覇王の武
草地を抜ける風が、血の匂いを運んでいた。
チンギスと項羽は、数歩の距離を挟んで向かい合っている。
二十騎の兵は後ろで馬を止めたまま、誰一人として前へ出ようとしなかった。足元には折れた槍や砕けた盾が散らばり、そのさらに向こうには、ここへ来るまでに見てきた兵や馬の死体が点々と続いている。
その中心にいた男――項羽は、まるで自分だけが別の場所にいるような顔で立っていた。
片手に持つ長い戟へ、チンギスの目が向く。
黒ずんだ柄は塗料で染められたものではない。長い年月、汗と血と土を吸い込み、何度も握られ続けた木そのものが深く沈んだ色をしていた。先端には分厚い槍穂。その根元からは、大きく湾曲した月牙状の刃が横へ張り出している。
飾りのための刃ではなかった。人も馬も、鎧ごと引き裂くための厚みがある。
刃元を包む鈍い金色の金具には、龍と虎が互いへ牙を向ける彫刻が刻まれていた。華美ではない。所々が削れ、血が入り込み、刃には何度も研ぎ直された跡が残っている。
ただの武器ではない。
何人もの命を断ちながら、この男と共に残ってきた武器だ。
項羽の視線が、チンギスの後ろに並ぶ騎兵へ移った。
「そいつらの頭か」
「そうだ」
「なら、ちょうどいい」
「何がだ」
項羽は足元に転がる折れた槍へ目を落とした。
「こいつらが、俺に従えと言った」
チンギスの表情は変わらない。
「それで殺したのか」
「武器を向けた」
「四十七人いたぞ」
「数えてない」
項羽はそれだけ言うと、肩へ預けていた戟を下ろした。二十騎の兵の何人かが、それだけでわずかに身じろぎする。
重いはずの武器だった。
だが、項羽の手の中では長い棒ほどの重さしかないように見える。
「まだやるなら来い。帰るなら追わん」
チンギスだけが笑った。
「帰る?」
聞き慣れない言葉でも耳にしたような顔で、項羽を見上げる。
「儂に言ったのか」
「他に誰がいる」
笑みが深くなった。
「気に入らん」
「そうか」
「だから殺す」
項羽は戟を構えた。
「来い」
白い龍の炎で焼かれたチンギスの身体には、まだ真新しい包帯が巻かれていた。布の隙間からは赤黒い火傷が覗き、ところどころには血も滲んでいる。
項羽がそこへ目を向ける。
「その傷でやるのか」
「気になるか」
「別に」
両手が柄へ添えられた。
「弱っているなら、それまでだ」
チンギスの口元が上がる。
「いい」
先に動いたのはチンギスだった。
地面を蹴ると同時に間合いを潰し、湾刀を項羽の首へ走らせる。白い龍と戦った傷のせいで身体は重い。それでも、並の兵なら刃が動いたことに気づいた時には首を断たれている速さだった。
項羽は避けなかった。
長い戟の柄がわずかに上がり、湾刀を受ける。
硬い音が鳴った。
チンギスはそのまま刃を押し込み、懐へ入ろうとした。
その瞬間、景色が横へ流れた。
「――っ!」
何をされたのか理解した時には、背中が地面へ叩きつけられていた。
息が詰まる。
湾刀は離していない。チンギスはすぐに身体を転がして立ち上がったが、項羽は追ってこなかった。
戟を構えたまま、ただこちらを見ている。
チンギスの笑みが消えた。
今のは刃ではない。
湾刀を柄で受け、そのまま手首を返しただけだった。それだけで、身体ごと横へ持っていかれた。
「……なるほど」
項羽が言う。
「軽いな」
後ろで兵たちが息を呑んだ。
チンギスの眉が動く。
「何が」
「お前だ」
それ以上、項羽は説明しなかった。
