名工への道
翌朝。
アラタが食堂へ下りると、すでに志乃と圭介が席についていた。
その向かいには、当然のような顔でリーズが座っている。
机の上には、空になった皿が十数枚積み上がっていた。
その横では、新しい皿がさらに一枚空になろうとしている。
アラタは足を止めた。
「……お主、朝からどれだけ食うつもりじゃ」
リーズは食事を続けながら答える。
「戻ってから満足に食事をする暇もなかったからな」
「寝てもおらんかったのに、食うことまで後回しにしておったのか」
「我が主との道がいつ開くか分からなかったのだ。席を外している間に開いたらどうする」
「飯くらい食え」
「だから今食べている」
「そういう意味ではないわ」
圭介が積み上がった皿を見たあと、リーズへ顔を向けた。
「一緒に調べてた人たちも、ずっとそんな感じだったんですか?」
「当然だ」
リーズは平然と答えた。
志乃が少し引いた顔をする。
「……かわいそう」
「何がだ?」
本人にはまったく伝わっていなかった。
アラタはため息をつき、自分の朝食を受け取る。
その時、食堂の入口で足音が止まった。
武蔵坊弁慶だった。
昨夜はアラタたちが休んだ後に戻ったらしく、リーズとはまだ顔を合わせていない。
弁慶の視線が、見知らぬ白銀髪の女へ向く。
リーズも振り返った。
しばらく、二人が無言で見合った。
先に口を開いたのはリーズだった。
「大きいな」
弁慶の眉が動く。
圭介が口元を押さえた。
「……昨日も似たようなこと言われてましたね」
「何の話だ?」
弁慶が圭介を見る。
「いえ、何でもないです」
リーズは立ち上がると、弁慶を上から下まで眺めた。
それからアラタへ顔を向ける。
「我が主。こやつも仲間か?」
「うむ。武蔵坊弁慶じゃ」
弁慶の表情が変わった。
「では、貴殿がリーズ殿か」
「我を知っているのか?」
「話は聞いておる」
「どのような?」
弁慶が少し考えた。
「白き竜であり、お主の主を古くから知る者だと」
リーズは満足そうに頷く。
「正しい」
アラタが口を挟んだ。
「他にも色々あるじゃろ」
「必要か?」
「いや、よい」
余計なことを言えば長くなりそうだった。
リーズはもう一度弁慶を見る。
「なるほど。随分と頑丈そうだ」
「否定はせぬ」
「我が主を守っているのか?」
「それは違う」
弁慶は即答した。
リーズの目が僅かに細くなる。
だが弁慶はそのまま続けた。
「拙僧が守ると決めた者を守っておる。お主もその中に入ることはあろうが、アラタ殿だけを守っているわけではない」
「ほう」
リーズは少しだけ弁慶を見る目を変えた。
「気に入った」
「それはどうも」
「だが我が主は我が守る」
「好きにされよ」
あまりにもあっさり返され、リーズの方が一瞬黙った。
圭介が小声で言う。
「弁慶さん、強いなあ」
志乃も頷いた。
アラタは朝食を口へ運びながら、何となく嫌な予感がした。
仲間が増えるたび、妙な者同士が妙な形で馴染んでいく。
自分の周囲は、どうしてこうなるのだろう。
「ところで我が主」
「何じゃ」
「今日は何をする?」
「剣じゃ」
アラタは食事を終えると、自分の空いた腰を軽く叩いた。
「昨日話したじゃろ。迷宮から持ち帰った物を使って、新しい剣を作りたい」
リーズの視線が弁慶の背後に置かれた荷へ向く。
黒い金属。
そして、八つ首の大蛇の尾から出てきた灰銀色の剣状異物。
昨日は夜遅くまで話していたため、実物を見せるところまではいかなかった。
「それか」
リーズが立ち上がった。
「見せろ」
リーズは弁慶の荷へ近づいた。
弁慶が黒い金属を包んだ布を開く。
リーズは屈み込み、黒い塊へ片手を伸ばした。
そのまま何気なく持ち上げる。
弁慶がここまで運んできた重い塊が、リーズの手の中では小石のように浮いた。
圭介が目を見開く。
「……それ、そんなに軽かったんですか?」
リーズは黒い金属を片手で軽く持ち直した。
「この程度か。若い竜の爪ほどもない」
圭介が少し黙った。
「基準が分からないです」
志乃も同意するように頷く。
弁慶は何も言わなかったが、リーズを見る目が僅かに変わった。
リーズは黒い金属の表面へ目を落とし、少しだけ目を細める。
「知らんな」
「お主でも知らんか」
「我を何だと思っている。我は鍛冶師ではないぞ」
「何でも知っておるような顔をするからのう」
「大抵のことは知っている」
「どっちじゃ」
続いて、灰銀色の剣状異物を見る。
リーズは持ち上げようとして、一度だけ動きを止めた。
「……妙な物だな」
アラタが反応する。
「何か分かるか?」
「分からん」
「お主もか」
「なぜ嬉しそうなのだ」
「仲間が増えた気がしてのう」
それ以上は何も分からなかった。
結局、朝食を終えた五人は、そのまま昨日の鍛冶屋へ向かうことになった。
◇
町へ出ると、リーズはすぐに目立った。
白銀の髪に紅い瞳。
服装も、この辺りではまず見ない。
すれ違う者が振り返っても、本人はまるで気にしない。
むしろ周囲を見るリーズの方が忙しかった。
露店。
武器屋。
荷車。
通りを走る子供。
軒先に干された洗濯物。
戦場でチンギスを焼き払おうとしていた竜王とは思えないほど、一つ一つを眺めている。
「何か珍しいか?」
アラタが聞く。
「珍しいというより、違う」
「レグナルシアと?」
