↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/75

初仕事 ①

討伐者の詰所へ着いた時には、朝日が屋根の上まで昇っていた。

アラタの腰には、一本の剣が下がっている。

昨日までなかったものだ。


「それを選ぶとは思わなかったな」


受付台の向こうで玄馬が言った。


「何かおかしいか?」


「もっと長いのか、変わった武器を欲しがるかと思った」


アラタは腰の剣へ目を落とした。

詰所から貸し出された、ごく普通の鉄剣だった。

刃渡りも重さも特別ではない。

柄には使い込まれた革が巻かれ、鞘にも細かな傷がいくつもある。


「切れれば十分じゃよ」


「随分と安上がりだな」


「道具に合わせるのも腕のうちじゃろう」


玄馬は少しだけ目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。

代わりに、アラタの隣へ立つ二人へ視線を向ける。


今日の仕事を共にする新人だった。


一人は、アラタより幾つか年上に見える女だった。

名は黒田志乃。


黒髪を首の後ろで一つに結び、やや切れ長の黒い瞳をしている。細い眉とすっきりした鼻筋の整った顔立ちだが、口元は少し硬く、緊張を表へ出すまいとしているのが分かった。


焦げ茶色の小袖の上から胸と肩だけを覆う革具足を着け、左手には短弓、腰には矢筒と小刀。

身体は細身だが、背筋は真っ直ぐに伸びている。


先ほど顔を合わせてから、必要なこと以外ほとんど喋っていなかった。


もう一人は斎藤圭介。


二十歳を少し越えたくらいに見える青年だった。

短く切った黒髪に、丸みのある黒い目。まだ少年らしさを少し残した顔立ちで、感情が表情へ出やすいらしい。緊張するたびに眉間へ薄く皺が寄っている。


体格は標準よりやや細め。

着慣れていない革鎧がまだ身体に馴染んでおらず、手にした槍も新品に近い。先ほどから何度も握る位置を直している。


志乃の視線が、一度アラタの顔で止まった。


「……この子もですか?」


「この子とは何じゃ」


「すみません。でも、どう見ても私より年下なので」


玄馬は特に気にした様子もなく答えた。


「腕は確認してある」


「そうですか……」


志乃はまだ少し気になるようだったが、それ以上は聞かなかった。


「斎藤圭介です。よろしくお願いします」


三度目の自己紹介だった。


「うむ。よろしくのう」


「す、すみません。緊張すると同じこと言う癖があって」


「分かりやすくてよい」


志乃が小さく息を吐いた。


「出発前からそんなに固くなっていたら、森に入る頃には疲れますよ」


「黒田さんは平気そうですね」


「平気そうに見せてるだけです」


「……そうなんですか」


「そういうのを真に受けるから緊張するんです」


二人のやり取りを聞きながら、アラタは口元を緩めた。

悪くない。

少なくとも、互いに無関心というわけではなさそうだ。


玄馬が依頼書を机に置いた。


「今日の対象は裂牙犬だ」


紙には、四足の獣を簡略化した絵が描かれている。

狼より一回り小さく、口から外へ飛び出した二本の牙が特徴らしい。


「町の北にある森で数が増えてる。薬草採りが二人追われた。今のところ死者はなし」


「群れか?」


アラタが聞く。


「ああ。三頭から五頭で動くことが多い。単体なら大した魔物じゃないが、囲んで足を狙う。転べば喉だ」


圭介の顔が少し青くなる。


玄馬は気にせず続けた。


「見つけたら無理に追うな。五頭までなら三人で対処していい。それ以上なら場所と数を確認して戻れ」


「倒さなくてもいいんですか?」


圭介が聞いた。


「依頼は討伐だ。だが、お前らの命より優先するほどじゃない」


即答だった。


「戻って報告すれば、人数を増やして出直す。それも仕事だ」


志乃が頷く。

アラタも同意した。


「よい判断じゃ」


「お前は特に覚えとけ」


「わし?」


「一人で片付けられそうでもだ」


玄馬の視線が、昨日の訓練場を思い出させる。


「今日は三人で行く仕事だ」


アラタは一拍置いてから頷いた。


「承知した」


顔合わせを終えた三人が詰所を出ると、門の近くで巴が待っていた。


朝のうちに玄馬から人数を聞いていたらしく、手には小さな包みを三つ持っている。


「はい」


アラタへ一つ差し出す。


「何じゃ?」


「お昼です。握り飯」


「おお」


声が少し弾んだ。


巴が半眼になる。


「昨日、魔物より昼飯の方が大事みたいなこと言ってたから」