今度はチンギスも正面からは行かない。左へ回り込み、戟の穂先が届くぎりぎりの外から湾刀の切っ先を滑り込ませる。
長柄の武器は、懐へ入られれば扱いにくい。
普通ならそうだ。
だが、チンギスが一歩踏み込んだ瞬間、項羽は石突で地面を叩いた。
乾いた土が跳ね上がり、視界が一瞬白く濁る。
その土煙の中から、刃ではなく柄が真っ直ぐ顔へ突き出された。
首を傾けてかわしたつもりだったが、頬が熱く裂ける。
次の瞬間には、項羽の両手が柄の上を滑っていた。長く持っていた戟を一息で中央近くまで持ち替え、下から月牙の刃を跳ね上げてくる。
チンギスは湾刀を合わせた。
腕が痺れた。
まともには受けきれない。刃を滑らせながら衝撃を横へ逃がしたが、それでも肩まで重い力が抜けていく。
焼けた傷が開き、包帯へ新しい血が滲んだ。
そこへ項羽が踏み込んでくる。
距離が近い。
長い戟なら、むしろ振りにくくなるはずだった。
だが項羽は柄の中央を持ち、肘と肩だけで武器を小さく回した。月牙が短い軌道で走り、チンギスの胸を浅く裂く。
後ろへ退こうとしたところへ石突が来た。
かわす。
間を置かず槍穂。
湾刀で外へ流す。
さらに返った月牙が追ってくる。
長い一本の武器を使っているはずなのに、距離が変わるたび、まるで別の武器へ持ち替えているようだった。
遠ければ長さと重量を生かして薙ぐ。
中間なら槍のように突く。
懐へ入れば、柄と石突を棍のように使い、その直後には刃まで戻ってくる。
怪力だけではない。
この男は、異様な重さの戟を完全に自分の手足として扱っている。
三度距離を取り直した時には、チンギスの呼吸が目に見えて乱れていた。
項羽はほとんど変わらない。
「終わりか」
「誰が」
チンギスは口元の血を親指で拭った。
「今、見ている」
「俺を?」
「そうだ」
「見てどうする」
「決まってる」
再び笑う。
「殺す」
項羽は戟を構え直した。
「やってみろ」
二人が再びぶつかった。
だが今度のチンギスは、最初から首を取りには行かなかった。
項羽の肩を見る。
肘を見る。
腰の向き、足の置き方、踏み込む前の重心の移り方を見る。
横へ薙ぐ直前、右足が半歩だけ深く沈む。
突きでは左肩がわずかに前へ入る。
近距離で石突を返す時だけ、右手の握りが逆になる。
気づいたからといって、すぐ避けられるわけではない。
頬を裂かれ、腿を抉られ、湾刀を弾かれた拍子に柄を握る指の皮まで剥けた。それでもチンギスの目だけは、項羽から離れなかった。
何度目かの横薙ぎが来た。
項羽の右足が沈む。
今度は、その動きより早くチンギスが身を落とした。
轟、と頭上で風が鳴る。
戟が髪を掠めて抜けた瞬間、そのまま一歩前へ出た。湾刀の切っ先が初めて項羽の脇腹へ届き、薄く肉を裂く。
血が飛んだ。
後ろの二十騎から、抑えきれない声が漏れる。
項羽は自分の脇腹を一度だけ見た。
深い傷ではない。
「一つ」
チンギスが言う。
「何が」
「覚えた」
項羽は戟を構え直した。
「なら、もう一度やる」
同じ横薙ぎだった。
右足が沈む。
チンギスも同じように身を落とす。
だが、頭上を通り過ぎるはずの戟が止まった。
項羽が途中で力を殺したのだと気づいた時には遅かった。
横へ走っていた月牙が、真下へ落ちてくる。
チンギスは身体を捻ったが、完全には逃げられない。刃が左肩へ食い込み、骨へ当たって止まった。
膝が落ちる。
項羽が戟を引き抜くと、血が一気に噴き出した。
「一つ覚えたくらいで、勝った顔をするな」
チンギスは肩を押さえながら、それでも笑った。
