剣がない②
食事のあと。
アラタは巴、志乃、圭介と別れ、鍛冶屋へ向かう――つもりだった。
だが。
「私たちも行きます」
志乃が言った。
「なぜじゃ?」
「気になるので」
「わしの剣が?」
「はい」
圭介も頷く。
「俺も見たいです」
「お主ら暇なのか?」
「今日は依頼入れてないので」
「なるほど」
結局、四人で鍛冶屋へ向かうことになった。
店の前まで来ると、今日も金属を叩く音が響いている。
中へ入れば、壁には大小いくつもの刀や剣、槍の穂先が並んでいた。
アラタの目が輝く。
「おお」
巴が横を見る。
「楽しそう」
「武器屋というのはいくつになっても楽しいものじゃ」
圭介が聞く。
「百歳超えてもですか?」
「そこは関係ない」
「本当にそういうところだけ少年みたいですよね」
「どっちじゃ」
店の奥から、腕の太い男が出てきた。
「何を探してる」
「剣じゃ」
「見れば分かる」
男はアラタの腰を見る。
空の鞘。
少し間を置く。
「盗まれたか?」
「折れた」
「何した」
「ちょっと戦ってのう」
巴が横から言う。
「チンギス・ハーンと」
「巴お嬢ちゃん」
男の動きが止まった。
志乃が目を伏せる。
圭介は笑いを堪えていた。
鍛冶屋の男がアラタを見る。
次に空の鞘を見る。
もう一度アラタを見る。
「……お前か」
「何がじゃ」
「最近、町で噂になってるガキ」
「ガキではない」
「見た目はガキだろ」
「それは否定できんが」
男は腕を組んだ。
「白い龍の主だって?」
アラタの眉が寄る。
「その呼び方はやめてくれんか」
「違うのか?」
「違わんのが余計に困る」
圭介が後ろで吹き出した。
「お主、あとで覚えておれよ」
「何されるんですか!?」
「何もせん」
「怖い言い方やめてくださいよ!」
鍛冶屋は面倒そうに手を振った。
「で、剣だろ。金は?」
「ある」
「なら客だ。好きなのを見ろ」
アラタは壁へ向かった。
一本ずつ手に取る。
重さを確かめ、柄を握り、重心を見る。
何本か確かめたところで、一振りの剣を手にした。
「これは握りやすいのう」
「振るなら外でやれ」
「分かっておる」
店の裏へ出る。
試し斬り用らしい太い丸太が何本か立っていた。
鍛冶屋が一本を指す。
「それを斬ってみろ」
「よいのか?」
「商品を空振りされても分からんからな。力は入れすぎるなよ」
「承知した」
アラタは剣を構えた。
軽く踏み込み、丸太へ刃を走らせる。
乾いた音が一つ。
刃は途中まで食い込んで止まった。
圭介が目を丸くする。
「軽くって言いましたよね?」
「軽くじゃ」
鍛冶屋がアラタから剣を受け取った。
刃を確認する。
次に丸太の切り口を見る。
しばらく黙った。
「もう一度」
「うむ」
今度は別の剣。
少し厚く、重い。
同じように振る。
また、刃が深く食い込んだ。
鍛冶屋はすぐに剣を受け取り、刀身を光へ翳した。
「お前」
「何じゃ?」
「これで、かなり抑えてるんだな?」
「力はほとんど入れておらんぞ」
鍛冶屋の顔が嫌そうになる。
「じゃあ駄目だ」
「何がじゃ」
「剣だよ」
「今のは折れておらんぞ」
「今はな」
男は刃の一部を爪でなぞった。
「一回二回なら問題ない。普通に魔物を斬るくらいなら、これでも使える」
「ならよいではないか」
「今のでそれだけ抑えてるなら、本気で打ち合うような相手には持たん」
「そうなのか?」
「刃をぶつけ、受け、斬る。それを何度も続ければ、先に武器が参る」
アラタは自分の手を見る。
鍛冶屋は空の鞘へ目をやった。
「前の剣が折れたってのも、今のを見れば不思議じゃない」
圭介が頷く。
「なるほど」
志乃がアラタを見る。
「戦い方の問題もありそうですね」
「剣は戦うための物じゃろ」
「壊すためではありません」
「志乃まで厳しくないかのう」
巴が言う。
「リーズならもっと言うと思う」
「ここにおらん奴を味方につけるでない」
鍛冶屋は壁の剣を見回した。
「売るだけなら好きなのを売る。ただ、お前が本気で打ち合う相手にも使いたいなら、普段使いの鉄剣じゃ心許ない」
アラタも、ようやく真面目に剣を見る。
今の自分は、かつて長い年月をかけて力を積み重ねた頃に比べれば遥かに弱い。
それでも、強者と本気で刃を交えれば、普通の武器では先に限界が来る。
「困ったのう」
「注文で作るか?」
「できるのか」
「材料があればな」
男が答える。
「今ある鉄を厚くして、重くして、丈夫にはできる。ただ、それがお前に一番合うかは別だ」
「もっとよい材料はないのか?」
「あるにはある」
男が少し黙った。
アラタが気づく。
「何じゃ」
「面倒なんだよ」
「何が」
「取りに行くのが」
四人の視線が集まる。
鍛冶屋は頭を掻いた。
「町から少し離れたところに、古い坑道がある」
「鉱山か?」
「昔はな」
今は違うらしい。
「掘り進めてるうちに、もっと古い地下遺構へ繋がった」
圭介が反応する。
「地下遺構?」
