14 見ていた者たち
その年の祭りには、親族も来ていた。
パルマの母と母方の叔父。隣領へ嫁いだ従姉。フェルナンの実家からは、兄夫婦と年老いた母が来ていた。
例年なら、祭りの席は賑やかに終わる。
広場で桃を配り、花飾りを見て、子供たちが走り回り、夕方には屋敷で軽い食事を取る。親族はそこで、今年の実りや子供たちの成長を笑い合って帰る。
だが、今年は違った。
ラグラス家の馬車が去ったあと、広場にはしばらく妙な静けさが残った。
男たちは片づけの手を動かしながら、時々顔を見合わせる。
さっきまで自分たちが「可哀想な奥様」だと思っていた女が、馬車の中から悪態を吐き散らして帰っていったのだ。何を言えばよいか分からない顔をしている。
女たちは、分かっている顔をしていた。
「だから言ったでしょう」
乾燥小屋の女が小さく言った。
「泣く人が、いつも弱いとは限らないのよ」
それを聞いていたフェルナンの兄嫁が、黙って頷いた。
彼女は祭りの途中から来ていた。幼い甥と姪に菓子を渡そうとして、倉の騒ぎを少し見た。その後、広場でアエリアの悪態を聞いた。
フェルナンの兄は、弟のそばへは来ない。今行けば、殴るかもしれないと思ったのだろう。
パルマの母は、カティのそばにいた。
先代子爵夫人である彼女は、もう領地の実務から退いている。だが、花と果物の家で何が大事かは、誰よりも知っていた。
「カティ」
母が呼ぶと、カティは桃の皿を持ったまま顔を上げた。
「怖かったでしょう?」
「ちょっと」
「ロンは?」
「こわかった。アエリアさん、チッってしたから」
「そう……」
母は、それ以上かわいそうとは言わなかった。代わりに、カティの皿を見た。
「その桃はおいしい?」
「おいしい」
「なら、よかった。カティの桃だものね」
カティは強く頷いた。
「ロンのもある」
「ええ。ロンのも」
その会話を、少し離れた場所でフェルナンの母が聞いていた。
彼女は白髪の多い女だった。病弱ではないが、年相応に動きはゆっくりしている。普段は穏やかで、息子を責めるようなことをあまり言わない。
その母が、フェルナンの前に立った。
「フェルナン」
フェルナンは、はっとしたように顔を上げた。
「は、母上……」
「あなた、あの子に謝らせようとしたのですってね」
フェルナンの顔が強ばる。
「それは…… 聞き間違いで人を」
「聞き間違いではなかったのでしょう」
母の声は静かだった。
「先ほど、あの小さな子が言いました。二回、聞いたと」
「僕は、その時は」
「その時、あなたは父親でしたか?」
フェルナンは黙った。母は続ける。
「それとも、泣く女の騎士でしたか?」
兄嫁が目を伏せた。兄は遠くで拳を握っている。フェルナンは何も言えなかった。
パルマは、少し離れた場所で片づけの指示を出していた。
桃の箱を戻す。余った皿を数える。傷んだものを台所へ回す。花飾りは明日の朝まで持つものだけ残し、萎れたものは外す。祭りは終わったが、仕事は終わらない。
叔父が、そばへやって来た。
「パルマ」
「叔父様」
「明日まで待つのか」
その一言で、何の話か分かった。
「ええ。今日はまだ、領地の祭りです」
「お前らしいな」
叔父は苦く笑った。
「だが、鍵と印章は今夜のうちに確かめておけ」
「もう確認させています」
「ならいい」
叔父はフェルナンの方を見た。
「あれは、婿として何をしに来たのか忘れたな」
パルマはそれには答えない。
忘れたのではない。たぶん、最初から分かっていなかった部分があった。
人に優しくすることと、家を守ること。その二つがぶつかった時、何をどこまで渡してよいか。
フェルナンは、そこを最後まで考えていなかった。それだけだ。
*
屋敷へ戻る頃には、日が傾いていた。
食堂に親族は集まったが、いつものような笑い声は少なかった。
カティとロンは先に休ませた。カティは眠る前、乳母に何度も「カティの桃、あげなくてよかった?」と聞いたらしい。
乳母は、いいのです、と答えた。
その報告を受けた時、フェルナンの顔が歪んだが、誰も慰めはしない。
そして、食事の席で、フェルナンの兄が口を開いた。
「明日の話に入る前に、確認したい」
パルマは彼を見た。
「はい」
「弟は、エルデート家の倉のものを無断で持ち出した。それだけでなく、領民にも私物を持ち出させた。間違いないですか」
「記録があります」
パルマが帳面を出すと、兄は受け取らず、軽く手を上げた。
「疑っているわけではない。むしろ、よく記録してくれました」
フェルナンが小さく息を吐いた。
「兄上、僕は」
「――黙れ」
兄の声は低かった。食堂が静まりかえる。
「お前は、よその女の涙を見る前に、自分の娘の顔を見るべきだった」
フェルナンは椅子の上で固まった。
「それができなかった時点で、婿としても夫としても父としても! もう言い訳は難しい」
フェルナンの母が目を伏せる。
パルマの母は、何も言わず、ただ、娘の前に置かれた冷めた茶を見ていた。
そしてフェルナンは、ようやくパルマへ向いた。
「パルマ……」
「今日は、謝罪を受ける日ではありません」
パルマは言った。
「祭りの後始末を終え、客人を休ませる日です」
「僕は、君に」
「明日です」
また同じ言葉だった。けれど、昨日とは違う。
昨日の「明日」は、フェルナンのために話を延ばしたのではない。そして今日の「明日」は、親族全員の前で手続きを始めるためのものだった。
フェルナンは、それに気づいたのだろう。さっと顔色が変わっていく。
*
夜、屋敷の鍵が一つずつ確かめられた。
倉――台所――書庫――保存室――果物箱を置く冷えた部屋――帳面棚――印章を入れた小箱。
フェルナンが預かっていた鍵は、本人は直接来ず、使用人の手から返された。
パルマはその鍵を手の中に見つめながら、しばらく考える。
翌朝、離縁の話をする。
その席には、パルマの母と叔父、フェルナンの母と兄夫婦が同席する。ラグラス家からの補償の話は、後日改めて届く。
アエリアはもういないが、彼女が残したものは山ほどあった。
消えた食料、乱れた家の境目、傷ついた子供、泣く女に酔った夫、そして、それを見ていた親族たち。
パルマは夜更けに、最後の帳面を閉じた。
窓の外には、祭りの花飾りがまだ少し残っている。夜露を含んで、花びらの端が重たそうに垂れていた。それらは 明日の朝には外す。
残すものと、外すもの。それを決めるのも、家を保つ者の役目なのだ。