「……面白い」
項羽の視線が、流れ出した血へ向く。
正確には、その血が思ったほど勢いを保っていないことへ。
「その身体」
「何だ」
「変だな」
「儂もそう思う」
チンギスは立ち上がった。
普通の人間なら、白い龍との戦いで既に寝台から起き上がることすら難しい。そこへ今の傷まで加われば、立つどころか意識を保つことさえできないはずだった。
項羽もそれを分かっている。
わずかに目を細めた。
「普通なら、もう動かない」
「普通と比べるな」
「そうか」
項羽はそれ以上聞かなかった。
「なら、壊れるまでやる」
その言葉と同時に、戟が動いた。
今までより速い。
項羽もまた、チンギスを見ていたのだ。
どこまで避けるのか。
どれだけ傷つけば動きが鈍るのか。
何を覚え、何を狙っているのか。
横薙ぎから突きへ。突きを外されれば柄を返し、そこから石突を打ち込む。
一撃ごとに土が抉れた。
チンギスは刃をかわし、湾刀で受け、受けきれない一撃には身体ごと吹き飛ばされた。背中から地面へ叩きつけられるたび、兵たちの顔が引きつる。
大ハーンが押されている。
誰の目にも、それは明らかだった。
だがチンギスは起きる。
また前へ出る。
項羽の腕へ一太刀を入れた。浅い。
次は右腿。
湾刀の切っ先が肉を裂く。
項羽は気にも留めず、その脚で地面を蹴って踏み込んだ。
巨大な戟が横から迫る。
チンギスは湾刀で受け流したが、完全には殺しきれず、脇腹を刃が掠めた。包帯の下にまで血が走り、口からも赤いものが飛ぶ。
「大ハーン!」
兵の一人が耐えきれず声を上げた。
弓へ手を伸ばしかける。
「手を出すな!」
チンギスの怒声で、その手が止まった。
項羽がわずかに顎を上げる。
「使わないのか」
「必要なら使う」
「今は?」
「邪魔だ」
項羽は何も返さなかった。
ただ戟の切っ先を向け直す。
チンギスも血を吐き捨て、湾刀を構えた。
「お前がまだ立っている」
その言葉で、項羽の目がわずかに鋭くなる。
次の瞬間、地面が爆ぜた。
項羽が一気に間合いを潰し、槍穂を胸へ突き出す。
速い。
避けようと思えば、まだ横へ逃げられた。
だがチンギスは半歩しか動かなかった。
槍穂が右脇腹の外側へ突き刺さり、そのまま背側へ抜ける。
後ろの兵たちが凍りついた。
項羽の眉が動く。
チンギスは笑っていた。
血の混じった歯を見せて。
「捕まえた」
左腕を戟の柄へ回し、そのまま抱え込む。
項羽が引いた。
抜けない。
刃が自分の肉をさらに裂くのも構わず、チンギスは柄を押さえつけていた。
「馬鹿か」
「勝てばいい」
湾刀が走る。
項羽は上体を捻って首を外したが、右胸が深く裂けた。
すぐに柄から片手を離し、チンギスの顔面を殴る。
骨が軋み、視界が揺れた。
それでも左腕は離れない。
チンギスは二度目の刃を腹へ突き込んだ。
今度は項羽の拳が頭へ落ちてくる。
視界が白く弾ける。
三度目を狙ったところで、項羽はついに戟を捨てた。前へ踏み込み、湾刀を持つチンギスの手首を掴む。
指が食い込む。
骨そのものを握り潰されるような力だった。
「それで勝ったつもりか」
「まだだ」
チンギスが頭突きを入れた。
項羽の鼻から血が散る。
ほとんど効いていない。
次の瞬間、膝が腹へめり込んだ。
チンギスが血を吐く。
それでも退かなかった。
ここまで来て、初めて項羽の顔から余裕が消えた。
「お前」
「何だ」
「死ぬぞ」
チンギスは笑った。
「お前が先だ」
踏みつけたのは、先ほど腿を斬った右脚だった。
