住む場所
「この子らの今後についてだ」
玄馬の言葉に、アラタは部屋の中を見た。
食事を終えた子供たちは、ようやく少し落ち着いている。
眠そうにしている者もいた。
「今夜はどうする?」
アラタが聞く。
「ここで預かる。空いている部屋を使えば、今夜くらいは何とかなる」
玄馬はそう答えてから、少し声を落とした。
「役所にも話を通す。もともと町へ届け出ていた施設だからな。子供たちの扱いも、あの帳面も、こっちだけで決める話じゃない」
「それがよかろう」
ベルガが口を挟む。
「ただし、また適当な場所へ放り込むのは許さんぞ」
「分かってる」
玄馬は即答した。
「少なくとも、行き先が決まるまでは勝手に動かさない」
ベルガはそれ以上言わなかった。
◇
翌日。
昼を過ぎた頃、アラタたちは再び討伐者詰所へ集まっていた。
玄馬が机の上へ数枚の紙を置く。
「昨日の続きだ」
施設と倉庫にいた男たちは、それぞれ別に話を聞かれている。
帳面と残されていた紙も役所へ渡され、記録の照合が始まったという。
「施設に出していた金と物資の流れも調べる。関係していた奴が他にいるなら、順番に当たるそうだ」
「移送された子供らは?」
ベルガがすぐに聞いた。
「帳面に名前があって、まだ見つかっていない子もいる」
ベルガの顔から軽さが消える。
「捜すんだな?」
「ああ。倉庫から先へ動かされた可能性も含めて調べる」
玄馬は続けた。
「今後は、ああいう施設へ預けた人数だけ見て終わりにはしないらしい。誰がいて、どこへ移ったのか。支給した物がちゃんと届いているか。役所側で確認する形に変えるそうだ」
アラタは頷いた。
「なら、わしらが追い回す必要はなさそうじゃの」
「むしろ任せろ。お前らが全部やる話じゃない」
玄馬はそこで一度、部屋の外へ目を向けた。
廊下の向こうから子供たちの声が聞こえている。
「問題は、あいつらだ」
「行き先か」
「役所が面倒を見ることにはなってる。ただ、昨日までいた施設へ戻すわけにはいかないし、すぐ別の場所が用意できるわけでもない」
ベルガが腕を組む。
「妾は子供らから離れるつもりはないぞ」
「だろうな」
玄馬は最初から分かっていたように答えた。
アラタは少し考えた。
アラタ自身も、今は宿暮らしだ。
仲間は増えたが、皆で暮らす場所を持っているわけではない。
さらにベルガと子供たち。
「……少なくとも、わしの宿に全員は無理じゃな」
圭介が頷く。
「全員は絶対無理ですね」
志乃も言う。
「子供たちだけでも結構な人数ですし」
しばらく黙っていた玄馬が、何でもないことのように言った。
「だったら、家でも探すか?」
アラタが顔を上げる。
「家?」
「宿に金を払い続けるより、大きいところを借りた方が早いかもしれないだろ」
ベルガがすぐに頷いた。
「よし。それでいこう」
「早いのう」
「何を迷う必要がある」
ベルガは胸を張る。
「勇者アラタ。妾と子供らも世話になるぞ」
「いつわしが引き受けたことになったんじゃ」
「今である」
「勝手じゃな!」
その時だった。
少し離れた場所にいたリーズが、ゆっくりこちらを向いた。
「待て」
全員がリーズを見る。
「何じゃ?」
「なぜベルガまで、当然のように我が主と暮らす話になっている」
ベルガがにやりと笑う。
「何だ、竜王リーズ。気になるのか?」
「気になるに決まっているだろう」
即答だった。
アラタが嫌な予感を覚える。
リーズは真顔のまま続けた。
「我というものがありながら、他の女と同棲とは」
「言い方!」
アラタの声が響いた。
圭介が咳払いをして顔を逸らす。
志乃は何も言わずリーズを見ている。
ベルガはしばらく黙っていたが、やがて得意げに笑った。
「なるほどな」
「何がだ」
「竜王リーズともあろう者が、妾を警戒しておるのか」
「なぜそうなる」
「決まっておろう」
ベルガは胸を張った。
「妾の色香に勇者アラタが惑わされるのではないかと心配なのであろう?」
一瞬。
部屋の中が静かになった。
アラタがベルガを上から下まで見る。
「魔王だった頃ならいざ知らず、今のお主はただのガキじゃろうが」
「誰がガキだ!」
「どう見てもガキじゃ!」
「中身を見ろ! 妾はかつて魔族を統べた魔王であるぞ!」
圭介がおそるおそる口を開く。
「でも、見た目だけなら……まあ……」
「何だ。言ってみろ」
「子供ですね」
「貴様まで!」
志乃もベルガを見る。
「子供」
「即答するでない!」
玄馬が腕を組んだまま頷いた。
「俺も子供にしか見えないな」
「なぜ全員で妾を攻撃する!」
ベルガが最後の望みを託すように弁慶を見る。
「弁慶!」
「何だ」
「お主はどう思う」
弁慶は少し考えた。
「拙僧には色香というものがよく分からぬ」
「そこは妾に合わせるところであろうが!」
「分からぬものを分かるとは言えぬ」
「真面目か!」
アラタが肩を震わせる。
ベルガがすぐに睨んだ。
「何がおかしい、勇者アラタ」
「いや、魔王だった頃のお主を知っておるだけにのう」
「何だ」
「落差がひどい」
「貴様!」
「昔はそれなりに迫力もあったが、今はどう見ても子供じゃ」
「それなりとは何だ! 妾は絶世の美女であったであろう!」
アラタは少し考える。
「まあ、見た目だけなら悪くはなかったのう」
「見た目だけとは何だ!」
「中身が今と変わらんからじゃ!」
「喧嘩を売っておるな!?」
その横で、リーズが小さく笑った。
ベルガが振り返る。
「何だ、竜王リーズ」
「安心しただけだ」
「何にだ」
リーズはベルガを見下ろした。
「少なくとも今の貴様に、我が主が惑わされる心配はない」
沈黙。
「……喧嘩を売っておるのか?」
「事実を言っただけだ」
「ほう」
ベルガの笑顔が消えた。
「随分と言うようになったではないか、竜王リーズ」
「昔からだ」
二人が向き合う。
アラタが間に入るより早く、ベルガが鼻を鳴らした。
「まあよい。何を言おうと、妾は勇者アラタと同じ家に住む」
「なぜそこを強調する」
「妾の勝手であろう?」
「ならば我も住む」
ベルガが黙る。
アラタもリーズを見た。
「……何じゃと?」
「我もそこに住む」
リーズは当然のように言った。
「我が主が住む場所ならば、我も住む。それだけだ」
ベルガが笑う。
「結局、貴様も一緒に住みたいだけではないか」
「何か問題があるか」
「先ほどまで妾に文句を言っておったであろう!」
「貴様が住むことと、我が住むことは別の話だ」
「どこが違う!」
「全部だ」
「意味が分からん!」
リーズとベルガの声が重なる。
圭介がアラタを見る。
「……これ、家探す前から大丈夫ですかね」
「わしに聞くな」
志乃が静かに言った。
「たぶん、家を探してからの方が大変」
「やめてくれんかの」
まだ一軒も見ていない。
それなのに、住む者だけは勝手に増えていた。




