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残された記憶

二階へ続く階段は狭く、アラタ、ベルガ、リーズの順で上がった。


先ほどまで聞こえていた足音は、もうしない。


二階には細い廊下が伸び、突き当たりの小窓からは建物の裏へ降りる階段が見えた。


「裏口はあれか」


「おそらくな。荷を運び込むところは何度か見たことがある」


ベルガが右側の扉を示す。


「そこは倉庫だ」


アラタが取っ手を握ったが、鍵が掛かっていた。


その向こうから、何かを引きずる音がする。


「中におる者よ。出てこい」


返事はない。


次の瞬間、扉が勢いよく開いた。


細身の男が紙束を抱え、刃物を手に飛び出してくる。


「どけ!」


アラタは刃を扉側へ逸らして手首を取り、その勢いのまま男を壁際へ転がした。


紙と刃物が床へ散る。


男が起き上がろうとしたところへ、リーズが一歩出た。


「動くな」


狭い廊下を塞がれ、男はその場に膝をついた。


「お前……」


ベルガが男を見る。


「妾は貴様を見たことがある」


「知らねえよ」


「下の大男と一緒におったな。荷を運んでいた時だ」


男は答えなかった。


ベルガが倉庫へ入る。


そこで、さすがに言葉を失った。


米や乾物、塩、油が積まれ、壁際には毛布や布、子供用の古着まで残されている。


子供たちが使っていた物より、どれも状態が良かった。


ベルガが袋の一つに付いた札を手に取る。


「……これ」


「見覚えがあるのか?」


「町から荷が届く時、同じ札が付いておった」


アラタが倉庫を見回した。


「子供らは、あれだけ腹を空かせておったがのう」


箱には、まだ使われていない毛布も何枚も入っている。


ベルガは一枚を持ち上げ、しばらく眺めてから元へ戻した。


「玄馬を呼んでくれ」


アラタが階段へ向かって声を飛ばす。


「玄馬、上へ来てくれ。弁慶は下の者らを頼む」


階下から弁慶が答えた。


「承知した」


◇


玄馬は上がってくると、一階から持ってきた帳面と倉庫の札を照らし合わせた。


「ここ、孤児院として町に届けが出てるな」


アラタが覗き込む。


「孤児院?」


「ああ。身寄りのない子供を預かる施設だ。人数に応じて、町から最低限の生活費と食料が出る」


玄馬が袋の札を確かめる。


「この辺りは、その支給分で間違いなさそうだ」


ベルガが低く言った。


「妾らには、ほとんど回っておらん」


床に散った紙にも、日付や品目、金額らしい数字が並んでいた。


アラタが一枚を拾う。


「こちらは何じゃ」


玄馬が受け取った。


「支給の記録とは別だな」


「売っておったのか?」


「まだ分からん。ただ、何か別の金の流れがある」


ベルガが口を開く。


「夜に、裏の階段を使う音を何度も聞いた」


「何を運んでいた?」


「知らん。聞こうとしても……」


ベルガはそこで言葉を切った。


背後でリーズが短く息を吐く。


ベルガは少し間を置いて続けた。


「近づくなと言われておった」


玄馬はそれ以上聞かず、残りの紙を調べた。


やがて、一枚だけ内容の違うものが見つかる。


そこには日付と人数、時刻だけが記されていた。


「何だ、これは」


帳面をめくり、子供たちの記録と照らし合わせる。


何人かの名前の横に「移送」と書かれている。


その日付が、紙に記された日と一致した。


さらに隣には「移送先」の欄がある。


だが、そこだけがすべて空白だった。


「……この子」


ベルガが帳面を受け取った。


「知っておるのか?」


「ああ」


次の名前も、その下の名前も確認する。


「皆、ここにおった」


ベルガは一人の名前を指した。


「この子は、夜になるとよく泣いておった」


別の名前へ移る。


「こやつは食べるのが遅かった」


その次も、ベルガは知っていた。


同じ建物で暮らし、ある日突然いなくなった子供たちだった。


玄馬が尋ねる。


「今は?」


「いない」


「どこへ移った」


ベルガは首を振る。


「別の場所へ移ったとだけ聞かされた。それ以上は教えられなかった」


壁際の細身の男が身じろぎした。


アラタがそちらへ向く。


「何か知っておるな」


「知らねえ」


「なら、なぜその紙を抱えて逃げようとした」


男は黙った。


ベルガが前へ出る。


「どこへ連れていった」


「知らねえって言ってんだろ!」


強い声が廊下に響いた。


ベルガの肩が強張る。


それでも、一歩も下がらなかった。


「……そうか」


ベルガは玄馬へ向き直る。


「下の男にも聞けばよい」


「ああ」


玄馬が細身の男を見る。


「お前から聞けないなら、そうする」


「待て」


男が呼び止めた。


「俺は……運んでただけだ」


ベルガの声が低くなる。


「何をだ」


男は答えない。


ベルガは帳面に並ぶ名前から目を離さなかった。


「あの子らは……今、どこにおる」

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