項羽の身体が、ほんのわずかに沈む。
チンギスはその一瞬を逃さなかった。
脇腹を貫いたままの戟へ、自分からさらに身体を押し込む。
激痛が全身を突き抜けた。
だが、そのぶん項羽との距離が縮まる。
普通ならあり得ない。
普通なら、自分の傷を広げてまで前へ出ようとはしない。
項羽の目が初めて大きく見開かれた。
チンギスは湾刀を逆手へ持ち替え、下から顎の裏を狙って突き上げる。
項羽が首を捻る。
喉は外れた。
それでも刃は鎖骨の下へ深く入った。
項羽の拳が、チンギスのこめかみへ叩き込まれる。
今度こそ身体が横へ吹き飛んだ。
脇腹から戟が抜け、血が草地へ撒かれる。
何度か転がったところで、ようやく止まった。
項羽も片膝をついていた。
右胸と腹、そして鎖骨の下。三つの深い傷から血を流しながら、それでも先に立ち上がろうとしたのは項羽だった。
「終わりだ」
地面へ落ちた戟へ手を伸ばす。
龍と虎が刻まれた金具に指がかかり、持ち上げる。
立とうとした。
その右脚が崩れた。
膝が地面へ落ちる。
「……?」
項羽が初めて、自分の腿を見た。
傷は深くない。
最初につけられた時も、そう見えた。
だが、その後も項羽は同じ脚で何度も踏み込み、地面を蹴り、あの巨大な戟を振るい続けている。
浅かった傷は、動くたびに内側で広がっていた。
立ち上がろうとすれば、右脚に力が入らない。
少し離れた場所で、チンギスが笑った。
「遅い」
「何をした」
「何も」
湾刀を地面へ突き立て、それを杖代わりに身体を起こす。
一度では立てない。
腕が震え、膝も笑っている。
それでも二度、三度と力を込め、ようやく身体を持ち上げた。
「筋を傷めた」
項羽の視線が再び右腿へ落ちる。
「お前は強い」
チンギスは一歩進んだ。
ふらついている。
それでも止まらない。
「儂より力がある」
もう一歩。
「速い」
項羽が戟を杖代わりに立とうとする。
だが、右脚はもう身体を支えない。
「その戟も、儂より上手く使う」
「だから何だ」
「だから――」
チンギスが湾刀を上げた。
「全部使わせた」
項羽の口元が、ほんのわずかに上がった。
「そういう勝ち方か」
「勝ち方を選ぶのは、負ける奴だ」
「違うな」
「何が」
項羽はチンギスを見た。
「勝った奴が言えば、全部正しい」
チンギスの足が止まった。
項羽は戟から手を離す。
もう立てない。
だが、その目には最後まで恐怖がなかった。
「来い」
チンギスが近づき、湾刀の切っ先を項羽の喉へ向ける。
項羽は見上げた。
「お前」
「何だ」
「まだ強くなるな」
チンギスの眉が動く。
「今でも十分くだらん化け物だが」
「褒めてるのか」
「知らん」
血の混じった息を吐き、項羽は笑った。
「次に会ったら、もっと面白かった」
湾刀が横へ走った。
今度だけは迷いも、駆け引きもない。
刃が項羽の喉元を深く切り裂く。
項羽の身体がわずかに揺れ、そのままゆっくりと草地へ倒れた。
風が吹いた。
二十騎の兵は、誰一人声を出さなかった。
勝った。
確かにチンギスは勝った。
だが大ハーン自身も、どうして立っていられるのか分からないほど傷だらけだった。
チンギスはしばらく項羽の亡骸を見下ろした。
「……次はない」
吐き捨てるように言い、湾刀を下ろす。
その時だった。
胸の奥が、不意に脈打った。
「……?」
傷の痛みとは違う。
熱でもない。
もっと深いところ――自分でも場所の分からない身体の奥で、心臓とは別の何かが、一度、二度と動いた。
