春分の大狩猟
谷は黄金の光の中で目を覚ました。
霧は柔らかな外套のように木々を包み込み、湿った土と古い木の香りをゆっくりと解き放っている。馬は落ち着かずにいななき、猟犬たちは湿った空気の中に漂う気配を嗅ぎ取り、獲物の動きを今か今かと待っていた。
即席の観覧席からは、儀礼用のラッパが高らかに鳴り響く。
――大会の開始だ。
やがて金色の馬車が霧の中から姿を現し、中央の大きな広場で静かに止まった。
馬車の扉が開き、王女が降り立つ。
すべての視線が自分に向けられていることを知っている者の、堂々とした優雅な動きだった。
彼女の首元には、淡い桃色の宝石をあしらった首飾りが輝いている。
その輝きは彼女の美しさだけでなく、王族としての威厳を際立たせていた。
騎士たちと衛兵が深く頭を下げる。
観客の間では小さなざわめきが広がった。
「南部の薬草を買い占めている商人の話、聞いたことがある?」
一人の貴婦人が隣の女性にささやく。
王女はわずかに眉をひそめた。
彼女の関心は政治だけではない。商業――そして民に必要な資源を誰が握っているのかにも向けられていた。
少し離れた場所で、アドリアンは静かに様子を観察していた。
貴族たちの仕草、騎士や商人たちの動き。
それらすべてが、彼だけに見える見えない盤面の上に配置されていくようだった。
ナラは彼の隣を歩きながら、周囲の顔を観察する。
弓を握る手の震え、宝石を直す指先の緊張。
「狩猟大会って、もっと娯楽みたいなものだと思ってたのに……」
ナラは小さくつぶやいた。
「娯楽に見えるものほど、実は権力の仮面なんだ」
アドリアンは王女から目を離さずに答えた。
やがて伝令が前に進み出て、大会の規則を読み上げる。
貴族家が後援するチームで参加すること。
狩った魔物や素材によって得点が与えられること。
チーム同士の直接攻撃は禁止――ただし政治的な駆け引きは例外とする。
魔術師と錬金術師が不正な魔法の使用を監視する。
王女はその説明を聞きながら、小声で側近に言った。
「まるで狩猟大会というより……チェス盤ね。
しかも、あの商人は静かに駒を動かしている」
騎士たちは鎧を整え、弓を張る。
アドリアンの工房の職人たちは、彼を雇った狩人たちへ密かに魔法装備を配っていた。
「彼は狩りに来たわけじゃない」
若い貴族が師匠にささやく。
「観察してる……計算してる」
「そうだな」
師匠は不安そうに答えた。
「そして誰を狙っているのか、誰にもわからない」
やがて角笛が鳴り響いた。
チームが一斉に森へ駆け出す。
矢が空を切り、馬が駆け、獲物が逃げ惑う。
緊張がゆっくりと高まっていく。
そのときだった。
馬が激しくいななき、猟犬が落ち着きを失う。
そして――
深く、重い咆哮が貴族たちの休憩所の奥から響いた。
「今のは……何?」
貴婦人が口元を押さえる。
騎士が青ざめた。
「まさか……
あれは規則にない」
煙の中から現れたのは、森の聖獣だった。
燃えるような瞳。
朝の光を反射する鱗。
大地を震わせる古代魔法の気配。
混乱が爆発した。
机が倒れ、杯が転がり、馬が暴れ出す。
貴族たちは悲鳴を上げて逃げ惑った。
王女エララは一歩後ろへ下がる。
しかし、その瞳には確かな警戒が宿っていた。
そのとき。
アドリアンがゆっくりと動いた。
彼はヴァルモント製の武器――
ヴァルモント・ピースメーカーを抜く。
「第二射撃隊、準備」
アドリアンは静かに命じた。
「通常弾。テンション調整」
発射された弾丸は、正確に聖獣へ命中する。
しかし――殺さない。
動きを逸らし、誘導し、封じ込める。
貴族たちは目を見開いた。
「殺さない武器だと?」
「こんな力、見たことがない!」
「一体あの男は誰だ……?」
やがて聖獣は完全に制御された。
アドリアンは一歩前に出る。
そして武器を掲げた。
「これは単位ごとに販売されます」
彼は静かに言った。
「弾薬と供給網は別売りです。
安全で、正確で、制御可能」
彼は貴族たちを見渡した。
「貴族の狩猟と防衛の未来です」
伝令が注文書を配り始める。
貴族たちは興奮しながら、すぐに注文を書き込み始めた。
ナラはそれを見ながら理解する。
アドリアンは英雄ではない。
王女を救う騎士でもない。
彼はただ――
効率を売る。
資源を支配する。
そして世界の盤面を静かに書き換える。
観覧席から王女エララはその光景を見つめていた。
武器、資源、そして戦略を持つ商人。
血を流さずに
権力の均衡を変える男。
大会が続く中、アドリアンはすでに次の一手を考えていた。
舞台は――
王宮の静かな回廊へ移る。