「よく分かっておるではないか」


「褒めてません」


残りを志乃と圭介へ渡す。


「二人も気をつけてくださいね」


「ありがとうございます」


志乃が軽く頭を下げる。

圭介は両手で包みを受け取った。


「必ず三人で戻ってきてください」


その一言に、アラタは巴を見る。

いつもの軽い調子ではなかった。


「うむ」


短く答える。


「行ってくる」


町を離れてしばらくすると、道は次第に細くなった。

畑が減り、左右に木々が増える。

森へ入る頃には、足元も土と落ち葉に変わっていた。


志乃が先頭。

圭介が中央。

アラタが最後尾を歩く。


これは志乃が決めた。


「一応、私がこの森には何度か来てるので」


「新人ではないのか?」


「討伐者としてはまだ仮登録です。でも薬草採りの護衛で二回来ています」


「なるほど」


「アラタさんは?」


「初めてじゃ」


「そうですよね」


「この世界に来て三日目じゃからな」


前を歩いていた志乃の足が止まりかけた。

圭介も振り返る。


「三日目?」


「うむ」


「昨日登録したとは聞きましたけど……本当に来たばかりなんですか?」


「そうじゃよ」


圭介が心配そうに志乃を見る。

志乃も困った顔をした。


「玄馬さん、どういう組み方してるんだろう……」


「腕は見てもらったぞ」


「何をしたんです?」


「木剣で少し」


「少し?」


「二回ほど」


志乃は何か言いかけた。

だが。

すぐに右手を上げる。


「止まって」


声が低くなった。


三人が足を止める。


風が木の葉を揺らしている。

鳥の声。

遠くの水音。


アラタは黙って周囲を見る。


志乃がしゃがみ込み、地面へ触れた。


「跡があります」


湿った土に、獣の足跡が残っていた。

一つではない。


圭介が槍を握る。


「裂牙犬?」


「たぶん」


志乃は足跡を目で追った。


「北へ行ってます」


アラタも横から見る。

足跡の深さ。

向き。

間隔。

折れた小枝。


「四……いや、六かのう」


志乃が振り向いた。


「分かるんですか?」


「重なっておるが、一番小さい足跡が二つある。大きいのが四つ」


「六……」


圭介の声が硬くなる。


玄馬の指示は五頭まで。


志乃は迷わなかった。


「戻りましょう」


「うむ」


アラタも同意する。


圭介が少し驚いた顔をした。


「いいんですか?」


「何がじゃ?」


「いや、その……倒せそうとか言うのかと」


「玄馬殿は六なら戻れと言ったじゃろう」


「そうですけど」


「なら戻る」


当然の話だった。

強いか弱いかとは別だ。


初めて入る森で、知らない魔物を相手に、決められた基準まで無視する理由はない。


三人は来た道を戻り始めた。


十歩も進まないうちだった。


アラタが足を止める。


「待て」


今度は二人が振り返る。


森が静かだった。

先ほどまで鳴いていた鳥が消えている。


「剣を抜け」


声の調子が変わった。


志乃が即座に弓を構える。

圭介も槍を前へ出す。


「来るぞ」


左の茂みが弾けた。


低い獣が一頭、地面すれすれを這うような姿勢で飛び出してくる。


狼より一回り小さい。だが、細長い口の両脇から突き出した二本の白い牙は、その身体には不釣り合いなほど長かった。口を閉じていても牙の先だけが外へ露出し、走るたびに頭の左右で鋭く揺れる。


四肢は細いが、胴を低く沈めた走りには無駄がない。小柄な身体が落ち葉を蹴散らし、一息で間合いを詰めてくる。


裂牙犬。


依頼書の簡単な絵より、実物の方がずっと獣らしく、そして危険に見えた。


「圭介!」


志乃が叫ぶ。


「はい!」


槍が突き出される。


裂牙犬は直前で身体を捻った。

槍先が肩を掠める。


そこへ志乃の矢が飛ぶ。


脇腹へ刺さった。


獣が悲鳴を上げる。

だが倒れない。


その声に応えるように、右。

後ろ。

さらに前方。


茂みの中から影が現れた。


「六じゃないな」


アラタは剣を抜く。


七頭。


そのうち六頭は、最初の一頭とほぼ同じ大きさだった。


だが、少し離れた木立の陰にいる一頭だけは違う。


他の個体より一回り大きく、頭の位置もわずかに高い。その一頭だけは飛び込んでこなかった。


牙を剥くこともなく、低く構えたまま、こちらをじっと見ている。


まるで自分で襲うより先に、六頭がどう動くのかを見ているようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。