ほとんど同時に、項羽の身体の下で影が揺れた。
風に動いたのではない。
太陽の向きとも合っていない。
黒い染みのようなものが、草の上を這っている。
「大ハーン……!」
兵の声で、チンギスも足元へ目を落とした。
黒いものは自分の影から伸びているようにも、項羽の影から湧き出しているようにも見えた。
何なのか分からない。
止めようと考えるより先に、それが項羽の身体へ触れた。
亡骸がわずかに震える。
チンギスの目が細くなった。
死んでいる。
それは間違いない。
それなのに、そこから何かが抜けていく。
皮膚が崩れるわけでも、血が吸われるわけでもなかった。ただ、生きている時には項羽の全身から溢れていた圧のようなものが、少しずつ薄れていく。
力。
存在感。
何と呼べばいいのかは分からない。
黒いものがそれを絡め取るようにして、今度はチンギスの側へ流れ込んできた。
「何だ、これは」
怒りでも喜びでもない声が漏れた。
戸惑いだった。
胸の奥が熱くなる。
焼かれた肩が疼き、裂けた脇腹が強く痙攣した。
何かが入ってくる。
重い。
熱い。
それでも不快ではなかった。
全身の筋肉が一度だけ強く縮み、思わず歯を食いしばる。
やがて黒いものは消えた。
あとに残ったのは、変わらない姿の項羽の亡骸だけだった。
見た目には何も起きていない。
それでもチンギスには分かった。
項羽から何かが減った。
そして、自分の中には何かが増えた。
右手を握る。
先ほどまで震えていた指が止まっていた。
肩の傷も、脇腹の穴も治ってはいない。それでも、さっきまでより身体を支えられる。
明らかに違う。
兵たちも異変を見ていたはずだが、誰も何も言えなかった。
チンギスの視線が、地面へ落ちている戟へ向く。
ゆっくり歩み寄り、黒く沈んだ柄を握った。
持ち上げた瞬間、腕へずしりと重さがかかる。
項羽が振るっていた時には、そんな重量をまるで感じさせなかった武器だ。
チンギスは両手で構え、一度だけ横へ振った。
風が鳴り、周囲の草が大きく伏せる。
だが、項羽のようにはいかない。
軌道は荒い。止め方も雑だ。
技が分かるわけではない。
使い方を受け継いだわけでもない。
それでも、この重さを振れる。
先ほどまでの自分なら、同じようにはできなかった。
「……お前か?」
項羽を見る。
返事はない。
当然だった。
チンギスは再び戟へ目を落とした。
刃元の龍と虎の彫刻には、まだ項羽の血が残っている。
「倒したからか」
誰に聞くでもなく呟く。
分からない。
一度だけでは、何も断定できない。
項羽だけに起きたことかもしれない。
自分の身体に元からあった何かが、たまたま今になって動いただけかもしれない。
だが、確かめる方法はある。
チンギスは項羽の戟を肩へ担いだ。
二十騎の兵を振り返る。
誰も目を合わせようとしなかった。
「戻るぞ」
「はっ!」
張り詰めていたものが切れたように、兵たちが一斉に動き出す。
チンギスは最後にもう一度だけ項羽を見た。
白い龍には届かなかった。
今の自分でも、まだ届かない。
だが、昨日までと同じではない。
少なくとも一つ、前へ進んだ。
そう思えた。
口元に笑みが戻る。
敗北する前の、何も疑っていなかった笑い方とは少し違っていた。
「もう一度だ」
小さく呟く。
「もう一人倒せば、分かる」
蒼き狼は、項羽から奪った戟を担いで歩き出した。
その胸の奥で、本人にも正体の分からない何かが、もう一度だけ静かに脈打った。




