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夫に捨てられた可哀想な奥様に、娘の桃まで譲るつもりはありません  作者: さんけい


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13/17

13 要するに、こういうことだ

 広場が一気に静かになる。

 子供たちは乳母や母親に抱き寄せられた。

 ロンはパルマのスカートを握っている。カティは唇を噛み、アエリアを見ていた。

 叔父のバルトが、ため息をついた。


「はあ…… まあ、要するに、こういうことなんですよ」


 その言い方は、あまりにも慣れていた。


「ま、長くは持ちません。泣く席を取り上げると、すぐこうなる」


 メリーナが頷いた。


「エルデートの奥様、娘がご迷惑をおかけしました」

「ええ、迷惑は充分受けました」


 パルマは大きく息を吐く。


「ですが、こうして迎えに来てくださったことには、本当に感謝します」

「ええ、今後の補償も、話し合いましょう。あれが持ち出したもの、食べたもの、仕事を止めた分、こちらで分かる限り弁済いたします」


 ガスパルが言うと、アエリアがまた叫んだ。


「私を売る気なのね! 金で! 娘を金で!」

「お前が食べた分の話だ」


 バルトはひどく淡々と言う。


「食べたなら払う。持っていったなら返す。家の子供でも同じだ」

「私は子供じゃないわ! 子供扱いする気!?」

「では、なおさらだ」


 その瞬間、アエリアは叔父へ飛びかかろうとした。だがその前に、兄のルシアンとバルトが動いた。彼らは迷いがない。アエリアの両腕を押さえ、暴れる足をかわし、持ってきていた布紐で手首を縛った。

 フェルナンが思わず声を出した。


「あ、あの…… 乱暴では」


 ふー、ふー、とアエリアは息を荒げている。バルトは彼を見て苦笑する。


「では、あなたが馬車まで運んでくださいますか?」


 フェルナンは黙った。


「ああもう、あなた、本当に役立たず!」


 裏返るアエリアの声に、フェルナンの肩ががくんと落ちる。


「ほら行くぞ。さっさと歩け」

「離して! 触らないで! 薄汚い手で! こんな果物臭い場所、こっちから願い下げよ。皆、馬鹿みたいに桃なんかありがたがって。私に出すならもっと良いものを出しなさいよ!」


 桃を配られていた子供のひとりが、皿を胸に抱え、その母親が、子供の耳を片手でふさぐ。

 メリーナの表情が、そこで初めて辛そうにものになった。


「……本当に、申し訳ありません」

「謝罪はあとで伺います」


 パルマは答えた。


「今は、あの人を馬車へ。その予定だったのでしょう?」


 その通りに、アエリアは馬車に押し込まれた。すぐに、内側から大きく扉を叩く音がする。


「開けてよ! 聞こえているんでしょ! お父様、お母様、お兄様! ねえ、開けて!」


 だが開かない。外から頑丈な鍵がかけられている。


「ちょっと! 何で皆、そんな目で見るのよ!」


 馬車の中から、アエリアの声が飛ぶ。


「私が悪いっていうの!?」


 誰も答えない。

 そんな中、ジョバンニが馬車から少し離れた場所に立っていた。アエリアの声がするたび、びく、と肩が小さく跳ねる。

 そこへカティが、そっと近づいた。乳母は止めようとしたが、パルマは手で制した。


「ジョバンニさん」


 カティの言葉に、ジョバンニは驚いたように娘を見た。


「はい、お嬢様」

「ねえ、こわかった?」


 その問いに、ジョバンニは大きく目を広げた。広場の大人たちは黙っている。

 やがて、ジョバンニは少し膝を折り、目線を合わせた。


「……怖かったです」

「カティも、ロンも、すごくこわかったよ」


 カティは、手に持っていた小さな皿を見た。

 桃が一切れ残っている。


「でも、これはカティの桃だから、あげない」


 ジョバンニは一瞬きょとんとして、それから本当に少しだけ笑った。


「はい。取ってはいけませんね」


 カティは頷いた。


「じゃあ、だいじょうぶ」


 それは慰めになっているのかわからない。だがジョバンニは、カティに向かい、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 メリーナが、その様子を見ていた。


「お嬢様」


 彼女はカティへ静かに声をかけた。


「うちの娘が、怖い思いをさせましたね」


 カティはパルマを見た。パルマが頷くと、カティは言った。


「アエリアさん、ロンが桃ほしいってしたら、チッってした。二回。カティ、見てた」


 メリーナは目を閉じる。ガスパルも、ルシアンも、バルトも、驚く様子はない。


「そうでしょうねえ……」


 メリーナは疲れた声で言う。


「昔から、小さい子の皿からでも、自分の方が可哀想なら取っても構わないと思う子です」


 その瞬間、フェルナンの表情は完全に抜け落ちた。彼はそのまま、しばらく動けなかった。


 *


 ラグラス家の者たちは、広場の端に場所を移し、今後の補償についてパルマと話し始めた。

 持ち出された品の一覧、ジョバンニの借り、アエリアが食べたもの、領民の家から流れたもの。

 パルマが帳面を出すと、ガスパルは眉を上げた。


「よく記録されていますな」

「記録しなければ、少しくらいで消えますから」

「まったくです」


 バルトが苦い顔で頷いた。

 一方、馬車の中では、まだアエリアが扉を叩き続けていた。


「出して! ここから出しなさい! こんなところで話を進めないで!」


 誰も出そうとはしなかった。ふとパルマは訊ねる。


「扉は大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ、もう慣れてます」


 ガスパルは淡々とそう答えた。


 *


 祭りは、少し遅れて再開した。

 桃は予定通り配られた。子供たちは最初こそ馬車の方を気にしていたが、一口食べると、また桃の皿へ戻った。

 カティはロンと並んで座り、自分の桃をゆっくり食べた。

 フェルナンは、そこから少し離れた場所に立ち、娘の皿を、息子の手を、妻の帳面を、そしてラグラス家の馬車を見ている。

 ようやく、何を守れなかったのか見えたのだろう。

 だが、見えた時には遅いこともある。


 *


 夕方、ラグラス家の馬車はリクローデへ向けて出立した。

 ジョバンニも同行するという。彼はラグラス家で、しばらく働きながら借りを返すらしい。

 アエリアの夫であり続けるかどうかは、向こうで改めて話し合うらしい。

 そして馬車の窓から、アエリアの声が最後まで聞こえた。女たちは「よくあれだけ延々悪態がつけるね」と半ば感心していた。


「嫌よ! 戻らない! あんな家、絶対に!」


 その声が遠ざかると、広場に残ったのは桃の甘い匂いと、踏まれた花びらと、長い祭りの後の片づけだった。

 パルマは、ようやく帳面を閉じる。するとフェルナンが近づいてきた。


「パルマ……」


 その声はかすれている。パルマは夫を見た。


「話は、明日にしましょう」

「僕は」

「明日です」


 パルマは、祭り用の箱を運ぶ男たちへ目を向けた。


「今日はまだ、片づけがあります」


 フェルナンは、それ以上何も言わなかった。

 翌朝からは、離婚の話を始めなければならない。


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