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北風と聖域
北の風がエルドリアの平原を吹き抜ける。
古い帝国街道の分岐点で、彼らは別れた。
アドリアンたちは南へ。
カエルは北へ。
地図が曖昧になる先へ、誰かが進まねばならない。
二日後、風が悲鳴を運んだ。
銀髪の少女が、二体の影狼に追い詰められている。
儀式用の短剣では足りない。
カエルは剣を抜いた。
一閃。
狼は黒煙となって消える。
もう一体は森へ退いた。
静寂。
少女は膝をついた。
「もう大丈夫だ。」
「リラです。ヘリオール湖の聖域、その守護者の孫。」
カエルは名を知っていた。
「送ろう。」
夜、霧に包まれた山々の奥。
凍った湖が月を映す。
白い石の聖域が静かに佇む。
老人が待っていた。
「リラ……」
彼はカエルを見つめる。
「私はアルカヴェル。ヘリオールの守護者。北は借りを忘れぬ。」
「宿だけで十分です。」
焚き火が揺れる中、老人は言う。
「北がざわめいている。眠っていたものが目覚め、古き門が反応し始めた。」
リラは不安げにカエルを見る。
彼は炎を見つめたまま答えない。
偶然ではない。
山の向こうで、北風はなお吹き続けていた。
まるで、すでに誰かの意志が動き始めているかのように。