志乃が聞く。
「討伐者が入る場所ですか?」
「入る奴はいる。魔物もいるからな」
「なるほど」
アラタが頷く。
「なるほど、じゃない」
圭介が横を見る。
「アラタさん、もう行く顔してますよ」
「顔で分かるのか?」
「最近分かるようになってきました」
「成長したのう」
「そこ褒めるところです?」
鍛冶屋は壁に掛けていた布を一枚取り、作業台の上へ広げた。
中から、黒っぽい金属片が現れる。
アラタが手に取る。
小さいが、見た目よりずっと重い。
「ほう」
指で弾く。
澄んだ音がした。
圭介も覗き込む。
「鉄じゃないんですか?」
「分からん」
鍛冶屋が答える。
「だが鍛えることはできる。普通の鉄よりかなり硬い」
志乃が尋ねる。
「これで剣を作れるんですか?」
「量があればな」
「どこで取れる?」
アラタが聞く。
「遺構の奥だ」
「入口には?」
「ほとんどない」
アラタの口元が上がった。
巴がすぐ気づく。
「あ、その顔」
「何じゃ」
「完全に行く気になった」
圭介もアラタを見る。
「行くんですか?」
「武器が必要じゃからのう」
志乃は少し考えた。
「迷宮ですね」
アラタが見る。
「迷宮?」
「古い地下遺構で、魔物が住み着いている場所はそう呼ばれることがあります」
「ほう」
戦争とはまったく違う話だった。
古い地下遺構を進み、魔物を避けるか倒しながら、その奥にある正体不明の金属を探す。
アラタの目が少しだけ輝く。
巴が笑う。
「やっぱり楽しそう」
「そう見えるか?」
「ものすごく」
圭介も頷く。
「俺にもそう見えます」
志乃まで、
「見えますね」
と続けた。
「仕方ないじゃろ」
アラタは金属片を作業台へ戻した。
「こういうのは、わくわくするものじゃ」
百年以上生きた。
王にもなり、戦争も政治も嫌というほど経験した。
それでも、未知の場所へ入り、何があるか分からない奥へ進むと聞けば、昔の自分が少しだけ顔を出す。
勇者だった頃の自分だ。
「で」
巴が聞く。
「いつ行くの?」
「明日」
「早っ」
圭介まで声を上げた。
「明日ですか!?」
「善は急げじゃ」
志乃が腕を組む。
「場所も中の状況も、まだ何も確認してませんよ」
アラタが止まった。
「……そうじゃな」
「そこからです」
「うむ」
圭介が少し安心した顔をする。
「さすが黒田さん」
「何がですか」
「止めてくれたので」
「止めてはいません」
「え?」
志乃は鍛冶屋を見る。
「迷宮について、討伐者の詰所にも情報がありますよね?」
「ああ。入る奴もいるからな」
「では、まず詰所で確認しましょう」
アラタが頷く。
「それがよいのう」
圭介が志乃を見る。
「黒田さん」
「何ですか」
「もしかして行く気です?」
志乃は少し間を置いた。
「まだ決めてません」
「その言い方、だいたい行くやつですよね?」
巴が笑う。
「圭介も行くんでしょ?」
「え?」
「行かないの?」
三人が圭介を見る。
「いや……」
圭介は迷った。
「行きますけど」
アラタが頷く。
「決まりじゃな」
「まだ俺、行くって決めた感じになってませんでしたよね!?」
「今言ったではないか」
「誘導された気がする!」
「気のせいじゃ」
「絶対違う!」
久しぶりだった。
軍を相手にするでもなく、戦線を守るでもない。
四人で情報を集め、準備をして、未知の場所へ向かう。
アラタは少し笑った。
「では、まずは詰所じゃな」
◇
その日の午後。
アラタは結局、鍛冶屋から安い予備の剣を一本買った。
刃には特別な鍛え模様もなく、小ぶりな鉄の鍔に、茶色い革を巻いただけの柄。焦げ茶色の鞘にも飾りはなく、店に並んでいた中でも目立たない一振りだった。
腰へ下げて何度か柄の位置を確かめる。
「まあ、当面はこれでよかろう」
店を出る時、鍛冶屋から何度も念を押される。
「本気で振るなよ」
「分かっておる」
「無茶な受け方もするな」
「剣じゃぞ?」
「お前の場合は信用できん」
「大丈夫じゃ」
「絶対折るなよ」
アラタは胸を張った。
「任せておけ」
鍛冶屋は最後まで不安そうだった。
圭介が小声で言う。
「俺も不安です」
「なぜじゃ」
「その『任せておけ』が一番不安なんですよ」
志乃も頷く。
「同感です」
巴まで頷いた。
「私も」
アラタは三人を見た。
「先ほどから団結する方向がおかしくないか?」
「共通の心配事があるので」
志乃が真顔で答える。
「わしか?」
三人は答えなかった。
「なぜ黙る」
圭介が耐えきれず笑った。
四人はそんな話をしながら、見慣れた町の通りを歩いていく。
店の呼び声。
荷車の音。
夕餉の支度を始める匂い。
宿場へ向かう前にも見た景色だった。
だが今は、少し違って見える。
帰ってきた。
ようやくアラタにも、そう実感できた。
そして次に向かうのは、軍勢の待つ戦場ではない。
地の底へ続く、古い迷宮。
まずは、何が待っている場所なのかを知るところからだ。




