↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/75

迷宮の地図

四人が討伐者の詰所へ着いた頃には、日が少し傾き始めていた。


扉を開ける。


中は以前より騒がしかった。


壁際では討伐者たちが依頼札を見比べ、奥では何人かが紙束を抱えて行き来している。東で起きた戦の影響が、ここにも残っているらしい。


「戻った者の確認が先だ! 依頼の再開はその後!」


聞き覚えのある声が飛ぶ。


机の向こうで、榊玄馬が紙束を片手に立っていた。


玄馬は復旧の引き継ぎを済ませ、一足先に町へ戻っていたらしい。


「おお、玄馬」


玄馬が顔を上げ、それからアラタの腰を見る。


新しい剣が下がっている。


「……もう買ったのか」


「うむ」


「折るなよ」


「会って最初にそれか?」


「前のを折った奴に言ってる」


巴が小さく笑った。


玄馬はそのまま巴を見る。


「そっちも戻ったか」


「うん。ただいま」


「宿場は?」


「動けない人はまだいるけど、急いで町へ運ばないと危ない人はだいぶ減ったよ」


「そうか」


玄馬は短く頷いた。


それから志乃と圭介へ目を向ける。


「で、何でこの四人で来た」


アラタが答える。


「迷宮へ行こうと思ってのう」


玄馬の手が止まった。


「……帰ってきたその日に、今度は地の下か」


「戦争ではないぞ」


「そういう話をしてるんじゃない」


玄馬はため息をつく。


「どこの話だ」


「町から少し離れた古い坑道じゃ。奥で妙な金属が採れるらしい」


玄馬の表情が変わった。


「あそこか」


志乃が聞く。


「知ってるんですか?」


「知ってる。詰所から入った奴もいる」


「危険ですか?」


「危険じゃない迷宮があるなら教えてくれ」


志乃は黙って頷いた。


玄馬は机の下から一冊の綴じた帳面を取り出した。


何枚かめくる。


「坑道自体は昔の鉱山跡だ。問題は、その先で古い遺構に繋がってることだ」


「鍛冶屋からも聞いたのう」


「浅いところは何度も人が入ってる。道もある程度分かってる」


「奥は?」


玄馬は一枚の紙を抜き、机の上へ広げた。


簡単な線で坑道らしきものが描かれている。


入口から何本か道が分かれ、その先に別の区画が続いていた。


だが途中から線は急に少なくなり、さらに奥は白紙だった。


「ここから先は、まともな地図がない」


アラタが覗き込む。


「誰も行っておらんのか?」


「行った奴はいる。だが、戻ってきた奴が全部同じ道を通ったとは限らん」


玄馬は白紙の手前を指す。


「崩れた場所もある。枝道も多い。暗い。魔物も出る」


圭介の表情が少し強張った。


玄馬は続ける。


「地上みたいに遠くから全体を見られない。狭い場所じゃ人数が多くても邪魔になる。前と後ろが離れれば、何が起きてるかも分からん」


志乃が地図を見る。


「退路を確認しながら進む必要がありますね」


「そういうことだ」


玄馬が志乃を見る。


「行くのか?」


志乃はすぐには答えなかった。


もう一度、地図を見る。


「行きます。ただ、無理だと思ったら私は戻ります」


玄馬が頷いた。


「それでいい」


それからアラタを見る。


「アラタ。こいつらをお前基準で奥へ連れていくな。戻ると言ったら戻せ」


「分かっておる」


圭介も地図を見たまま言う。


「俺も行きます」


声には少し緊張があった。


玄馬は二人を見てから、話を戻した。


「黒い金属が欲しいんだったな」


「うむ」


「持ち帰った記録はある。量は多くない。鍛冶屋に回った物も、その一つだろう」


「どこで採れた?」


「分からん」


アラタが顔を上げた。


「場所を覚えておらんのか?」


「覚えてないんじゃない。説明できなかったんだ」


玄馬の指が、地図の白い部分を叩く。


巴が尋ねる。


「どういうこと?」


「道が多すぎたらしい。曲がって、下りて、また曲がって。目印を付けながら進んだが、帰りにはいくつか見つからなかったと言ってる」


圭介が眉を寄せた。


「消えたんですか?」


「そこまでは分からん。見落としただけかもしれん。魔物に剥がされたのかもしれん。誰かが動かしたのかもしれん」


玄馬はそこで言葉を切った。


「分からないものを、勝手に不思議な力のせいにするな」


「……はい」


アラタが少し笑う。


「玄馬らしいのう」


「お前は逆に面白がるな」


「まだ何も言っておらんぞ」


「顔に出てる」


巴がアラタを見る。


確かに、少し楽しそうだった。


玄馬は地図を指した。


「アラタ」


「何じゃ」


「お前が強いのは知ってる。だが、ここでそれを基準にするな」


アラタの表情から笑いが消える。


「こいつらはお前じゃない」


「分かっておる」


「地上なら、お前が前へ出て敵を片づけることもできる。だが地下で勝手に奥へ行けば、後ろに残る奴らは自分で戻らなきゃならん」


アラタは地図を見る。


暗い坑道。


狭い道。


枝分かれする通路。


確かに、戦場とは違う。


敵を倒せば終わる場所ではない。


「それに」


玄馬がアラタの腰の剣を見る。


「狭いところじゃ、その剣も好きには振れんぞ」


アラタも腰を見る。


「……それは考えておかねばならんのう」


玄馬は紙を一枚引き寄せた。


「必要な物を書いておく」


灯り。予備の灯り。縄。水。食料。傷薬。道に印を残す物。


巴が覗き込む。


「布でもいい?」


「残るならな。壁へ直接印を付けられる物も持て」


志乃が頷く。


「同じ場所へ戻ったか確認できますね」


「そうだ」


玄馬は書き終えた紙をアラタへ渡した。


「今日は準備だけにしろ」


「もう夕方じゃからのう」


「朝でも同じことを言う」


アラタが玄馬を見る。


玄馬の顔は真面目だった。


「強いから止める必要がない、とは思ってない」


少しだけ間があった。


「強い奴ほど、行けると思った時に行きすぎる」


アラタは黙った。


昔も何度か、似たようなことを言われた気がする。


一人や二人ではなかった。


「分かった」


今度は素直に頷いた。


玄馬もそれ以上は言わない。


志乃が地図を指す。


「これ、写してもいいですか?」


「そのために出した」


「ありがとうございます」


圭介が白紙になっている奥を見る。


「結局、この先は入ってみないと分からないんですね」


「そうなる」


アラタも白紙を見る。


地図の線が途切れた、その先。


そこに何があるのかは分からない。


魔物か。


金属か。


それとも、何もないのか。


分からないからこそ、少しだけ胸が騒ぐ。


玄馬がそんなアラタを見て、ため息をついた。


「頼むから、白紙を全部埋めようとするなよ」


アラタは少し考えた。


「努力はする」


「そこは『分かった』と言え」


机の上には、途中で途切れた迷宮の地図が残っていた。


その先は、まだ白い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。