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エルドリアの夜
彼らは狭い洞窟へ身を潜めた。
冷たい岩肌。湿った空気。外から聞こえる風の唸り。
アドリアンはナラと向き合って座る。
「話せ。何を知っている。ここはどこだ」
ナラは唾を飲み込んだ。
「子どもの頃の話です……山には扉があるって。別の世界へ通じる扉。宝もあるけど……怪物もいる。神話の生き物がいるって。近づかないようにするための作り話だと思ってました」
アドリアンの思考が止まる。
「待て……ここは“別の世界”だと言うのか?」
ナラはゆっくり頷く。
「わかりません……でも、あの森も、生き物も……他に説明がつきません」
沈黙。
外で何かが枝を踏み折る音。
アドリアンは深く息を吸う。
「なら……あの鹿も、グリフォンも、すべて本物だ。そして俺たちは——ここに閉じ込められた」
エルドリア。
その名が、静かに胸に沈む。
彼は理性を保つ。
武器はある。
人員もいる。
だが、この世界の不確実性には何の備えもない。
「全員、ここに留まれ。夜明けまで誰も外に出るな。明日、慎重に動く」
洞窟は即席の聖域となった。
外では森が呼吸している。
見ている。
待っている。
山の扉は、もはや伝説ではない。
それが、彼らの現実だった。




