二十三話 僅かな希望
「あっちは派手にやってるねぇ。こっちも美学に反するけど、そろそろ本気を出さないとねぇ」
ドラゴンによる攻撃を眺めながらシェヘラが呟く。そんな彼女の姿も気にせず、アルフは斧による攻撃を続ける。しかし、それは布に阻まれてシェヘラには届かない。
「ならその布を操り返してやるよ。操舵奪取!」
アルフは敵の布を自身の斧に巻き付けて自由を奪うと、その斧をそのまま振り下ろす。
「大海の斧撃!」
強烈な衝撃は空気を震わせ、地面をも砕いた。しかし、当のシェヘラは何重にも布を重ねて防御し、攻撃を受けきった。
「効かない……」
「その程度かい。私の本気はここからだというのに」
シェヘラは余裕の表情で布を元に戻すと、さらに細かく分解し、蜘蛛の足のように布を広げる。
「死の舞踏」
「ぐぁぁぁぁぁ!」
詠唱によって、無数の布たちが舞うようにアルフの腕、足、首に巻きつき、彼から寿命を奪っていった。アルフは激痛に顔を歪ませながらも、自身の斧で布を切り裂いて抵抗する。
「あぁ不味い不味い。でもこれでいいんだ。邪魔者が減ればその分狩りはしやすい」
不味さに耐えられないのか、シェヘラはすぐに攻撃をやめた。
「はぁ……お前は絶対に許さない」
「そんなに許せないなら私を殺せばいいだろう。お前に師匠が殺せればの話だが」
「黙れ。俺はお前を倒して、マスターになるんだ。お前の命も今日で潰える。藍の国の負の歴史が今日、終わるんだ。俺が終わらせるんだ!」
アルフは何かを決意したように斧を握りなおすと禁断の魔法を発動させる。
「深潜海!」
彼はその詠唱によって、潜海よりも深い究極の集中状態に入った。体内の魔力を大量に消費しながらも、アルフはこれまで見切れなかった死の舞踏すらも見切るほどの動体視力を発揮し、シェヘラに一撃を食らわせた。
「――なっ!」
「深く……もっと深くだ!」
「攻撃を全て、見切られてるだと? 馬鹿な、そんなに深く潜れば、息が続かないぞ! 戻ってこれなくなるぞ!」
シェヘラが焦りを見せ始める。その間にも、アルフは深くへと潜っていき、もはやシェヘラの攻撃は一撃も当たらなくなった。
「俺の心配より、自分の心配をしたらどうだ。シェヘラ」
アルフは目から血の涙を流しながらも、シェヘラの攻撃をかわして攻撃をし続けている。
「まさか、奴から見た私は、時が止まっているとでも言うのか……?」
◇
「……あんなの……倒せるわけが……」
あれは絶望そのものだ。俺たちの力じゃ、あんな化け物には勝てない。増援を呼ばないと……
「でも、やるしかないです。じゃないと私たちの町が守れない。私、さっきシェヘラから助けてもらったとき、やっと自分の心に踏ん切りがついたんです。トオルさんがそんな顔してたら、私だって諦めちゃいます」
モルは瞳を潤ませる。
「でも、まだ負けてないじゃないですか!」
諦めかけていた俺に向かってモルがぴしゃりと言う。
そうだ。俺が諦めてどうするんだ。どれだけ絶望的な状況でも、未来は誰にも分からないはずだ。諦めこそが未来を殺すってことを、俺は一度目の人生で学んだはずじゃなかったのか。忘れかけていた。
「ごめん。モル。そうだよな!」
俺は刀を握りなおし、モルと共に敵を見据える。
「無駄だよ。ドラゴン、もっと町を壊せ」
「やめろぉ! お前ぇ!!」
俺はテイマーの命令を遮るように、テイマーに斬りかかる。彼からも、これまでとは比較にならないほどの魔力を感じる。生命解放魔法の影響だろう。
「暴流渦潮!」
「大海の斧撃!」
俺たちは協力して、藍色の魔法同士の合体技を食らわせる。しかし……
「足りないよ」
テイマーはほとんど獣のものと化した右腕で攻撃を受け止めてしまう。
ドラゴンを見ると、また魔力のチャージを始めているところだった。
「また咆哮だ!」
あれはまさか、俺たちに……?
――俺が気付いたときには既に攻撃が放たれていた。俺は咄嗟にモルを抱えてそれを避ける。俺たちが立っていた砂浜の砂が舞い上がり、大穴が開いた。
「トオルさん……すみません……」
「モルが謝るなよ。まだ負けてない。そうだろ?」
とはいえ、有効策はまだ思い付かない。
「はい。トオルさんって、見た魔法の魔力を自分のものにできるんですよね」
モルが神妙な顔で聞く。
「ああ、そうだけど……まさか」
モルは、自分の魔力を俺に与えるために、自分の魔力を使い切るつもりか?
「奥義、黎明の箱舟!」
その奥義は形は不完全なものだったが、威力は十分なものだった。
「モル!!」
「今のはいい攻撃だね。でも彼ほどではないか」
テイマーはシェヘラと戦っているアルフを見る。
「私の魔力、ちゃんと受け取ってくれましたか」
一方のモルは、魔力切れで倒れこむ。
「無理しやがって……」
「私のことは良いんです。無責任ですみません。でも、私の魔力全部使っていいですから、勝ってください……!」
彼女の目からは涙が流れていた。俺は、彼女が必死に恐怖や怒りを押し殺して、これまで戦ってきたことにやっと気づいた。
「当然だ!」
俺は彼女の目を見て宣言した。そしてそのままテイマーを睨む。
「羨ましいなぁ。トオル君は人気者だね」
「――来い! 白鯨!」
「フォォォォォウ!!」
テイマーの言葉には耳を貸さず、俺はモルの魔力で魔獣を召喚した。海上に召喚された白鯨は、ドラゴンに匹敵する大きさだ。
「ドラゴンに対抗する魔獣か。いいね」
テイマーは不意にスイッチが入ったかのように、俺に襲い掛かる。
「ダークネスウィング」
「操舵奪取!」
彼はこれまでの攻撃を凌駕する威力の衝撃波を放つ。凄い衝撃だ。気づいた時には俺は大穴の仲間で吹き飛ばされていた。しかし、それは敵も同じだった。俺の攻撃を防ぎきれずに吹き飛ばされている。
「お前、そろそろ限界なんじゃないか?」
「さてなんのことかな?」
飄々とした態度を装っているが、焦りが感じられる。恐らく生命開放魔法を維持できる限界が迫っているんだ。
「決着をつけよう。テイマー」
俺は穴から脱出し、正面にテイマーを見据える。
絶望の中に希望が見えてきた。




