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夫に捨てられた可哀想な奥様に、娘の桃まで譲るつもりはありません  作者: さんけい


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14/17

14 見ていた者たち

 その年の祭りには、親族も来ていた。

 パルマの母と母方の叔父。隣領へ嫁いだ従姉。フェルナンの実家からは、兄夫婦と年老いた母が来ていた。


 例年なら、祭りの席は賑やかに終わる。

 広場で桃を配り、花飾りを見て、子供たちが走り回り、夕方には屋敷で軽い食事を取る。親族はそこで、今年の実りや子供たちの成長を笑い合って帰る。


 だが、今年は違った。

 ラグラス家の馬車が去ったあと、広場にはしばらく妙な静けさが残った。

 男たちは片づけの手を動かしながら、時々顔を見合わせる。

 さっきまで自分たちが「可哀想な奥様」だと思っていた女が、馬車の中から悪態を吐き散らして帰っていったのだ。何を言えばよいか分からない顔をしている。

 女たちは、分かっている顔をしていた。


「だから言ったでしょう」


 乾燥小屋の女が小さく言った。


「泣く人が、いつも弱いとは限らないのよ」


 それを聞いていたフェルナンの兄嫁が、黙って頷いた。

 彼女は祭りの途中から来ていた。幼い甥と姪に菓子を渡そうとして、倉の騒ぎを少し見た。その後、広場でアエリアの悪態を聞いた。

 フェルナンの兄は、弟のそばへは来ない。今行けば、殴るかもしれないと思ったのだろう。

 パルマの母は、カティのそばにいた。

 先代子爵夫人である彼女は、もう領地の実務から退いている。だが、花と果物の家で何が大事かは、誰よりも知っていた。


「カティ」


 母が呼ぶと、カティは桃の皿を持ったまま顔を上げた。


「怖かったでしょう?」

「ちょっと」

「ロンは?」

「こわかった。アエリアさん、チッってしたから」

「そう……」


 母は、それ以上かわいそうとは言わなかった。代わりに、カティの皿を見た。


「その桃はおいしい?」

「おいしい」

「なら、よかった。カティの桃だものね」


 カティは強く頷いた。


「ロンのもある」

「ええ。ロンのも」


 その会話を、少し離れた場所でフェルナンの母が聞いていた。

 彼女は白髪の多い女だった。病弱ではないが、年相応に動きはゆっくりしている。普段は穏やかで、息子を責めるようなことをあまり言わない。

 その母が、フェルナンの前に立った。


「フェルナン」


 フェルナンは、はっとしたように顔を上げた。


「は、母上……」

「あなた、あの子に謝らせようとしたのですってね」


 フェルナンの顔が強ばる。


「それは…… 聞き間違いで人を」

「聞き間違いではなかったのでしょう」


 母の声は静かだった。


「先ほど、あの小さな子が言いました。二回、聞いたと」

「僕は、その時は」

「その時、あなたは父親でしたか?」


 フェルナンは黙った。母は続ける。


「それとも、泣く女の騎士でしたか?」


 兄嫁が目を伏せた。兄は遠くで拳を握っている。フェルナンは何も言えなかった。

 パルマは、少し離れた場所で片づけの指示を出していた。

 桃の箱を戻す。余った皿を数える。傷んだものを台所へ回す。花飾りは明日の朝まで持つものだけ残し、萎れたものは外す。祭りは終わったが、仕事は終わらない。

 叔父が、そばへやって来た。


「パルマ」

「叔父様」

「明日まで待つのか」


 その一言で、何の話か分かった。


「ええ。今日はまだ、領地の祭りです」

「お前らしいな」


 叔父は苦く笑った。


「だが、鍵と印章は今夜のうちに確かめておけ」

「もう確認させています」

「ならいい」


 叔父はフェルナンの方を見た。


「あれは、婿として何をしに来たのか忘れたな」


 パルマはそれには答えない。

 忘れたのではない。たぶん、最初から分かっていなかった部分があった。

 人に優しくすることと、家を守ること。その二つがぶつかった時、何をどこまで渡してよいか。

 フェルナンは、そこを最後まで考えていなかった。それだけだ。


 *


 屋敷へ戻る頃には、日が傾いていた。

 食堂に親族は集まったが、いつものような笑い声は少なかった。

 カティとロンは先に休ませた。カティは眠る前、乳母に何度も「カティの桃、あげなくてよかった?」と聞いたらしい。

 乳母は、いいのです、と答えた。

 その報告を受けた時、フェルナンの顔が歪んだが、誰も慰めはしない。

 そして、食事の席で、フェルナンの兄が口を開いた。


「明日の話に入る前に、確認したい」


 パルマは彼を見た。


「はい」

「弟は、エルデート家の倉のものを無断で持ち出した。それだけでなく、領民にも私物を持ち出させた。間違いないですか」

「記録があります」


 パルマが帳面を出すと、兄は受け取らず、軽く手を上げた。


「疑っているわけではない。むしろ、よく記録してくれました」


 フェルナンが小さく息を吐いた。


「兄上、僕は」

「――黙れ」


 兄の声は低かった。食堂が静まりかえる。


「お前は、よその女の涙を見る前に、自分の娘の顔を見るべきだった」


 フェルナンは椅子の上で固まった。


「それができなかった時点で、婿としても夫としても父としても! もう言い訳は難しい」


 フェルナンの母が目を伏せる。

 パルマの母は、何も言わず、ただ、娘の前に置かれた冷めた茶を見ていた。

 そしてフェルナンは、ようやくパルマへ向いた。


「パルマ……」

「今日は、謝罪を受ける日ではありません」


 パルマは言った。


「祭りの後始末を終え、客人を休ませる日です」

「僕は、君に」

「明日です」


 また同じ言葉だった。けれど、昨日とは違う。

 昨日の「明日」は、フェルナンのために話を延ばしたのではない。そして今日の「明日」は、親族全員の前で手続きを始めるためのものだった。

 フェルナンは、それに気づいたのだろう。さっと顔色が変わっていく。


 *


 夜、屋敷の鍵が一つずつ確かめられた。

 倉――台所――書庫――保存室――果物箱を置く冷えた部屋――帳面棚――印章を入れた小箱。

 フェルナンが預かっていた鍵は、本人は直接来ず、使用人の手から返された。

 パルマはその鍵を手の中に見つめながら、しばらく考える。

 翌朝、離縁の話をする。

 その席には、パルマの母と叔父、フェルナンの母と兄夫婦が同席する。ラグラス家からの補償の話は、後日改めて届く。

 アエリアはもういないが、彼女が残したものは山ほどあった。

 消えた食料、乱れた家の境目、傷ついた子供、泣く女に酔った夫、そして、それを見ていた親族たち。

 パルマは夜更けに、最後の帳面を閉じた。

 窓の外には、祭りの花飾りがまだ少し残っている。夜露を含んで、花びらの端が重たそうに垂れていた。それらは 明日の朝には外す。

 残すものと、外すもの。それを決めるのも、家を保つ者の役目なのだ。


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