13 要するに、こういうことだ
広場が一気に静かになる。
子供たちは乳母や母親に抱き寄せられた。
ロンはパルマのスカートを握っている。カティは唇を噛み、アエリアを見ていた。
叔父のバルトが、ため息をついた。
「はあ…… まあ、要するに、こういうことなんですよ」
その言い方は、あまりにも慣れていた。
「ま、長くは持ちません。泣く席を取り上げると、すぐこうなる」
メリーナが頷いた。
「エルデートの奥様、娘がご迷惑をおかけしました」
「ええ、迷惑は充分受けました」
パルマは大きく息を吐く。
「ですが、こうして迎えに来てくださったことには、本当に感謝します」
「ええ、今後の補償も、話し合いましょう。あれが持ち出したもの、食べたもの、仕事を止めた分、こちらで分かる限り弁済いたします」
ガスパルが言うと、アエリアがまた叫んだ。
「私を売る気なのね! 金で! 娘を金で!」
「お前が食べた分の話だ」
バルトはひどく淡々と言う。
「食べたなら払う。持っていったなら返す。家の子供でも同じだ」
「私は子供じゃないわ! 子供扱いする気!?」
「では、なおさらだ」
その瞬間、アエリアは叔父へ飛びかかろうとした。だがその前に、兄のルシアンとバルトが動いた。彼らは迷いがない。アエリアの両腕を押さえ、暴れる足をかわし、持ってきていた布紐で手首を縛った。
フェルナンが思わず声を出した。
「あ、あの…… 乱暴では」
ふー、ふー、とアエリアは息を荒げている。バルトは彼を見て苦笑する。
「では、あなたが馬車まで運んでくださいますか?」
フェルナンは黙った。
「ああもう、あなた、本当に役立たず!」
裏返るアエリアの声に、フェルナンの肩ががくんと落ちる。
「ほら行くぞ。さっさと歩け」
「離して! 触らないで! 薄汚い手で! こんな果物臭い場所、こっちから願い下げよ。皆、馬鹿みたいに桃なんかありがたがって。私に出すならもっと良いものを出しなさいよ!」
桃を配られていた子供のひとりが、皿を胸に抱え、その母親が、子供の耳を片手でふさぐ。
メリーナの表情が、そこで初めて辛そうにものになった。
「……本当に、申し訳ありません」
「謝罪はあとで伺います」
パルマは答えた。
「今は、あの人を馬車へ。その予定だったのでしょう?」
その通りに、アエリアは馬車に押し込まれた。すぐに、内側から大きく扉を叩く音がする。
「開けてよ! 聞こえているんでしょ! お父様、お母様、お兄様! ねえ、開けて!」
だが開かない。外から頑丈な鍵がかけられている。
「ちょっと! 何で皆、そんな目で見るのよ!」
馬車の中から、アエリアの声が飛ぶ。
「私が悪いっていうの!?」
誰も答えない。
そんな中、ジョバンニが馬車から少し離れた場所に立っていた。アエリアの声がするたび、びく、と肩が小さく跳ねる。
そこへカティが、そっと近づいた。乳母は止めようとしたが、パルマは手で制した。
「ジョバンニさん」
カティの言葉に、ジョバンニは驚いたように娘を見た。
「はい、お嬢様」
「ねえ、こわかった?」
その問いに、ジョバンニは大きく目を広げた。広場の大人たちは黙っている。
やがて、ジョバンニは少し膝を折り、目線を合わせた。
「……怖かったです」
「カティも、ロンも、すごくこわかったよ」
カティは、手に持っていた小さな皿を見た。
桃が一切れ残っている。
「でも、これはカティの桃だから、あげない」
ジョバンニは一瞬きょとんとして、それから本当に少しだけ笑った。
「はい。取ってはいけませんね」
カティは頷いた。
「じゃあ、だいじょうぶ」
それは慰めになっているのかわからない。だがジョバンニは、カティに向かい、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
メリーナが、その様子を見ていた。
「お嬢様」
彼女はカティへ静かに声をかけた。
「うちの娘が、怖い思いをさせましたね」
カティはパルマを見た。パルマが頷くと、カティは言った。
「アエリアさん、ロンが桃ほしいってしたら、チッってした。二回。カティ、見てた」
メリーナは目を閉じる。ガスパルも、ルシアンも、バルトも、驚く様子はない。
「そうでしょうねえ……」
メリーナは疲れた声で言う。
「昔から、小さい子の皿からでも、自分の方が可哀想なら取っても構わないと思う子です」
その瞬間、フェルナンの表情は完全に抜け落ちた。彼はそのまま、しばらく動けなかった。
*
ラグラス家の者たちは、広場の端に場所を移し、今後の補償についてパルマと話し始めた。
持ち出された品の一覧、ジョバンニの借り、アエリアが食べたもの、領民の家から流れたもの。
パルマが帳面を出すと、ガスパルは眉を上げた。
「よく記録されていますな」
「記録しなければ、少しくらいで消えますから」
「まったくです」
バルトが苦い顔で頷いた。
一方、馬車の中では、まだアエリアが扉を叩き続けていた。
「出して! ここから出しなさい! こんなところで話を進めないで!」
誰も出そうとはしなかった。ふとパルマは訊ねる。
「扉は大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、もう慣れてます」
ガスパルは淡々とそう答えた。
*
祭りは、少し遅れて再開した。
桃は予定通り配られた。子供たちは最初こそ馬車の方を気にしていたが、一口食べると、また桃の皿へ戻った。
カティはロンと並んで座り、自分の桃をゆっくり食べた。
フェルナンは、そこから少し離れた場所に立ち、娘の皿を、息子の手を、妻の帳面を、そしてラグラス家の馬車を見ている。
ようやく、何を守れなかったのか見えたのだろう。
だが、見えた時には遅いこともある。
*
夕方、ラグラス家の馬車はリクローデへ向けて出立した。
ジョバンニも同行するという。彼はラグラス家で、しばらく働きながら借りを返すらしい。
アエリアの夫であり続けるかどうかは、向こうで改めて話し合うらしい。
そして馬車の窓から、アエリアの声が最後まで聞こえた。女たちは「よくあれだけ延々悪態がつけるね」と半ば感心していた。
「嫌よ! 戻らない! あんな家、絶対に!」
その声が遠ざかると、広場に残ったのは桃の甘い匂いと、踏まれた花びらと、長い祭りの後の片づけだった。
パルマは、ようやく帳面を閉じる。するとフェルナンが近づいてきた。
「パルマ……」
その声はかすれている。パルマは夫を見た。
「話は、明日にしましょう」
「僕は」
「明日です」
パルマは、祭り用の箱を運ぶ男たちへ目を向けた。
「今日はまだ、片づけがあります」
フェルナンは、それ以上何も言わなかった。
翌朝からは、離婚の話を始めなければならない。




