五十一話 森の少女
緑の章です。
俺とアカリはリツとフブキの元を訪ねていた。リツは既に体を動かせるほどにまで回復していた。
「リツ! 無事でよかったよ」
「心拍も呼吸も顔色も元通りよ。私の看病のおかげかしら」
フブキが額をぬぐう。なぜ彼女は元の心拍数を知っているのだろうか。これが無自覚ヤンデレ……?
「俺のことよりも、テツジやヒジリさんの方を心配してやれ」
リツもいつもの調子で言った。幼馴染に看病されるっていうラブコメのテンプレ展開を体験できたの、地味に羨ましいな。本人は気にしてもいないだろうけど。
「そうね。テツジさんはどうなったのかな……」
「テツジさんも魔法の治療で回復してるみたいよ。しばらく復帰は難しいだろうけど……」
白の魔法も自然治癒の促進とかできるから、医療向きではあるのかもな。
「でも無事でよかった。ヒジリさんも腕は失ったけど本人は健康みたいだよ」
「それなら一安心といったところか……お前たち二人も無事でよかった」
そう言いながらも二人の顔色は優れない。尊敬していたヒジリさんが腕を失うのは、やはり二人にも相当くるだろうな。
「うん、ありがとう」
「二人と一匹、ピヨね」
どこからともなく声がした。
「あ、ピヨちゃん」
フブキが白鷺を見て言う。余りに安直な名前に一瞬耳を疑う。
「ピヨちゃん?」
「私が何となくそう呼んでるだけよ」
「これは契約変更を真面目に考える必要があるかもピヨねぇ……」
こいつ、契約者をフブキに乗り換えようと……
「お前ほんと欲望に忠実だよな。少しは理性を持っててほしいな……なんて」
「二人と二匹、の間違いかな。トオル」
また違う声がした。この声はまさか。
「誰だ? その女は」
リツの視線の先に、襖をあけて部屋に入ってくる一人の赤髪の女性がいた。朱雀だ。こいつ、勝手に俺と契約を? そして勝手にシラサギ家でくつろいでたのか?
「トオル、ままままさか、そんな見境のない人だったの……?」
アカリが動揺してドン引きしている。引かれるのはこれまでも何回かあったけど、ここまでのは初めてだな。というか、感情がバグってるって方が正しいか。
まさか、この朱雀を俺が家に連れ込んだとでも思われたのだろうか。俺、そんな奴に思われてたの……?
「え? いや、これはこの朱雀が勝手にというか……」
「契約したピヨか……? ボク以外の鳥と……」
白鷺がどこかで聞いたようなフレーズを放つ。まじでお前らは勝手な奴ばっかだな……
「あーもう、お前ら一旦戻れぇ!!」
というかアカリもういないし。まずいな……勘違いしたままどっかいかれた。多分、俺は誰にでも見境なく手を出すウェイ系男子大学生のように見られているに違いない。
「アカリが取り乱すなんて珍しいな」
リツは何故か冷静だった。
「誤解、解けるといいわね……」
フブキは同情の眼差しを向ける。
「ちょっと、森行ってくる」
俺はこの空気に耐えられなくなり、一人で村はずれの森へ向かった。
◇
森の中でも少し開けた場所へ出た。木漏れ日が暖かい。ひとまず俺は二匹の魔獣を呼び出した。
「この機会にお前たちとの契約をはっきりさせよう。まず朱雀、何でお前ついてきた?」
「元ご主人のご主人に瞳が似てたからだね。あとご主人、勝手にしろって言ってたかな」
元ご主人のご主人?