「当然だ。同じ人の町でも、造りも匂いも違う」
リーズの足が止まった。
視線の先には、焼きたてのパンを並べた露店がある。
店主がリーズと目を合わせる。
「お姉さん、一つどうだい?」
リーズがパンを見る。
「よこせ」
店主が固まった。
アラタはリーズの頭を軽く叩いた。
「買うんじゃ」
「何をする、我が主」
「金を払うんじゃよ」
リーズが真顔でアラタを見る。
「我から金を取るのか?」
「取るに決まっておるじゃろ」
「我は竜王だぞ」
「ここではただの無一文じゃ」
圭介が噴き出した。
リーズが振り返る。
「何がおかしい」
「いや、竜王でも無一文なんだなって」
「我の国へ来い。山ほど払ってやる」
「ここのお金でお願いします」
志乃まで笑いを堪えていた。
結局、アラタがパン代を払った。
リーズは一口食べる。
少し黙った。
もう一口食べる。
「うまいな」
「じゃろ?」
なぜかアラタが得意そうに答えた。
「我が主が作ったわけではないだろう」
「細かいことを言うでない」
そんなやり取りをしながら歩き、やがて見慣れた鍛冶屋へ着いた。
扉を開ける。
熱気と鉄の匂いが流れてきた。
奥で作業していた店主が顔を上げる。
アラタを見る。
弁慶の荷を見る。
そして、深くため息をついた。
「昨日の今日でまた来たのか」
「来たぞ」
「嬉しそうに言うな」
「昨日、心当たりがあると言ったじゃろ」
「ああ、言った」
店主が作業の手を止める。
そこで初めて、アラタの後ろに立つリーズへ気づいた。
動きが止まった。
リーズも店主を見る。
「こやつが我が主の剣を作る鍛冶師か?」
「違う」
店主が即答した。
「まだ何も言っておらんぞ」
「嫌な予感がした」
リーズの眉が上がった。
「我が主の剣を打てないのか?」
「黒い方だけなら打てる」
「なら打て」
「だが、そっちの訳の分からん物まで一緒にしろと言われた」
店主が弁慶の荷を指す。
リーズは少し考えた。
「なら、できる者にやらせればいい」
「だから今日来たんじゃろうが」
アラタが言う。
店主は二人を交互に見た。
「……お前ら、似てるな」
「どこがじゃ!」
アラタが即座に否定する。
一方、リーズの顔はぱっと明るくなった。
「そうだろう!」
アラタがリーズを見る。
「何を喜んでおる!」
「我が主と似ていると言われたのだぞ。喜ばぬ理由があるか?」
「わしにはあるわ!」
店主が黙る。
圭介も黙る。
志乃は目を逸らした。
弁慶だけが何も言わなかった。
「まあいい」
店主は奥へ引っ込み、しばらくして一枚の紙を持って戻ってきた。
簡単な道筋が書かれている。
「ここから少し離れてる」
アラタが紙を受け取る。
「昨日言っておった鍛冶師のところか?」
「ああ」
「名は?」
店主は一瞬答えかけて、やめた。
「会えば分かる」
「何じゃそれは」
「俺から聞くより本人から聞け。その方が面倒が少ない」
「余計に不安になってきたぞ」
圭介が呟く。
店主は黒い金属へ目を向ける。
「一つだけ言っとく」
声から軽さが消えた。
「腕は確かだ。少なくとも、俺があれを持っていくなら、その人のところへ行く」
アラタも真顔になる。
「それほどか」
「だから教えた」
店主は次に灰銀色の異物を見る。
「ただし、これを本当に扱えるかは知らん。俺が知ってる限り、試す価値があるのがその人だけだ」
「十分じゃ」
アラタは紙を折った。
リーズが横から覗き込む。
「遠いのか?」
「歩ける距離じゃ」
「なら行くぞ、我が主」
「お主が決めるな」
「我が主の剣だろう?」
リーズは当然のように言った。
「なら我も見る」
アラタは一瞬だけリーズを見た。
昔からこうだった。
自分のこととなると、妙なところで本人以上に熱心になる。
「好きにせい」
「最初からそのつもりだ」
店主が小さく呟いた。
「やっぱり似てるだろ」
リーズが満足そうに笑った。
「見る目があるな」
「お主は黙っておれ」
◇
鍛冶屋を出たあと、道案内は志乃が引き受けた。
紙へ描かれた目印を確認しながら、町の中心から少しずつ外れていく。
人通りが減り、家と家の間隔も広くなった。
圭介が後ろを歩きながら言う。
「普通に会える人だといいですね」
アラタが振り返る。
「昨日も同じことを言っておったな」
「誰も答えてくれなかったので」
「今日は我が答えてやろう」
リーズが言った。
圭介が少し期待した顔を向ける。
「普通でなくても問題ない」
「答えになってないですよ」
「腕があればよいだろう」
「俺は会話が成立する人がいいです」
「贅沢だな」
「これ贅沢なんですか?」
志乃が紙から顔を上げた。
「たぶん、この先です」
道の先に、一軒の工房が見えた。
町の喧騒から少し離れた場所。
飾り気のない建物で、煙突から細い煙が上がっている。
近づくにつれ、鉄を打つ音が聞こえてきた。
一定の間隔ではない。
何度か続き、止まり、また響く。
アラタたちは工房の前まで来た。
志乃が紙と建物を見比べる。
「ここで間違いないと思います」
アラタが弁慶を見る。
弁慶の背には、黒い金属と灰銀色の異物。
リーズは扉を見ている。
圭介が小さく息を吐いた。
「今度こそ普通の人でありますように」
アラタが扉へ手を伸ばした。
その瞬間。
工房の奥から響いていた金槌の音が、止まった。




