四十二話 無色の魔導士は無職を目指す
「俺は、違う世界から来たんだ」
「――え!?」
一瞬、間を置いてアカリとヒジリさんが声を上げる。
「どっどういうこと? 違う世界って、もしかして魔界?」
アカリはさっきまでの余裕など忘れたように動揺する。
「いや、地球っていう星だよ。この世界よりももっと文明が発達してて、もっと広いんだ」
「えっと、それってもしかして未来から来た人みたいな……」
「ちょっと違うかもしれないけど、そうとも言えるかな」
科学技術だけで言えば俺たちの世界は発達しているだろうけど、魔法を込みで考えるとこの世界もそれなりに便利ではあるか。
「んじゃあ、その世界だと、俺たちよりもっと高度な魔法が使えたり、お前みたいに色んな色の魔法が使えたりするのか?」
ヒジリさんが身を乗り出す。
「いや。俺の世界には魔法はないんです。その代わりに科学というのがあるんですけど、残念ながら俺は苦手です」
その癖、理系の勉強をして受験をしたせいで高卒なのだが。
「科学……俺たちの世界にも魔法学ってのはあるがなぁ。それとは違うものなのか?」
「多分違いますね。科学はこの世界では魔法で行われている色んなことを、研究者たちが色々やってどうにかできるようにしているものなんです。その技術は本当に魔法みたいなものもありますよ。例えば馬車の何倍も速く動ける乗り物とか」
自動車は少なくともこの世界には無いな。うん。
「それはすごいわね。この国では馬車よりも早い乗り物はドラゴンに乗ったりするぐらいよ。そういう空を飛ぶ魔獣を操れる魔導士は多くないから物凄くお金がかかるのだけど……」
「なんだなんだ、すげぇ話だな。わくわくするぞ」
俺からすればこの世界の方がファンタジーじみててワクワクする。
「俺の話、素直に信じてくれるんですね」
「そりゃあ、トオルの言ったことだからな」
「そうよ。トオルはこんな時に嘘なんかつかないわ」
二人は真面目な顔で言った。これだけ信頼を得ているのはありがたいけど、その分それを裏切ってしまうことにならないか少し怖い。
「二人とも、ありがとう。それと、もう一つあるんだ」
「なんだ?」
「黒の帝王も、俺の世界から来た転生者なんだ」
俺は一応このことも共有しておいた。
「そんな!」
「それは驚いた。それじゃあまさか黒の帝王も無色だってのか?」
「はい。そうです」
ヒジリさんは勘がいい。話がするすると進む。
「参ったな。こりゃ参ったぜ。俺たちの敵の正体が異世界から来た奴だとはな」
「はい。俺も驚きました」
「まぁ倒せば同じだ。今から気負ってもしょうがねぇ、それよりトオル、その世界のこと、もっと聞かせてくれよ! この世界に転生してきたときはどんな感じだったんだ?」
切り替えすごいな。ヒジリさんって本当に真っ白な人間という感じだ。
「俺は、あっちの世界では無職だったんです。職がないって意味の」
「それで転生してもムショクだったってか。傑作だな!」
ヒジリさんが豪快に笑う。
「父さん、そんなお粗末な言葉遊びで……」
アカリもそう言いながら、手で口元を隠して笑っている。笑いのツボが浅いのだろうか。
「今でこそ笑えますけどね。本当に、この世界に来たときは絶望そのものだったんですから。でも、そんな俺をアカリが救ってくれたんです」
「それは、私の罪滅ぼしのための偽善で……私の本心じゃ……」
それを聞いたアカリは目を逸らす。
「それはどうだろうな? 親として言わせてもらうが、お前は目の前に困っている人がいたら放っておける性分じゃないと思うぞ」
ヒジリは腕くみをしながら微笑む。俺も同感だ。彼女は本心からの善人だ。
「俺は偽善でも救われたよ。改めて、ありがとう」
「……どういたしまして」
アカリは釈然としないながらも、ぼそりと言った。
「それでいい。それからいろいろあって、今に至るってわけか。いきなりこの世界に来たんだ。愛着も何もないだろう? そうだ、トオル。お前は何を目標にして戦ってるんだ?」
目標。考えたことがなかった。俺はいつも、義憤やその時の感情に従って動いてきた。
「そうですね……今まで確かに目標もなしに行き当たりばったりで戦ってきましたね。黒の帝王を倒すこと、でしょうか。ヒジリさんは何なんです?」
「俺の目標は世界平和。俺たちみたいな戦いを生業としてる奴らが職を失って困っちまうほど平和な世界。いいだろ」
ヒジリさんは胸を張る。
「なるほど。目指すは無職ってわけですか。考えましたね」
俺は笑う。正直、少しうまいと思った。
「いや、俺はそんなつもりじゃ……」
ヒジリさんは目を点にして惑う。
「トオルの方が面白いわね。ふふふ」
アカリは相変わらず微笑んでいた。やはり彼女には笑顔が似合う。
「でも、それいいですね。俺も目指します。無職」
元無職の無色の魔導士が再び無職を目指すというのはなんだかおかしな話だけども。
「じゃあ私も目指そうかしら」
「揃って無職になったら飯食えねえな」
俺はアカリに向かって微笑む。
「そんじゃ、そんな無職への第一歩。エリアレッドでブラッドを倒す! まずはエンブの父の家、レッカ家を目指すぞ」
「レッカ家?」
「エリアレッドの中でも最も伝統のある家だ。マスターも代々この家から出ている。だが、この家の人間は総じてブラッドに殺されている」
ヒジリさんの妻のエンブという人もこの家の出身か。優秀なも魔導士だったのだろうか。
「それじゃあ、敵の目的はレッカ家?」
「その可能性が高い。行動は早い方がいい。明日にでもエリアレッドに向かうぞ!」
「うん」
「はい!」
俺たちは元気よく返す。ブラッドだかブレッドだか知らないが、俺たちがぶっ倒してやる。
そんな理由もない自信を持って俺たちは翌日の朝、エリアホワイトを発った。
◇
エリアレッドの中心都市。炎京には周囲を五キロメートルほどの壁に囲まれた巨大な都が位置している。その都の屋根の上にリーパーとブラッドは座っていた。
「まもなく始まるな。準備は整っているか? リーパー」
ブラッドが瞬間移動で送られてくるなり、すぐに話しかける。
「はい。魔法陣はもう書き終えました。あとは獲物が罠にかかるのを待つだけです」
「うむ。遂に全ての獲物がここに集う。我の目的も完遂されるだろう」
「恐れ多いのですが、その目的というのはどのようなものなのでしょう……」
リーパーは変わらずビクビクとしている。
「我の目的は復讐。我の一族を皆殺しにした、血に塗れた偽りの一族を皆殺しにするのだ」
「それで、わざわざエリアホワイトまで行ったのですね……」
「そうだ。あのサクラ髪も一族の末裔。生かしてはおけぬ」
ブラッドは静かな怒りを拳で握って沈めた。
屋根の下から一人の槍を背負った男が現れた。
「そこにいるのは誰だ?」
男は槍を向けて問う。
「うぬは……標的の一人か。丁度いい」
ブラッドは男の姿を認めると、槍を手に取る。
「何を言っている? 不法侵入だぞ! 降りろ!」
男は凄み、今にも攻撃を始めるところだった。
「紅蓮」
「くはぁ!」
ブラッドは男に向かって、赤黒い炎で包まれた槍を投げた。その槍は男の体を貫き、一瞬にして灰にした。
「残りは六人。忌まわしき一族の血は我が滅ぼす」
ブラッドは槍を手に戻すと、リーパーと共に都の中に消えて行った。
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