三十九話 雨のち獄炎
エリアイエローでの事件から二週間後、私は父さんと一緒に雨の中、母さんの墓参りに来ていた。
「何度も言ってるが、あれはお前のせいじゃない。自分を責めるなよ。エンブもそれを望んじゃいない」
父さんが目を開けて私を見る。私も目を開ける。
「うん。そうよね……」
私は口ではそう言いながらも、仄暗い罪悪感を捨てきれずにいた。私のせいで母さんは死んだ。母さんをこんな物言わぬ石塊にしたのは私。
忙しい日々の中で忘れかけていた私の罪が胸を締め付ける。あの日から私は死んだつもりで生きてきた。私の人生は、贖罪のための人生だ。
――気づけば私は息を切らしてしゃがみこんでいた。
「おい、大丈夫か?」
父さんが慌てて私の背をさする。
「大丈夫、ちょっと気分が悪くなっただけ」
そうして、私は傘を持ち直して立ち上がる。
しとしとと降る雨は涙を流せなくなった私の代わりに泣いているようだった。
◇
雨が降る中、俺は縁側に腰掛け、手元の白鷺と話していた。
「白鷺、そう言えばお前にご褒美あげないとだったよな」
「ピヨゥ」
白鷺は得意げに鳴く。
「何をあげれば喜ぶんだ? 魔力かな」
「ピョッピ」
俺にこいつの言っていることが分かればよかったのだが。そうは言っても魔獣は喋らないのだからしょうがないか。
「あげてみるか」
俺は魔力を手を伝わせて白鷺の口元に流す。
「うまいピヨ。ありがとう……ピヨ」
「え? 喋った?」
嘘だろ。声は高めである程度許容できるけど、ピヨってなんだよ。安直すぎやしないか。
「知らなかったのか? 魔獣はある程度成長すれば話すぞ」
リツが口を挟む。
「そうだピヨ。あと魔力をくれるならできればアカリのがいい……ピョ」
「欲張るな! 駄目だ、慣れないな……そして取ってつけたようなピヨをやめて欲しい……」
「しょうがないピヨ。これをつけないと個性がなくなるピヨ」
「そういうこと気にするのね。意外」
フブキも目を丸くする。リツは呆れたように立ち上がると、俺に声をかける。
「トオル、刀を取りに行かないか? そろそろできるころだ」
「そっか、じゃあ行こう。あ、戻れ。白鷺」
「ひどいピヨ」
白鷺は不満げな顔で魔界に戻っていった。
「意外とわがままさんなのね」
フブキが微笑む。白鷺が話してる時の方がフブキは好きみたいだ。
◇
「テツジ。来たぞ。リツだ」
傘を差したリツは扉を叩く。
「テツジ? いないのか?」
留守なのだろうか。リツは扉を開けて中に入る。
「リ……ツ……」
扉を開けてすぐに飛び込んできたのは、血の気を失い、倒れながら呻いているテツジの姿だった。
「テツジ! どうしたんだ!」
すぐさまリツが駆け寄る。
「黒の魔導士……が……」
テツジは口をパクパクとしながら言う。
「挨拶は受け取って貰えたか」
そう言われて振り向くと、店の入り口に一人の男が立っていた。男は中華服を着ていて、瞳は赤黒かった。そして、男からはこれまで感じたことのないような、圧倒的な純度の黒の魔力を感じた。体の震えが止まる気がしない。
「誰だ!」
「我はブラッド。七戦帝の一人だ」
ブラッドは淡白に話す。
「テツジさんは私が見てるから、二人はブラッドを!」
そう言って、フブキが傷の部分を凍らせる。
「頼んだ。テツジ。代金は後で払う。ちゃんと受け取ってくれよ」
俺たちは置いてあった刀を手に取ると、すぐにブラッドに突きつけ、彼を店内から追い出した。
そこからさらに俺たちは追撃を放つ。こいつには一瞬の隙でも見せられない。
「千羽鶴!」
「ランドボルテージ!」
大量の鶴と、雷、そして同時に地面がせりあがる。ブラッドはこの三方向同時攻撃を背負っていた槍を取り出し、それを回転させて、槍先の炎で燃やし尽くした。
「うぬが無色の魔導士か。目まぐるしく瞳の色を変えるのは噂通りのようだ」
その言葉と共に高速の槍の攻撃が俺たちを襲う。俺はすぐに潜海を使うが、それでも避けるのがギリギリだ。武術の練度だけで言えばマスターにも匹敵するだろう。
俺たちの刀はことごとく炎の槍に防がれてしまう。雨なのに炎はよく燃えている。
「獄炎」
ブラッドは交戦の中のリツの僅かな隙を見逃さなかった。彼は空いたリツの胴体に黒い炎を纏わせた槍を撃ち込んだ。
攻撃を受けたリツは物凄い速さで吹き飛ばされた。
「熱い! なんだこれは!」
リツの和服は焼け落ち、胸や腹の皮膚は黒く焼け爛れていた。
「獄炎は体を蝕み、苦しめながら敵を焼く。氷の魔法でもその火傷は癒えぬ」
「ぐぁぁぁぁ!」
「リツ!」
リツは黒い火傷に苦しむ。火傷は少しずつ広がっている。このままではリツが危ない。
「うぬは傷つけるなと言われている。大人しくしていていろ」
俺も槍の反対側で腹を小突かれる。その威力は腹に全力で拳を食らった時と変わらないものだった。俺は思わず地面に手を突く。まずいぞ。こいつは強すぎる。レベルも上がってきて、そろそろ中ボスと戦うか、というときに裏ボスが出てきやがった。
――しかし、その絶望は次の瞬間打ち砕かれた。
激しい光と共にブラッドの首が飛んだのだ。
「お前の方からきてくれるとはな。ブラッド」
そこにいたのはヒジリさんだった。彼の顔はこれまで見たこともないほどに真剣そのものだった。
「ヒジリ。うぬのせいで我の目的遂行に遅れが出たのだ。責任は取って貰うぞ」
首をはねられたはずのブラッドが話した。何で、首をはねられたのに生きている?
ブラッドの体は地面に落ちた首を拾うと、自分の頭に嵌めなおした。バキバキと音が鳴り、首と胴体は再び結合した。
「昔の我なら死んでいたかもしれない。だが、今の我は殺せない」
ブラッドは顔色一つ変えなかった。
「楽に死ねると思うなよ」
対照的にヒジリさんは修羅のような形相だった。




