四十八話 想いは繋がり託される
俺とアカリはブラッドとの激戦が繰り広げられている広場に目前まで迫っていた。
「ヒジリさん!」
「父さん!」
俺たちはヒジリさんの姿を認めると声を上げる。
「ここは通れないよ」
俺たちの前に、一人の赤髪の女性が立ちはだかる。背中には羽が生えていた。誰だ?
「邪魔だ!」
俺は刀を抜くと、赤髪の女に肉薄する。付け焼刃程度だが炎を纏わせている。
「きれいな瞳だ」
女は炎などものともせずに俺の刀を手で受けた。その間にアカリが俺のすぐ横を通過していく。アカリはブラッドと戦うヒジリさんの元へ向かったか。
「一人通しても変わらないかな」
女は飄々としている。この魔力、どこかで見たような……
「トオル! 危ない!」
俺が気付いたころには真っ赤な炎を纏った女の腕が迫ってきていた。
そこに割り込むようにしてショウさんが盾を構える。女の攻撃はかろうじて防がれた。
「ショウさん!」
「ぐっ……」
見たところ、ショウさんはこの女をずっと足止めしていたみたいだ。全身が火傷だらけな上に、盾も割れ欠けている。
「あなたは十分働きました。あとは任せてください」
「助かる。それと朱雀には炎の魔法が効かないぞ!」
「分かりました」
こいつ、朱雀か。道理で見覚えがあったんだ。
俺は刀を再び構え直す。朱雀は翼を使い、俺の目前まで迫ってきていた。
炎が効かないのなら、雷はどうだ。
「雷一閃!」
一閃の要領で雷を付加したが、これが案外うまく決まった。朱雀は突然の雷に対応できずに嫌な顔をしている。
「動きが早いのかな」
「無駄口はいいからとっととそこを通せ!」
赤の魔法が使えればこんな奴に時間をかけずに済むのだが……!
「やっぱりいい目だ。余のご主人になってほしいかも」
魔獣はみんな常識がないのだろうか。この際そんなことはもう関係ない。一秒でも早くこの戦いを終わらせる。
「勝手にしろ! 奥義、光陰如箭・雷電!」
雷と光の魔力を付与した刀で連撃を与える。朱雀の攻撃など食らう隙も与えず、ただただ攻撃を加え続けた。
「いい攻撃……余の目に狂いは無かったかな……」
朱雀はふざけた断末魔と共に魔界へ帰っていった。
勝利の余韻など一切気にせず俺はヒジリさん、そしてブラッドの元へ駆ける。
◇
私は走っていた。咄嗟に赤髪の女性をトオルに押し付けてしまったけれど、もう取り返しはつかない。父さんは間違いなく無理をしている。聖域なんて魔法を使えば父さんが父さんでなくなってしまう。
父さんは、母さんに出会ってから、人の優しさや笑うことの大切さに気づいたと言っていた。父さんの言う通り、母さんは優しくて、良く笑う人だった。父さんの中からそんな優しさや笑顔が消えたら、母さんは本当にいなくなってしまう。
「父さん! 駄目!」
私は刀を抜き、ブラッドに迫る。
「アカリ? うぉ!」
父さんは私に気を取られた一瞬の隙をブラッドに突かれてしまう。
名前を呼ぶんじゃなかった。また私のせいで……!
「父なら娘を大事にした方がいいです」
気づくと、父さんへの攻撃を捨て身で防ぐリンさんの姿があった。彼女の大槍は耐久の限界に来たのか、砕けてしまっていた。
私は少し安心している自分に嫌気がさしていた。
「リン……だが俺は……」
「迷いができたか。そんなものでは覚悟とは呼べないな」
ブラッドは黒い炎を二人に向けて放った。
「悪いなアカリ。俺はもう後悔したくねえんだ! リン、代わるぜ」
「助かる……っ!」
退こうとしていたリンさんをブラッドは黒い炎を腕の拡張として使い、捕らえた。武器の無い人を狙うだなんて。
「油断したな。煉獄」
もう、私のせいでみんなが傷つくなんて、そんなのもう、嫌だ。
気づけば私は刀を振るっていた。白い刃がブラッドの黒い腕を断ち切った。リンさんは何とか抜け出す。
「後悔したくないのは私も同じだから……!」
「桃色の髪。標的の一人か」
ブラッドは少し驚いていたが、照準を私に向けたみたいだ。父さんも私の横に付く。
「父さん、無理しないでよ」
「お前もな!」
私たちは息を合わせると、二人がかりでブラッドに迫る。
「緋桜!」
「奥義、光彩奪目!」
激しい光と桜の花びら。私たちの攻撃はブラッドに傷を加えるには十分なものだった。それでも、致命傷には至らない。
「灼熱」
ブラッドは熱波を放って反撃する。
もう私には熱さなんて気にならなかった。今の私を突き動かしているのが、心の中に燃える炎だったから。
「桜吹雪!」
「一閃!」
またもブラッドに傷が加わる。この調子でいけば、勝てる。ブラッドも傷を塞いではいるけれど少しは疲労が見えてきた。
「紅蓮」
ブラッドが炎を放つ。それに合わせて私も魔法を……
あれ。どうして魔法がでな……
嘘。魔力がもう無いの? 力みすぎて始めに魔力を使いすぎた……?
「奥義、屍山血河!」
私が止まっているのを隙と見たブラッドが奥義を放つ。黒く燃える血の刃が私の目の前まで迫る。
私は覚悟をして目をつぶる。
そして開けた。
目の前には父さんの右腕が、刀と共に落ちていた。
「父……さん……?」
すぐに理解した。またやってしまったと。
「腕が……」
「娘を守るためなら腕の一本ぐらい安いもんだ。それに加えて時間も稼げりゃ大儲けだぜ」
父さんは私に向かってほほ笑みかける。
そんな顔をされても、もう父さんの絵では落とされているのに。もう一生戦うこともできないのに……!
「終わりだ」
ブラッドが手が無慈悲にも私に迫る。涙は出なかった。相応の報いだと思った。
「終わるのはアンタの方だ」
――ブラッドの横腹に刀が突き刺さった。
そこに信じられない速さで魔法陣が書き込まれた。
刀が蹴られ、魔法陣が起動する。
ブラッドはそれを認識する余裕もなく吹き飛ばされた。
トオルが、私の前にいた。
「ヒジリさんの覚悟、受け取りました」
トオルは落ちていた刀を拾い、鞘に納めて言った。
また助けられてしまった。
「ごめんなさい! また私のせいで!」
「アカリは悪くない。俺だってアカリに助けられただから恩返しさせてほしい。アカリにもヒジリさんにも、数えきれないほどの借りがあるからさ」
「でも……!」
それは私の偽善。私にはそんなことを言われる権利なんてもう無い。
――不意にトオルの右手が私の頭に優しく触れる。
「今度は俺の番だ」
トオルはブラッドに向かって走り始めていた。
気づくと私は涙を流していた。
ずっと助けられてたのは私の方なのに。トオルは人が良すぎる。




