いている。


リーズに至っては、すでに二階を見ていた。


「……お主は何をしておる」


「部屋を見ている」


「まだ決めたとは言っておらん!」


「決めるのであろう?」


アラタはため息をついた。


否定する理由は、もうなかった。


「では、ここにするかの」


ベルガの顔が明るくなり、志乃と圭介にも異論はなさそうだった。


弁慶は最後にもう一度天井を確かめる。


「うむ」


巴は懐から一本の鍵を取り出した。


「じゃあ、これ」


アラタが受け取る。


「もうよいのか?」


「だから許可は取ってあるって。あとは住み始めて、管理してくれればいいよ」


手の中の鍵は小さい。


だが、宿の鍵とは違った。


今日から戻る場所になる家の鍵だった。


その横で、リーズが二階を指す。


「では我は、我が主の隣を――」


「待て」


ベルガが割って入った。


「そこは妾が使う」


「なぜだ」


「子供らの部屋にも近い」


「なら貴様は子供部屋の隣でよいだろう」


「勇者アラタの隣でも都合がよい」


「必要ない」


「何故貴様が決める!」


「我が主だからだ!」


「意味が分からん!」


二人の声が屋敷に響く。


巴がしばらく見てから、アラタへ顔を向けた。


「……本当にこの人たちと一緒に住むの?」


アラタは手の中の鍵から、言い争う二人へ視線を移した。


「今、わしも少し考えておる」


「もう遅いよ」


こうして、アラタたちには宿ではない帰る場所ができた。

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