四十一話 本当のスタートライン
「話がそれたね。元に戻そう。今日は君に挨拶がしたかったんだ。気持ちが早まってすまない」
黒の帝王は謝った。この江戸時代からの転生者は一体何を考えているのだろう。
「子供とか、意味が分からないんだが?」
「そうだよね。説明しようか。まず始めに、無色の魔導士はこの世界に二人しかいないだろう。私と君だ」
「そうだな」
理由はよくわからないが、転生した人間は無色になるという法則があるのだろう。
「私はこの二百年の間に何人かの子供を作ったけれど、そのどれも完全な無色を引き継げはしなかった。ベルセルクや御子もその例だね。彼らは無色の一部を引き継いだ半無色の魔導士だ。でも私は純粋な無色の子供が欲しいんだ」
御子とベルセルクが半無色? 黒と無色のハーフ? そういえば、テイマーが御子は特異体質だと言っていたような。ベルセルクも確かに不思議な魔法を使っていた。
「それで、お前の目的は何なんだ。無色の子供を増やしてどうするつもりだ」
「オクト帝国の滅亡。黒という色を迫害し排斥してきた奴らに報いを受けさせる。そのためには強力な力、無色の魔導士が必要なんだ」
「ふざけんな! お前たちが恨まれるようなことをするから俺たちはお前らを嫌うんだ! それは逆恨みだろう!」
俺は反射的に刀を抜こうとするが、目に見えない強い力に押さえつけられて抜くことが出来ない。目の前に敵のボスがいるというのに!
「無理だ。君に刀は抜けない。まだ君には力が足りないんだよ。だから私は強くなった君とまた会いたい。今はまだその時ではないね。私は強い人が好みなんだ」
黒の帝王はまた微笑む。無駄に整ったその顔が俺の神経を逆なでする。
「お前に好まれる筋合いはない」
「振られてしまったね。仕方ない。今日のところは君を帰してあげよう」
彼女はあっけらかんと言うと、俺に手を伸ばす。
「人質として残しておかなくてもよいのか」
さっきまで黙っていたブラッドが口を開く。
「人質ならリーパーが持っているだろう?」
「どういうことだ!」
俺は凄む。
「君も覚えているだろう。テイマーの羽根、ガンナーの弾丸。あれはね、彼らの魔力が染み付いているんだ。リーパーはその遺物を使って、呪いの魔法を使えるのさ。生前彼らが恨んでいた人たちを呪殺できる」
それじゃあ、テイマーを倒した俺やモル、ガンナーを倒したリツやフブキ、ダミニにヒョウガさんまでもが人質になっているのか。絶対に止めなければ。
「説明はもういいかな。君の仲間たちの命運は君にかかっているんだ。頼んだよ。無色の英雄」
「俺は必ずお前を倒す」
俺は黒の帝王に向かって叫ぶ。こいつは真の邪悪だ。倒すべき敵だ。
「今はそう思っているといいよ。さぁ、英雄譚の第四章、赤の章の始まりだ。行ってらっしゃい」
彼女は伸ばしていた手で俺に触れる。その瞬間、俺に強い衝撃が加わる。
――目を開けると、俺はテツジの鍛冶屋の前にいた。
「トオル! よかった。戻ってこれたのね」
アカリが泣きそうな顔で俺を見た。
「うん。黒の帝王と会ってきた」
「黒の帝王!?」
「あいつはオクト帝国を滅ぼす気だ」
アカリは驚いているようだった。
俺たちの元に、肩に白鷺を乗せたヒジリさんが歩いてきた。顔には煤が付いていて、ブラッドとの戦いの激しさを思い出させる。
「そんなことはさせねえよ。黒の帝国もいずれ潰す。だが今はブラッドだ」
「俺もエリアレッドに行かせてください!」
俺はヒジリさんに懇願した。黒の帝王を倒すためには強くならないといけない。今のままではだめなのだ、それに、人質もいる。
「だが……」
ヒジリさんは渋っているようだった。
「敵に呪いの魔法を使う奴がいるんです。そいつは俺やリツ、フブキたちまでを呪殺できます。俺にも行く理由があるんです」
「……分かった。良いだろう。行く前にブラッドについて知っていることを話す。今まで言っていなかった、俺と奴の因縁もな」
ヒジリさんは苦い顔をしながらも了承してくれた。
「それなら俺も隠していたことがあります」
俺はもう話そうと思っていた。俺が、外の世界から来た転生者であることを。アカリやヒジリさんとは何も隠さずにいたいと思った。
「一度家に戻ろう」
俺はヒジリさんの後について、黒く焦げた町を歩いて行った。
◇
シラサギ家の廊下を歩く途中、リツが寝ているのが見えた。
「リツは火傷が酷い。治るまではもう少しかかるだろうな」
「フブキが一緒にいるわ」
あの火傷はヒジリさんがどうにかしてくれたのだろう。それでも傷が残ったのか。今度の戦いには間に合わないだろうな。
「テツジさんは?」
「一命はとりとめた。かろうじてだがな。俺はもうやれるだけはやった。今は村の医師たちが魔法で治療している」
その言葉に俺は安心する。予断を許さない状況ではあるけれど、死んではいないということだ。
俺たちは居間に向かい合って座る。
「ブラッドは堕落者だ。元は赤の魔導士らしい。エリアレッドに百年ほど前から出没しては都に住む人々を殺していたようだ。吸血鬼のあだ名も付いているようだ」
「彼も寿命を延ばす魔法を使っているんでしょうか」
シェヘラと同じように奪取の魔法を使うのだろうか。
「あいつが使うのは血の魔法だ。俺が思うに、あいつは死んだ体に血を流して無理やり生かしているんだ。あいつはいくら体を傷つけられようと、血を作って傷を塞ぐ。更にそれを自分の鎧にする。血を流すたびに強くなるというのはそういう意味だ」
「じゃあどうやって倒せば……」
そんな敵にどう対抗すればいいのだろう。見当が付かない。
「一撃で殺す。あるいは魔力を尽かす。俺の妻だったエンブは生命開放魔法を使ってブラッドに致命的な一撃を浴びせた。だがブラッドは十二年の時を経て戻ってきた。今度こそ倒さないといけない」
「私のせい……私が道を聞かれて、教えたせいで……」
アカリが俯く。彼女の自己肯定感が低かったのはこの出来事のせいなのか。
「お前のせいじゃない。ブラッドが悪い。それだけだ」
「そうだ。全ての元凶はブラッドだ」
ヒジリさんはアカリの背中をさすり、俺も彼女の目を見て言う。
「……そうよね。うん。ありがとう」
アカリは顔を上げると、大きく息を吸った。
「いつまでもうじうじしてたら駄目よね。みんなの士気が下がっちゃう。私も頑張る。ブラッドを倒すために!」
俺たちは目を合わせ、頷いた。
「それで、トオルが言いたいことって?」
アカリが手を合わせながら聞いてきた。
「驚かないで聞いて欲しいんだけど……」
「別に、今更驚くことなんてないわよ。もう二か月も一緒にいるんだから」
アカリは笑う。ヒジリさんも頭の上に疑問符を浮かべて待っている。
「俺は、違う世界から来たんだ」