「黒の帝王のことか? 瞳の色が同じってだけだろ」
「そかな? その奥のアブナイ感じも一緒だね?」
危ない感じか。体の中にため込んだ黒の魔力のせいだろうか。幸い精神にはそこまで影響はなさそうだけど。
「俺は黒の帝王と同じになんかならない」
「まぁトオルがこれからどうなるのか、余も見てみたいってことだろうか」
疑問形で言われてもな。本当に無責任というか奔放というか……
「勝手にしろ……あと白鷺」
「何ピヨ?」
「勝手に出るの控えてくれ。それとこれご褒美の魔力……」
白鷺に手を伸ばしたその瞬間、飛んできた矢に白鷺は射抜かれ、魔界へ強制的に返された。
「白鷺ぃぃ!!」
「死ぬかと思ったピヨ」
次の瞬間には白鷺は俺の肩に止まっていた。
「リスポーンはっや」
俺が白鷺の復活に驚いていると、一人の少女の声がした。
「すまない。君の魔獣だったのか」
「全くだピヨ。驚いたピヨ」
見ると、先程まで誰もいなかった広場に緑色の髪と瞳の弓を持った少女が立っていた。歳は十歳ぐらいだろうか。それにしても服がうっっっすい。見てて心配になるぐらい薄い。これは服ではなく布切れじゃないか? エリアグリーンの人はみんなこんな感じなのだろうか。ティムールも上半身裸だったし。
「敵かな?」
朱雀が少女を睨む。
「いやいや。えっと……あなたは?」
「私はリーリヤ。狩人だ。狩りをしていたら知らぬ間にエリアホワイトまで来ていたらしい。君は二色の魔獣を使うのか。珍しいな」
リーリヤは見た目からは想像もつかないほどしっかりとした言葉づかいで応えた。何だこの子。見た目は子供、頭脳は大人的なアレだろうか。それに、朱雀のこの姿を初見で魔獣だと見破るのか。というか本当に視線に困る。元の世界なら確実に通報される絵面だろうな。
「うん……いや、はい。俺は無色の魔導士なので」
「無色? なるほど……」
リーリヤは俺の瞳を見つめる。俺は気まずくなり、すぐに目をそらす。
「そうだ、これはお詫びだ。それぞれ色にあった方を食べさせるといい」
そう言うと、彼女はどこからともなく赤と白の木の実を取り出し、俺に手渡した。
「何それおいしそ」
「気になるピヨ」
二匹の魔獣たちがあからさまに興味を向ける。
「うん。あげるよ。ほい」
「何だこれは……! これが、『うまい』ということ?」
「神……これは間違いなく神ピヨ……!」
朱雀は無意識に人間の姿から鳥の姿に戻っていた。二匹は転がった木の実を忙しそうについばんでいる。中に魔力でも入っているのかな。
「喜んでくれたようでよかった。私は帰るとしようかな」
「失礼ですけど、一人で帰れ……ますか?」
保護者とかいないのだろうか。いくらこの子が聡明とはいえ、山賊とかに出くわしたら危ないだろうし。
「ああ。心配はいらない。さっきのも、矢の命中地点に移動する魔法を使っていたら、思ったよりも飛びすぎてしまったんだ。だから……」
リーリヤはエリアグリーンの方向に弓を構えた。
「こうすれば戻れる。また会おう、無色の魔導士」
リーリヤが矢を放つと、数秒後、彼女の体が俺の前から消え去った。
「変わった子だったな……」
気づくと、魔獣たちは木の実を食べ終わっていた。
「俺も帰るか……二匹とも、戻れ」
「食べたら寝るピヨねぇ……」
「余もそうしようかな……」
二匹は満足そうな顔で戻っていった。本当にあいつらは欲望のままに生きてるな。俺もそうやっていいならしたいもんだよ。
「瞬間移動か……」
ふと、リーリヤの魔法を再現してみようと思い立った。俺は体の中の僅かな緑の魔力から、弓矢を作り出し、シラサギ家の方向へ構える。
「こんなもんか」
矢を放つと、シラサギ家の門に刺さったように見えた。
次の瞬間、俺の体はシラサギ家の門の真ん前まで来ていて……
――衝撃。
「いっった!!」
俺は門に頭から衝突していた。
「君、大丈夫かい?」
仰向けに倒れたままぼんやりしていると、一人の白い長髪の女性が話しかけてきた。
「大丈夫です……あなたは……?」
多分、この門をくぐろうとしているからシラサギ家への来客だろうけど……
「私はゼン・カタガミ。ホワイトの新しいマスターだよ。君は噂の無色のトオル君か。よろしく」
ゼンさんは俺に手を差し出す。
この人が、ホワイトの新しいマスターか。




